第五歌 頂天騎士と魔女ヒルダの詩

第15話


 パリエスの都は芸術の中枢であると共に政治の中枢でもありました。

 コンコルド広場の近くにある「ブルボン宮殿」では定期的に王と諸侯による閣議が開かれ、各領地の税収とまつりごとに関する話し合いが行われていたのです。領地を治める最高権力者は爵位のうちでも最高のもの、つまりは「公爵」の称号を持っていました。その多くはF国が生まれる前からその地を支配していた小王の末裔であって現在の王家に忠誠こそ誓っているものの、それぞれが強い誇りと独立性を今なお合わせ持っていたのでございます。

 王と公爵の力関係は天秤のように絶妙なバランスを保っていました。

 そのせいでちょっと王家が目を離せば、各地で謀反むほんだ、クーデターだと騒ぎが起きかねない関係性であり、前述の閣議の欠席や遅刻には非常に大きなペナルティが課されていたのでした。公爵たちは王家に痛くもない腹を探られないよう、スケジュールをこなすべく汲々きゅうきゅうとしていました。

 ライライのパトロンである辺境伯エチエンヌ・V・アグール公もまた閣議出席のためにパリエスの別荘へ定期的に足を運んでいたというわけなのです。しかしながら公爵にも色々な人種がおりまして。王家に物怖じせず意見するものもいれば、単なるタイコモチも居り、中にはこのエチエンヌ公のように道楽の限りを尽くして周囲を呆れさせていた者も少数ながら実在したのです。

 彼の悪癖は芸術と美食に強いこだわりを持つこと。パリエスの別荘「アグール館」には実に二十名もの料理人を召し抱え、F国のあらゆるご馳走を再現できることが彼にとって何よりの自慢でした。

 更には芸術方面でも理解と造詣ぞうけいが深く、ライライのように身分の低い者でも実力を示しさえすれば金銭面や仕事面で彼の援助を受けることが出来たのです。

 なんでも彼の祖父はF国の宰相さいしょうを務めたほどの家柄だというのに、エチエンヌ公の放蕩ほうとうは一代にして財を食い潰し名家を傾けるほどであったとか。そのせいでついたあだ名が「道楽公」なのですからタダ者ではありません。


 そのアグール館が公爵の持ち家にしては質素な造りであったのも、そうした台所事情に一因があったのかもしれません。質素とは言ってもあくまでそれは周囲のそびえ立つ貴族館に比べたらそうだという話で、三階建ての母屋とバラ園つきの広い敷地、東屋あずまやまであるお屋敷は庶民の生活とは別格のものでしたが。

 ライライとハービィが執事長に案内された音楽室には高そうなバイオリンがいくつも壁にかけられ、広間の片隅にはグランドピアノと(ライライが持つ竪琴を大きくしたような)ハープまでもが完備されていました。


 天窓から差し込む陽光の下、揺り椅子に腰かけて二人を待っていたのは「道楽公エチエンヌ」その人でした。



「やぁーライライ、そのお友達もよく来てくれたね。厄介な政治から逃れられる束の間のひと時こそが、我が人生にとって至高の時間なんだ。それを有意義なものにしてくれる君達アーティストは俺にとって欠かせないものなんだよ」



 エチエンヌ公はとても気さくな若者でした。

 F国では珍しいオールバックの黒髪と日に焼けた健康的な肌の持ち主で、胸元のボタンを外したシャツから除いた胸板は道楽の名に似つかわしくない立派なものでした。

 絹のシャツと草色の貴族ズボン(キュロットという名前です)足元はロングブーツで、何だかラフな格好ではありますが、その精力的な笑顔と身分差をものともしない話し方は初対面であるハービィでも好感を抱かずにはいられないものでした。

 エチエンヌ公は好奇心に満ちた黒い眼をハービィへと向けました。



「そちらの彼が、例の……アルカディオ? ライライ君がいつも言っている? ついに見つけたのか! これは、でかしたな。救国の英雄どのを俺が支援できるなんて、願ってもないことだ。この道楽公にもどうやら歴史に名を遺すチャンスが回ってきたわけだ」

「ええ、必ずや歴史に残る歌を作りましょう。名はハービィと言います」

「どうも初めまして。いやー公爵様にお目通りが叶うなんて初めてで……」

「いやいや、気を使わなくていいんだよ。それで、腕の方は立つのかね?」

「もちろん、百戦錬磨のツワモノですわ」

「そうであろうな、そうであろうな!」



 公爵とライライの会話に冷や汗が止まらないのはハービィです。

 なんといってもアルカディオになってから実戦と呼べるものはまだ二回しか経験していないのですから。公爵相手に九十八戦もサバを読むなんてライライのクソ度胸にはついていけません。そんな彼の心配も知らず、エチエンヌ公に売り込むためライライは弁舌の限りを尽くしています。



「私が彼と出会ったのはリトルマッジ村。忌まわしいドゥルド族の荒くれが野盗まで身を落としたと聞きつけ、様子を見に行ったおりの出来事でした。彼は傭兵団ストレンジャーズのメンバーで怪物どもとやり合うことを生業なりわいとしていたのです」

「そうかそうか、それなら腕が立つのも当然であろうな。これは失礼なことを聞いた」


 ―― いや、単なる食糧調達係だったんですけど?


「今日はそんな彼がパリエスの都で解決した最新の事件を歌にしてきました。まだ誰にも聞かせたことはありません。この場が初披露となる最新作です」

「実にファンタスティックだ。さっそく拝聴しようではないか」



 トントン拍子に話が進み、ハービィ本人はいつもの通り蚊帳の外なのでした。

 いつもの流れに疑問を感じないわけではありませんが、こちらの方がスムーズなのですから仕方ありません。

 ハービィの失望を他所に、さっそく新作がお披露目と相成ったのです。

 ライライは咳払いと調声を済ませると、床に片膝をついて竪琴を構えるのでした。


 それはまさに歯の浮くような美談。筋書きはだいたい合っているのにライライの嘘と妄想が入り混じって、聞いている当人が恥ずかしくなるほどの美化が施されていました。

 妖精男爵ケロヨンが部下を呼びだし二対一と不利な状況に追い詰められても、歌の中のハービィは怯むことなく戦いに挑み華麗に勝利するのです。

 そしてくだんのキスシーンもまた凄い。蛙になった英雄と救出された令嬢が感謝の口づけをかわしたあの場面です。部位が唇と唇に変わっているのは当然の改変。カエルが人間に戻ってからも、男女は抱き合ってバレエのように体を傾けながら延々と接吻を続けているのですから。

 美しい英雄譚というのは、こうして捏造ねつぞうされていくものなのでしょう。


 だがしかし、捏造物語も公爵には大ウケでした。

 彼は諸出を挙げて喝采かっさいしていました。



「いや、良かったな。随分と腕を上げたものだ。ライライよ」

「ありがとうございます。おめに預かり光栄ですわ」

「特にキスシーンはまるで自分がやったかのように熱が入っていたな。まったく見違えたものだよ」


 ―― いや、そこは妄想ッス。この人、実は嘘に気付いているんじゃないかな?


「なるほど、この英雄どのは実力に長け、色恋にも抜け目がないようだ。しかし、王宮に住まう魑魅魍魎ちみもうりょうどもを納得させたければ、まだ実績が足りんな。彼らの許しなくして世界の異変とやらに近づいていくのは難しいかもしれんぞ」

「そのことで少々ご相談が、以前からお願いしている『異変の調査』はどのような進み具合でしょう?」

「さーて? 君が言うように、世界が危機的状況にあるという具体的な証拠は……まだ見つかっていないようだが。あればすぐ話せるんだがねぇ、いやー残念だ」



 なにやら話の流れが変わってきました。

 公爵は露骨にその話を避けたがっているように見えました。



「その、何だね、焦る必要はないんじゃないかな? 君が前に仮面を託したクリム君も、そうやって社会の暗部に首を突っ込んだから命を落としたんだろう」

「だからこそ!」

「黙ってはいられないのですよ、公爵様。北の荒野で大地が腐り始めているというのは本当ですか? 天ノ瞳教団が語る終末は、本当にやってくるとお思いですか?」



 遂にハービィも黙っていられなくなりました。

 ここで引っ込んでいたら元の木阿弥もくあみ、臆病者のままではありませんか。

 ハービィの口から大地の腐敗という言葉を聞き、公爵は大きく肩を落としました。



「どこでそれを……言論統制もできず、民衆にまで不安は広まっていたというのか」

「歌にあった妖精から教えてもらいました。ライライは意図的にそこを伏せていたんです」

「民においそれと語っていい話ではない。それこそ国家保安レベルの話だ」

「どうしたら教えてもらえます? 国を敵に回すことなく、終末の根源に向かっていくにはどうしたら?」

「それこそ王の信頼を得るレベルの武勲ぶくんが必要だな、アルカディオ君。君にそれが出来ればの話だが……」


『なら丁度良いネタがあるんだけど、乗らないか?』



 その声はまったく思いがけない方向、頭上の天窓から聞こえてきました。

 見れば、窓の外側にラタの奴が張り付いているではありませんか。

 悪戯者の意図を察し、慌ててハービィは公爵とライライの手を引いて天窓から離れるように言いました。その直後、ラタの奴は窓を突き破って豪快な侵入を試みるのでした。


 ガッシャーン!


 ガラスの破片をまき散らしながら、ラタは音楽室の床にふんわりと降り立ったのです。当たり前ですが、エチエンヌ公はご立腹です。



「君、君ぃ、なんだね、君は? ガラス代だってタダではないんだぞ?」

「文句があるなら天ノ瞳教団に請求書を出しといてよ。悪いけど急ぎなんだよね」

「何の用だ?」


 ハービィも段々とこの破天荒ぶりに慣れてきました。



「いや、君のために急いでいるんだよ。たった今知らせが入ったんだけどね。天ノ瞳教団の施設があちこちで暴徒の襲撃にさらされているんだけど」

「暴徒だって? いったい街の警備隊は何をしているんだ」

「前にも話した通り、F国の王様は天ノ瞳教の禁止令を出そうとしているからね。異教徒の施設が襲われても知らんぷり。兵を出してくれないんだわ。むしろ、民を惑わせる邪教徒には相応しい天罰なんだって」

「酷い話だな、一般の施設は関係ないだろ」

「そうだけど、そうじゃないだろう、マイフレンド。ストレンジャーズの子ども達をウチの孤児院で預かっているのを忘れたのかい?」


 ハービィもそこまで説明されてようやく話の主旨が飲み込めました。

 リトルマッジ村で頂天騎士のアガタに託した孤児たち。かつて肩を並べて働いた友達が危機に陥っているのです。

 エチエンヌ公爵もまたこの話に興味を示しました。



「なるほど、義勇兵か。それも悪くないな。F国の誰もが好き好んで教団やD国と敵対したがっているわけではない。罪なき子ども達を危険な目に遭わせたとなれば反対派にとって王を糾弾する格好の口実となるだろう。もし暴徒から民を守りきれたのなら、君を称賛する貴族も出てくるだろうな。信仰心に厚く、王の意向を無視して挙兵する公爵もいるだろう。勝ち目のある戦いだ」

「そっちの動向はともかく。そもそもウチの頂天騎士が動き出したらその辺の暴徒なんて鎮圧されて終わりなんだわ。だけどね、今回の暴徒は普通じゃない。ゾンビの、動く死体の群れらしいぞ~。墓場から蘇るほどウチに強い不満があるのかね……死後に天の国なんてなかったじゃないか……とか?」



 ラタの告げた凶報にライライも青ざめました。



「やるの、ハービィ?」

「やるさ、約束しただろ。何でもやるって。それに損得抜きでも友達を放っておけない」


「いいね、英雄の素質は十分というわけだ。もしかすると本当に道楽公の名前がF国の歴史に残るかもしれんな。こいつはウカウカしていられない。ロナウド、早馬を準備しろ。英雄殿のご出陣だ!」


 エチエンヌ公もいまやすっかり乗り気です。配下を呼びつけ手早く準備を整えました。

 道楽公と言えども、いや道楽者だからこそ名誉挽回の好機にはひと際敏感だったのです。

 そして、公はさりげなくライライに耳打ちすることも忘れませんでした。



「ちゃんと気さくでアカ抜けたナイスガイにしといてくれよ、君の歌では」

「お任せください、殿下。ライライは受けた恩を決して忘れませんから」






 ―――






 現場はパリエスの都から北東に二十キロ、アルジラ湖のほとりにルシエル聖堂院という名の孤児院がありました。

 もともとこの地には、ルシエルという聖人が湖から黄金の魚を釣り上げて飢えた子どもたちに振舞ったという伝説が残されており、それにちなんで作られた慈善施設でした。

 されど今、孤児院の子ども達がさいなまれている災難は飢えではなく恐怖でした。

 武器や農具、おまけに主張の激しいプラカード(天眼さまは嘘つきだ!)を手にして集まった大人たちが彼らの孤児院に石を投げつけ、更には火をつけようと焚き木を積み上げていたからです。それもただの暴徒ではありません。顔の半分は肉が腐り落ちて骨がむき出しになった「動く死体」どもなのですから……施設の大人たちが近くにいた子どもを連れて逃げ出すのも無理なからぬ話です。

 当然、人数がそろっているか確かめる余裕もなく、何人かの子どもたちは取り残されて恐怖に震えている状況でした。


 アルフォンスとロイ、二人の少年もまたそんな逃げそびれ組だったのです。

 ただ彼らが他の子どもたちと少し違うのは、元は傭兵部隊ストレンジャーズの下っ端であり少しばかり身を隠す術に長けていた点でしょうか。

 アルとロイはベッドシーツに糊を塗りたくると中庭で集めた落ち葉をそこにはりつけ、即席で隠れ蓑を作り出していました。亀のようにうつ伏せとなり、落ち葉シーツを上から被れば、茂みや枯れ葉の山に擬態できるという優れものでした。

 ストレンジャーズの食糧調達部隊はこのような小道具を駆使しては効率的な狩りに励んでいたのです。

 こうした擬態術はゾンビの目を欺くのにも有効でした。

 二人はあと一歩で死人の包囲網を突破して脱出できる所まで来ていたのですから。


 しかし、そこで問題が発生しました。

 孤児院の周りは高い壁で囲まれており、入口の門には見張りが三人も残っていたのです。

 二つの茂みは身を寄せ合って作戦会議を始めました。



「どうしよう~アル。見張りがいるよ」

「情けないこと言ってんじゃねえよ、ロイ。急行突破に決まってんだろ」

「無茶だよ~壁を乗り越える方法を探そうよ」

「そんなもん無いだろ。子どもが逃げられないよう、壁の上に鉄条網が張り巡らされているんだぞ」

「うわーん、酷い。神様、僕たち恵まれない子どもに何の恨みがあるんですか」

「ハービィの奴もとんでもない所を紹介してくれたもんだ。どうせアイツもロクな目にあっていないだろうけどな。何が英雄だよ、俺たちみたいなただのガキにそんなモンなれるわけもないだろうが」

「そう? 彼ならもしかして……とも思うけど」



 その時でした。

 二匹の早馬が見張りを蹴散らしながら孤児院の前庭に飛び込んできたのです。


 手綱を弾き、急停止させた先頭の馬から一人の男性が飛び降りました。

 マスクを被ったその男は銀髪を風にたなびかせながら、黒塗りの木刀を斜に構えると叫んだのです。



「ゴーカイ流仮面剣士、アルカディオ見参。弱者にストレスをぶつける無法者どもめ、そんなに暴れたいなら相手になってやるから、かかってこいやぁ!」


 絶妙にセンスの欠けた名乗りです。

 されど暴徒の注意を引くには、これでもお釣りがくるくらいでした。


 一斉に乱入者を注視するゾンビども。

 その格好は死者が着る経帷子きょうかたびらやボロボロになった羊毛の上着、巡礼者が着るダルマティカと呼ばれるローブなど様々でした。教会の墓場から蘇った連中なのは間違いなさそうでした。

 伝承通りのゾンビならば対処法もまた有名なので、奴らを地獄にお返しするのもそう難しくはありません。されど一つ奇妙なのはゾンビどもの体に紫色のネバネバした液体が張り付いていることです。

 スライムの沼から這い上がってきたように、奴らの四肢はべたべたなのでした。


 群れとなって押し寄せるゾンビどもを相手にたった一人で立ち向かう剣士。

 風のように敵の間を駆け抜けながらハービィは次々と木刀で頭を叩き割っていきました。

 地に伏したゾンビに馬上からライライがパチンコで石をぶつけます。その石には『燃焼』を意味するオガム文字が刻まれており、敵に触れた途端、炎が巻き上がるのでした。


 その颯爽さっそうたる戦いぶりを目にして、アルとロイは思わず擬態を辞めて立ち上がりました。



「おい、アル。み、見たかい? あの銀髪?」

「あ、ああ! そうだな! あの角被り女にも見覚えがある。ハービィじゃないか! あの二人じゃん」

「嘘みたい! あれから一か月しか経ってないんだよ?」

「俺たちとウサギやカエルをとっていた、あのハービィが!」



 興奮して大声を出し過ぎたのでしょうか。

 見張り役だったゾンビが彼らに気付き、二人へ向かってくるではありませんか。



「うぉ、やべぇ!」

「ひぃいいい、僕らは食べても美味くないよぉ」


 アルとロイを取り囲み、三方向から一斉に飛び掛かるゾンビども。

 そこへ疾風のように割り込んで武器を構えた雄姿があったのです。



「アル、ロイ、しゃがめ!」



 相手は空中、それも三方向から同時攻撃。されどゴーカイ流の剣士が地面の影を見さえすれば、三者の動きを一瞥で把握することも不可能ではないのでした。


 ―― ゴーカイ流戦術、影見……からの旋風斬り!


 震脚、すなわち利き足で大地を踏みしめた力が反作用となって足を伝わり、腰をひねることでその力は螺旋を描きながら両腕に流れ込み、腕の振りによって遠心力の加わった力は木刀の切っ先で爆発的な破壊力へと昇華する――それが旋風斬りの極意でした。

 全身のバネを活用しきったフルスイングに遠心力をもプラスした木刀は、たったの一振りで三体のゾンビ全てを打ち落としたのです。その様は誰もが認める英雄の太刀筋。

 アルとロイも我を忘れてめたたえるのでした。



「うぉおおお! すげぇええ!」

「本当の、本当にハービィ? どうしちゃったの?」



 旧友の質問に、ハービィは乱れた息を整えながら応じました。



「いや、どーもしないよ。俺は俺だって。それよりいくら何でも多勢に無勢すぎるから手伝ってくれよ。アル、ロイ。ゾンビは頭が弱点だから、そこを狙うんだ。動きも鈍いし、落ち着いて挑めばそこまで大した相手じゃないぞ」

「そうか、言われてみればトロいよな、アイツら」

「ここは僕らの家なんだから、僕らだって……やれるかな?」

「そうそう、手柄を独り占めさせることはないんだぜ? 動きを止めたらあとは仲間が燃やしてくれるから。何だったら離れた場所から大声出して敵を引き付けるだけでもいい。武器を持ってる奴は俺が黙らせるから」



 英雄とは単身突撃する者の呼称ではないのです。

 その武勇でもって正義を示し、皆を立ち上がらせる者。

 それこそがヒーローの果たすべき役割なのでした。


 物置で見つけたクリケットのバットを手にして雄々しく立ち上がる二人の仲間たち。ライライはそれを眺めながら満足げにうなずいたのです。



「燃えるわ。妄想がすごく刺激されちゃう。今日も良い歌が作れそうよ」



 何とも世界を救えなさそうな連中ではありますが。兎にも角にも、国を救う為にアルカディオの戦いは新たなステージへと歩を進めたのです。

 ハービィはまた少し、真の英雄に近づきました。






 しかし、全ての人間が彼の活躍を歓迎しているわけではありませんでした。

 その代表格がこの国の王、イル六世。いいえ、真に恐ろしいのは王の耳元で甘言を囁く悪魔たちだったのです。


 ベルサーユ宮殿の一室、暗闇の中でイルは大理石の円卓に両肘をつきブツブツと呟き続けていました。



「大変なことに、大変なことになってしまった……」

「あらあら、王様は未だに腹をくくれていないようよ、皆様」



 ふざけた茶々が聞こえたのは、同じ円卓に着席した魔女の方からでした。

 鼻まで届くクシャクシャな前髪で目元はすっかり覆われ、宝石のついた扇で口元を隠しているため、見えているのは実質チャーミングな鼻だけでした。彼女の肩には一羽のオウムがとまっており、先の台詞を口にしたのも実はこの鳥なのでした。

 魔女の対面に座った黒騎士がおもむろに口を開きました。



「あまりからかうものではないぞ、エメロードよ。ヒルダを困らせるな」

「失敬ね、ヒルダとアタシは一心同体よ。ヒルダはこう思っているわ『王よ、何をお悩みなのですか、全ては計画通りではありませんか』ってね」

「計画通りだと、教団の施設を襲わせたゾンビどもは全て倒されたのだろう?」

「それで構わんのです。肝心なのは頂天騎士どもが何人この国に潜伏しているのか。それをあぶりだすことなのですから」

「三人も居たのは誤算だったけどね。アガタ、エンデ、ポウの所在地が確認できたわ」



 王の怒りなど物ともせず、エメロードと呼ばれたオウムと黒騎士は涼しい顔でした。その一方で王の苦しみは大きくなるばかり。



「教団の実力者が三名だと? ああ、やはり神に逆らうべきではなかった」

「神? 天眼さまとやらの何が神なのかしら? 真の神とは破壊の巫女ヒルダが仕える偉大な存在なのよ。『腐れ毒の君』そう文字通りあの御方は偉大なの」

「今回、死者をあやつ……蘇らせたことなど我が主の力の一端にすぎません。頂天騎士など恐れるに足らず。天ノ瞳教団を好きにやらせておけば、王権は弱まり、平等を誤解した下民どもが増長するばかりですぞ」

「世界を牛耳る軍事力を提供してあげようってのに、もっと喜んでほしいのよね~」

「私は……ただ恐ろしい。天眼さまも、お前たちの神も」

「ふふふ、ヒルダを北の荒野に行かせたのは王様ご自身でしょう? 今頃になってから後悔したって遅いのよねぇ」


「なんかね、頂天騎士以外にも敵が居たらしいよ。アルカディオとかいうの」



 円卓の下でクレヨンのお絵描きを楽しんでいた少女が、指を止めて言いました。

 彼女はなんと王宮のドレスコードをガン無視してウサギの着ぐるみに身を包んでいました。


 良く知るその名を耳にした黒騎士は、驚きのあまり椅子から腰を浮かせました。



「アルカディオ? ドゥルド族の? まさか奴は死んだはずだ」

「許しがたいな、俺たちでも殺し損ねた奴がいるってのは」



 相槌を打ったのは、着ぐるみよりもあまりに場違いな存在。円卓の傍に置かれたビヤ樽でした。どうもその中に何かが潜んでいる様子でした。



「まぁまぁ良いじゃないの。どうせ雑魚でしょ? また殺せばいいじゃない」


 オウムのエメロードはそう切り捨てると、翼を広げて宣戦布告するのでした。



「現世利益に欠けた天ノ瞳ウソツキ教団の時代はもう終わる。これからは『魔女ヒルダとミッドナイトパレード』が覇権を頂戴するのよ!」



 沈黙を保ち続けるヒルダは扇で口元を隠しながらただ不敵に笑ったのです。




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