第4話(第一歌、完)
「吟遊詩人殿、君はいったい何者なのかね? 奴らの仲間だというのなら観念したまえよ」
アガタの質問に本人よりも驚いたのはハービィです。
ライライが獣人盗賊団の仲間? 寝耳に水とはこのことでした。
―― いや、でもしかし、俺だって火事場泥棒団の一員だったじゃないか。もしその話が本当だったとしても、信じるべきは彼女本人だろ!
チラリと様子を
その
ライライは幾分か落ち着いたようで深呼吸をしてから顔を上げました。
「恐れながら、その推測はあんまりではないでしょうか? ただ帽子に角がついているというそれだけで、私は容疑者として拘束され、拷問にかけられるのですか? とても
「なぁに手間はとらせないさ。無実であればこの場で放免だ。君はただ私の質問に答えてくれればいい。それで真実を暴いてみせるよ」
アガタは手にした黄金杖でドンと大地を突いてみせました。
先端にソロバンがついたあの奇妙な杖でした。
「全ての頂天騎士は、天眼さまより神器と二つ名を授かっている。私の異名は『真実の代理人』そして我が手にある神器は『打算計算機ロゴロゴ』である」
「うわー可愛い名前ですね、どう使うんです? そのソロバン」
「簡単だ、いま見せてやろう。ロゴロゴよ、ライチ・ライ・バクスターの偽りを測るのだ」
アガタが杖を掲げるとソロバンがひとりでに動き出し、凄い速さでパチパチとタマを弾き始めたのです。
カチャカチャカチャカチャ……チーン!
「ロゴロゴによって暴かれるのは、お前が『これまでに騙してきた人数』だ。多いほどに
ソロバンの出した答えを確かめたアガタは、興奮で目を見開きました。
「二万三千とんで九十九人だと? ハァ!? その若さでか?」
「いやぁ、お恥ずかしい。経験した人数とかじゃなくてよかった」
「くっ、バカな。百人の魔女を処刑し、千人の詐欺師を罰し、一万人もの嘘つきを見破ったこの私でさえ……初めて目にする規模だ」
「まぁまぁ落ち着いて下さい。ネタをばらしてしまえば、それは私の歌を聞いた聴衆の数でもあるんですよ。私の歌は、そのですね、ノンフィクションではありませんから」
言わんとすることを察し、ハービィは苦笑するしかありませんでした。
アガタも部下の前で取り乱してばかりはいられません。頂天騎士は咳払いをして威厳を保つと、話を続けたのです。
「まぁいい。大切なのはこの先だ。もし、お前が私の質問を虚偽で誤魔化そうとした場合、ここに示された人数が一カウントだけ増えることになる。文字通り見え透いた嘘というワケだ」
「おやおや、随分と回りくどい真似をなさいますね? でも、それで納得して頂けるのでしたら。では、質問をどうぞ」
「フン、村民に
ライライときたら素知らぬ顔で鼻歌をうたっているではありませんか。
アガタでなくとも憎らしくなる余裕です。
頂天騎士は奥歯を噛みしめてから、最初にして最後の審議を始めたのです。
「問おう。貴様は獣人盗賊団セリアンスローピー団の仲間なのか?」
「まさか、とんでもない」
「どうだ、ロゴロゴよ?」
皆が
アガタは小さく吐息を零すと、素直に頭を下げたのでした。
「ふむ、無罪か。つまらぬ
「いえ……ですが、気が
「ご褒美? なぜだ?」
「先ほどアガタ様はリトルマッジ村が教団の土地だとおっしゃいました。ならば、そこを火事場泥棒から救った私たちが教団から報酬を受け取るのも当然の権利ではないかと」
「よく喋る口だ。いや、嫌味ではなく本気で感心させられる。それで何が欲しいのだ?」
ライライは一度ハービィにウインクをしてから、こう続けたのです。
「先の事件で身寄りない子どもたちが行き場を失ってしまったのです。教団は孤児院を運営しているそうですね? お願いするわけにはいきませんか?」
「なんだ、そんなことか。認めよう、頂天騎士の名にかけてな。その子らを放置すれば更なる犯罪を
ライライは首を傾げて少し考える素振りを見せてからゆっくりと口を開きました。
「あの、どうして訊かなかったんですか? お前はドゥルドの一族なのかって」
「それを訊いて何になる? 肝要なのは、お前の出自ではなく奴等との繋がりだ」
「そうですか、成程」
「これも言っておこうか。獣人野盗の団長オリバーは本国で裁判にかけられる。そして恐らくは、ドゥルド一族の過去にあった惨劇にも、その場で監査委員のメスが入れられるだろう」
「つまり、それは?」
「貴様がドゥルド一族だとしても、復讐に一生を費やす行為は無駄でしかないし、今からそれをしようと真相解明の方が先だという事さ」
「元よりそのつもりはありません。奴等は一族の過激派だし、私ときたら使命を押し付けられて集落から追放された身の上ですから。だからこそ、こんな私たちでも出来ることを探しに行くのです」
「そうであったか、つまらぬ邪魔をした。フム……いつか旅先で見つかると良いな、それが」
「お気遣い感謝します。どうやら誤解があったようですね、少なくとも貴方には」
「私の書記官に身寄りがない子どもたちの数と名前を伝えておけ。孤児院はこちらで探しておこう。フゥ、まったく我ながら柄でもない事を。これっきりにするぞ、お互いに!」
失笑するとアガタは部下の用意した馬にまたがり、去って行きました。
権力者でありながら嫌味たらしい所もなく『高貴なる者の義務』を体現したかのような態度。天ノ瞳教団に反抗的な口をきいていたライライも溜息をつくばかり。
「参ったな、教団の偽善を暴いてやろうと思っていたのに。いきなり相手が悪すぎだよ、もっとも嘘を見抜くぐらいで道具に頼っているようじゃまだまだだけど」
「どっちが悪役の台詞かわからないよ!」
こうして
ここ数日は一緒に過ごしたものの、まだまだ相手は知らぬことだらけの女性。そもそも女性と二人きりで旅すること自体、彼には初めての経験でした。同じ部屋で旅立ちの荷物をまとめているだけだというのに、どこか気分が落ち着かないのでした。
ハービィは床の上で、彼女はベッドに腰掛けながら、目は荷物袋の中へ向けられながらも心はお互いを探っているのかのようでした。
いったい彼女はどんな人なんだろう?
これまでどんな人生を歩んできたのだろう?
俺が気絶している間も看病してくれたようだし、悪い人間じゃないと思うんだけど。
そんな事を考えていると、昼間にアガタと交わした会話が蘇ったのでした。
「そういえばさ、けっきょく君はドゥルド一族の出ということで良いんだよね?」
「どうしたの、今更。女性に過去の
「いや、一緒に旅をするなら相手のことを知っておいた方がいいかなって……」
「アハ、そうだね。私は森の民ドゥルドの血を引いている。教団に対して悪印象を抱いているのも、そのせいかな。なんせ幼いころから爺さんたちの恨み節ばかり聞いて育ったから。私が生まれた森はもっとずっと西で、山二つと国境を越えた所にあるけど、ドゥルドの魂と失われた聖地は今もここにあるんだって、古臭い考え」
「ふーん、なんか驚きだな。君みたいに陽気で綺麗な女性でも、誰かを恨むことがあるだなんて!」
「……やっぱり、私ってそう見えるのかな」
「へ?」
「私だってね、お調子者みたいに振舞っているけど、悩みがないわけじゃないの」
時折ライライが見せる憂いの表情。それが何を意味しているのか判らず、ハービィを不安にさせるのでした。
「悩みって何だい? 聞かせてくれたら俺にも手助けできるかもしれないぜ」
「そうねぇ、もっと君の事が信用できるようになったらね。それまでは秘密」
「チェ、ガキですいませんね」
「ただ、これだけは言っておこうかな。私が故郷の森を追放されたのは、母の跡を継ぐだけの才能がなかったせいなの」
「え?」
「ドゥルドにはね、文章で記録を残す習慣がないの。大切なことは全て歌にして、記録係である神聖な詩人、バードと呼ばれる女性が生まれてきた子どもたちに伝えていくのよ。私の母もバードだった。本来なら娘である私がその後継者になる予定だった。でもね、あいにく私には詩人として最も大切な
「資質? 君に詩人の資質が欠けているなんて信じられないよ。演奏も歌も上手いし、いったい何が欠けていると言うんだい」
ライライはモジモジしながら頬を赤らめました。
「私は……どうも『愛』というものが生まれつき理解できないようなんだ」
「はぁ?」
「周りから言わせると、誰も愛せない人間らしいんだ、私は。血が通っていない石の心臓の持ち主。心が欠けた笑顔のお人形さん。だから歌が薄っぺらい……聞く者の心を揺さぶることもない……そうだ」
「そ、そんなの他人が決めることじゃないだろ。君が誰かを好きになったのなら、その感情は本物じゃないか」
「……そうだね。まぁ『誰かを好きになる努力』はこれからも続けるよ。君もどうか私を嫌いにならないで欲しい。私はいつも気を使って嘘をついているのだから」
ハービィにはそれ以上なにも言えなくなってしまいました。
嘘というのは、もしかすると「歌に妄想を混ぜること」だけをさしているわけではないのかもしれません。
自分に対して好意をよせているかのように振舞うのも、全て嘘なのでしょうか?
何だか悔しくってたまらず、興奮から頭が真っ白になったままでハービィは口走ってしまったのでした。
「そんなことないよ!」
「え、なーに?」
「え、えーと、その、そう! 君の歌が聞く者の心に響かないなんて嘘だい。だって俺の心にはガツンと届いたんだから」
「ふふ、ありがとう。時々、そうやって私を口説こうとする輩がいるけど。そんな奴らの百倍は嬉しかった。やっぱり君を選んで大正解だったみたい」
「へ、へへ、そうだろ?」
何が『そうだろ』なんだか。ハービィはすっかり
ライライは微笑んで言いました。
「君ならきっと人形の心臓を目覚めさせてくれる。そっちも期待しているからね」
そして最後に。「始まりの終わり」の締めくくりとして。
リトルマッジ村近くの山道にて、密談をかわす二つの影がありました。
長身の影は頂天騎士のアガタ。もう一つの影はアガタの半分ほどしか身長がありませんでした。小さな影はアガタの足元にひざまずいていました。
「ラタ・トスクよ、お前に頼みたいことがある」
「ハイハイ、僕に出来ることなら何なりと。フヒヒヒ」
「昼間に会ったあの詩人と少年のことだ」
「おやおや、頂天騎士ともあろう御方が気にかけるほどの相手ですかねぇ。あんなガキどもを」
「奴等から目を離すな、そして逐一報告を上げるのだ」
「そりゃまたどうして?」
「今はまだ勘でしかないが。感じるのだ。いずれは我々の未来を決定づける重要な存在になると。敵か、味方か、早めに見極めておく必要がある」
「ほうほう、そこまで見込みがあるのなら僕からもお節介を焼きましょうか?」
「見張れと言っているのだ」
「獅子の子なら
「なぜ、天眼さまが貴様のようなピエロを飼っているのか知らんが、命令がきけぬとあればこれも良い機会だ。獅子身中の虫を潰すのに丁度よいな」
「おお、恐ろしい! ラタ・トスクめは忠実なシモベでございますよ、ヒヒヒ」
「
「かしこまりました~!」
アガタが去った後も、小さな影はかしこまったポーズのまま固まって、動かったのです。その口からは
「天眼さまの御心のままに……だってよ。フーヒッヒッヒヒヒ!」
若き英雄たちの行く末にはいつも暗雲が垂れ込めているものなのでございます。
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