第4話

「実はな、俺は音楽で飯を食っていきたかったんだ」


 先生は窓の外を眺めながら突然、語り出す。


「いきたかった……ですか」


「そうだ。お前が一番嫌う、叶えられなかった場合の話だ」


 まるで悪戯を企んでいるような笑みを浮かべ、先生は口を開く。


「高校生になって、軽音学部に入り、仲間達と共に青春を歌い上げた。自分達の奏でる音楽は世界で一番だとあの時は豪語してた。そして、俺達は音楽で飯を食えると思っていた」


「素晴らしい話ですね。ここまでは」


 俺はそう皮肉を垂らすと先生は「そうだ」と笑みを浮かべる。


「流石に驕っていただけだった。上には上がいて、俺達の音楽は大した物じゃなかった。そんな現実を知ってしまった。それから俺達は夢を捨てて、ちゃんとした道を歩んだ」


 苦難と挫折の話。

 聞いてるだけで耳が痛くなる。

 確かに失敗のない研究などない。誰もが間違いや失敗を犯し、そこで得た反省を糧に成長していくのが人間だ。

 それはわかっている。俺だってただ失敗が怖いから行動しないわけではない。

 ただ、失敗を犯すにしても、一度しかない人生でそれも転換期となる節目で大きな選択で失敗した時のリスクはあまりにも大きすぎる。

 若いんだから失敗のリスクは少ない、取り換えせると大人達は言うけれど、もし取り換えせないような失敗ならどうするのか?

 失敗ではない理不尽に妨害され、全てを絶たれたらどうする?

 コツコツと積み重ねてきたトランプタワーが完成間近という時に傍らから強風が吹き、根本から崩れ落ちたら、誰しもがショックを受ける。

 人によっては諦める者もいれば、まだ立て直せるともう一度踏ん張る者もいる。

 でも、強風でカードの一枚が何処へと吹き飛び、スペアもなければもう諦めるしかない。

 今まで努力してきた時間も金も労力が全てが水の泡。

 それなら俺は失敗しても大した傷にならないような安定して道を進む。

 そう決めた。


「そんな話をしたら余計、俺の意思は固まりますよ」


「あぁ。それならいいんだ。でも、俺はこう言いたい。お前はあの時の俺みたいな感じがするんだ。熱くて真っ直ぐなさ」


「はぁ……」


 俺が熱い人間だって?

 そんなわけがない。俺は冷めた人間だって自負してる。

 他の学生とは違って部活なんかに青春を捧げているわけでもなければ、勉学に心血を注いでもない。

 クラスでも中心にいるわけでも、船頭切って行動するわけでもない。

 努力も何もせず、角にいて空を眺めるだけのつまらない人間。


「体育祭の時だ。どう考えても負けしか見えなかったクラス別対抗リレー。他のみんなは諦めていたが、日登。お前は違ったよな」


 俺は深い溜息を吐いて、先生を睨む。

 確かにそうだった。

 体育祭のクラス別対抗リレー。他クラスとの差は圧倒的でどう考えても勝てる見込みがなく、諦めムードが流れていた。

 その中で俺は全力で走った。簡単に諦めたくなかった。

 ただ、それは諦める自分が情けなくて、そんな痴態を晒すのが屈辱的だったから。あくまで自分本位でしかない。


「教師ってのは意外と見ているんだ。」


 先生は一本取ったと言わんばかりニヤニヤと笑っている。

 全く、中学生相手に大人気ない。


「別にすぐじゃなくていい。いつか、お前が熱くなれるものを見つけてくれるなら、それでいい。だから、諦めるな」


「……見つかりませんよ。絶対に」


 夏空を眺めがら吐き捨てるように呟いた。

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