秘密
ゼンバッテン地方に唯一在る「苔や」からも見えるゼンバッテン城。
純白の石材で構成されている城は美しい外観とは裏腹に、この地方を統治する当主が嫌われていることから、一部の人には、にごり雪とも呼ばれていた。
「はあ!?うちの苔が全部見掛け倒し!?」
眼福客が忽然と消えてから父親を問い質した多枝は驚愕の事実に目をむいた。
齢一歳の頃から父親の苔への熱弁を身に浴びて、愛でてきた苔が全部見掛け倒しなどと聞かされて正気で居られようか。
否。
父親にタックルして床に転がした上で胸元の洋服を掴み上げて、額をどつき合わせた多枝に向かって、父親は苦悶の表情を浮かべて、血を吐くような想いで無念の言葉を出し続けた。
「愛らしい形も鮮やかな色も佇むわびさびも加工物。父さんが夜なべしてせっせと作り上げてたんだ」
「そこまでしてお金が稼ぎたかったの!?父さんの苔への愛情は嘘「嘘じゃない」
静かに、重々しく、ゆっくりと否定した父親はさらなる秘密を明かした。
十八年前。まだ多枝が生まれていない頃。
ゼンバッテン城現当主であるゼンバッテンが開店当初にいきなり押しかけて来たかと思えば、苔など売るなと言ってきたのだ。
苔など、みすぼらしさの象徴だ。私が治める地方でそんな粗末なものを売買させるわけにはいかない。と。
猛反発した父親にゼンバッテンは呪いをかけていった。
苔をすべて枯死させるという呪いを。
どれだけ移転してもつきまとう呪いに苦しめられた父親の苔への愛はそれでもさめることはなく。
けれど、己に関わることで苔が枯死させられる状況に耐えかねて、加工物を作ることを決意。
呆れた母親は別居を申し出た。
説得を試みるも失敗した父親に残されたのは、可愛い愛娘と枯死した苔。
愛情を注げば、生き返ってくれるかもしれない。
その一念で、父親は多枝に事実を告げずに、苔を育て続けたのであった。
未だその愛情が芽吹くことはないが。
「でもお金を稼がないと暮らしていけないから。ゼンバッテンに反対する人たちや他地方の観光客に苔を売ったんだ。購入の際には説明して、納得してくれた人が持ち帰ってくれた」
「まさか。さっきのお客様に今の事情を話して何とかしてくれって縋ったの?」
「僕が話す前に話せって言ってくれて。つい」
「舌を小さく出すな莫迦父親さっさと自分で城に乗り込んでゼンバッテンをボコボコにしてくれば良かったのよ」
「多枝!」
胸元から乱暴に手を放した多枝は父親の制止の声などもはや耳に入らず駆けだした。
ゼンバッテン城へと。
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