第3話
蝉の騒がしい鳴き声が窓の外から聞こえてくる。
青空を覆うように伸びる入道雲を呆然と眺める。
入道雲の下は深い灰色に染まっている。きっとあの下で激しい雨でも降っているんだろう。
嫌な予感がする。一応、折りたたみ傘は鞄に忍ばせてあるけれど、正直心許ない。
「日登……聞いているのか?」
不安にかられる僕の気持ちなど知らず、傍らから男性が声をかけてくる。「はぁ」と溜息を吐き、顔を体の前に向ける。
変哲もない日常を過ごし、飽きる程見てきた教室。夏休みに入り、たった二週間程度、見ないだけでも懐かしさを感じる。
二つの机を対面させ。担任の男性が眉間に皺を寄せ、余所見をしていた俺を睨んでいた。パーマをかけた髪に黒い丸眼鏡。眼鏡の後ろで光る細い目。そんな風貌から生徒達から目つきの悪いジョン・レノンと言われている。
「はい。聞いてますが」
「お前さぁ。俺の前だから許すけど、他の人の前ではそんな態度取るなよ」
普通なら「舐めている」と説教受ける態度だが、先生は何も言わない。
運がいいのか悪いのか、三年間ずっと担任である先生は捻くれた俺の扱い方を十分理解している。
どんな指摘をしても変わらないとわかっていて、諦めている。そもそも、先生以外の大人にはしっかりとした態度で対応していること。別に俺が先生を馬鹿にしているわけではないという最低限のボーダーラインを守っているからという理由もあるだろう。
要するにそれなりの信頼関係があっての態度だから許してくれている。
「それで……考えはまとまっているのか?」
「はい。俺の進路は決まっています。白鷺高校に行きます。というか、薦めたのは先生でしょう?」
「それはそうだがなぁ」
先生は「そうじゃない」と言いたそうに頭を抱える。
俺はこんな話し合いに何の価値を見い出せない。
僕はもう進路を決めていて、目標を達成する為に日々受験勉強に励んでいる。それなのにわざわざ確認の為に学校まで呼び出され、勉強時間を潰される。それに進学を目指す白鷺高校の偏差値は六十。大して学力もない上に塾に通えない俺にとって少しの油断は許されない。
「夢なんて大層なものじゃなくていい。やりたいことはないのか?」
「ないです」
きっぱり言うと先生は「そうか」と頷く。
「日登は将来のこと、考える気はないのか?」
「はい。将来なんて不確定なものを考えてどうなりますか?」
将来と夢。俺がこの世で一番嫌いな言葉だ。
将来の為に生きる。そもそも将来が必ず来るという保証がどこにある?
教室出た瞬間、地震が起き、学校が崩れて瓦礫に潰されるかもしれない。
道を歩いていたら背後からトラックに轢かれて死ぬかもしれない。
夢は必ず叶うわけではない。努力をしなければ叶うわけがない。だからと言って努力したからと言って必ず叶うものでもない。
もし、思い通りにならなければその為に使った時間も金も全てが無駄になる。
不確定な将来や夢に向かい、縋って生きるということは危ない綱渡り。
リスクを背負って生きるよりも無難に生きる。それが一番難しいことだけどそれが一番いい。
不確定でいつ潰れるかわからない将来や夢の為に生きるくらいなら、今自分ができる最善のことをするべきだ。
「……わかった。お前が決めたことなら受け入れる」
俺の意思が硬いことを察した先生は特に粘ることなく、引き下がった。
先生の浮かべる表情はどこか悲しげだった。
きっと俺がこの考えに至った過程を知っているから憂いているのだろう。
「でもなぁ。一つだけ言っておくと、悲しいことに未来ってのは必ずやってくるもんだ。こっちが必死に拒んでもな」
「はぁ」
曖昧な返事をする。
残念なことにそれは紛れもない事実で何も言い返せない。
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