第6話 一か月後

※5/5 2話目の投稿です



 草むらに紛れて目的地を窺う。

 今回の依頼はノゾコド森に短い間だけ咲くクキクヨ草の花。ついでに、とマギから頼まれた蒼仙花も咲いている。

 花の採集そのものは難しくないが、クキクヨ草のそばには決まって魔物がいる。一説には消毒・回復促進効果があるクキクヨ草を探しにきた生物を狙っているのだとか。


 案の定魔物がいた。デビルエイプというサル型の魔物で、普通のサルよりはるかに凶悪な面構えをしている。特殊な能力は持たないが、力が強くすばしこい上に群れで行動するため危険度が高い。並みの冒険者パーティなら返り討ちもありうる。

 そんな魔物を見てもトーマは落ち着いている。一か月でこの世界にも慣れてきた。自分がどれくらいの強さを持っているか客観的に理解できた。

 足元に積んでおいた石を拾う。一つは右手に握り、一つは左手に持つ。

 静かに、大きく右腕を振りかぶって石を投げた。

 クキクヨ草の群生地のそばに石は着弾した。デビルエイプたちは攻撃されたことに気付き、一斉に牙を剥いてトーマがいる方向へ向かって威嚇する。

 トーマは左手に持っていた石を右手で掴みなおす。ぐっと力を加えていくつかの破片に砕く。

 もう一度右腕を振りかぶり、石を投げる。先ほどとは違い、細かな破片がいくつもデビルエイプたちに降り注いだ。

 小さな破片では致命傷にはならないが、頑丈なデビルエイプの毛皮をも突き抜けて裂傷を負わせる。

 これで力量差を悟って逃げてくれないかなーと心から思うが、デビルエイプたちはギーギャー声をあげて動き出した。

 向かう先はトーマがいる場所。力量差を悟って逃げるどころか反撃を始めた。

 ため息をつく。先手を取るメリットを捨てても魔物が逃げてくれる確率は十パーセントもない。

 気が滅入るが依頼を放棄するつもりはないし、殺されてやるつもりはもっとない。

 足元の石を拾いながらデビルエイプの気配を探る。

 焦る必要はなかった。


 トーマが石を投げるたび、近くのサルから物言わぬ死体となった。


―――


「ただいまー」

「おかえりなさいトーマ!」


 トーマが帰ると笑顔のフィオナが迎えてくれた。

 料理中だったのかエプロンをつけて、片手にはおたまを持っている。

 こんな光景が現実にあるんだなあ、とトーマはしみじみ思った。

 部屋を借りてからずっとこんな調子だがいまだに慣れない。不快では全くないのだが、座りが悪くて落ち着かない。具体的には恋人でもない可愛い女の子に新妻みたいなことをされると心臓が不整脈気味になる。


「今日はお仕事どうでしたか?」

「順調だったよ。冒険者ギルドの依頼をこなしつつマギの研究を手伝ってきた」


 結局、トーマは冒険者となった。

 冒険者と言っても未開の地を開拓するわけではない。シャングリラ付近の危険地帯へ行って魔物を討伐したり、薬草や鉱石を取ってくる、ロールプレイングゲーム的冒険者である。

 主に冒険者として稼いでいるがマギの手伝いも行っている。代わりに魔法について教えてもらっているので、仕事というより手伝いという感覚が近い。


「でも、ちょっと心配です。いくらトーマが強くても一人で活動するなんて。せめて私が一緒に行ければ良いのですけど」

「心配することないって。シャングリラ近辺じゃ危険な魔物はほとんど狩られてる。正面から殴り合って負けることはないし、いざとなればAランクの逃げ足で全力ダッシュするから」


 トーマが最初の仕事を受けた時、グレンに引率されてフィオナも一緒についてきた。

 そこで実感した。自分は規格外であると。

 フィオナは魔法を使える。華奢で弱弱しく見えるがそこらの一般人くらい片手でひねれるくらいの体力がある。

 そんなフィオナが強化魔法を使って全力疾走してもジョギング感覚のトーマに追い付けないのである。トーマなら一時間で余裕をもって移動する距離を、フィオナは二時間かけて息も絶え絶えになって移動する。

 Aランクは人類が到達できる最高峰と聞いていたが、正確に認識できていなかった。前世のイメージのままで、トップアスリートくらいだと考えていた。

 そんなものじゃなかった。魔物やドラゴンが闊歩する世界で生き残る人間は強い。そんな人間の最高峰である。


「まあドラゴン並みじゃないか?」


 とはAランクのパワーってどれくらいですか、とトーマに質問されたグレンの言葉である。

 それもそこらにいる飛竜種ではなく、最強種としてのドラゴン相当らしい。

 耐久力もAランクのトーマは、上位のドラゴンたちと正面から殴り合いができると太鼓判を押されてしまった。

 ぶっちゃけシャングリラ周辺の魔物相手では怪我することが難しいレベルである。今日倒したデビルエイプくらいなら、熟睡しているところを襲われてもなんともないだろう。


 自分の能力を正しく把握して以来、トーマは一人で依頼を受けている。

 他の冒険者たちではついてこられないし、ついて来られても役に立たないのである。


「心配なものは心配なんです。上着、貸してください」

「ん、ありがとう」

「ごはんももうすぐできますから、お風呂に入っちゃってください」


 押し問答は面倒なのでおとなしく上着を預けた。

 怪我はなくても汗はかく。ノゾコド森へ向かって走ったので体に土もついている。気持ち悪いので大人しく風呂を浴びる。

 頭と体を洗って出ればちょうど料理が出来るころ。湯気を立てる食事と笑顔のフィオナがダイニングで待っていた。

 頻脈が発生した。いい加減慣れないといけない。


「フィオナはどうだった? 今日は……サクラさんのとこへ行く日だったっけ」

「はい、今日もお客さんがたくさん来ました。やっぱりサクラさんはすごいです」

「野菜切る手が見えないもんなー」

「速さだけじゃなくて正確さもすごいんですよ。大きさや厚さも均一なんです。お店を手伝わせていただいているとよく分かります」

「そういえばサクラさんの店には転生者もよく来るよな。俺も何人かそれっぽいの見たけど話したりする?」

「お話したことはないです。話しかけてみようかと思ったことはあるんですが、忙しくて」


 トーマは深々と頷いた。あの店が営業時間中で暇なのは、食材が完全に切れた時だけである。席を取るのに苦労しているのでよく分かる。

 席が空くのを待っていると店の客を見る時間がある。何人か転生者らしき人を見つけていた。


「まあ、そのうち話す機会もあるだろ。転生者って目立つし」

「そうですね」


 転生者にはいくつか特徴がある。全員に共通しているわけではないが、目安にはなる。

 ひとつは特殊能力を持っていること。グレンの炎をはじめ、一般人とは比べ物にならない能力を持っている。ただし能力を発動しないと分からないので、見分けには使えない。

 ひとつは見た目が整っていること。男も女もみんな顔が良い。男は筋肉質で精悍か、美形で細身じょそうがにあいそうなのが多い。女は腰は細く、胸元や腰回りは人による。地味に見えて服装や化粧をきちんとすれば化ける人が多い。

 余談だが、トーマは他の転生者を見るたびに自分は地味すぎるんじゃないかとコンプレックスを感じるほどである。どうせならイケメンに転生したかった。

 ひとつはやたら顔が良い人と一緒にいること。グレンならミオ、トーマにとってのフィオナのような相手がかなりの高確率でいる。サクラのもとにも海を挟んだ国の貴族という美形さんが通い詰めている。

 シャングリラにいる転生者は生まれた国で追放された人も多い。濡れ衣を着せられたり過小評価されたり、流行っているのかと聞きたくなった。

 これらの特徴に気付いた時はマンガの主人公かと突っ込みたくなったが、突っ込んだら自分にもブーメランするので黙っていた。


「トーマ、明日はお休みですよね」

「おう、何か手伝うことでもあるか?」

「手伝いとかではなくてですね……」


 フィオナはエプロンのポケットから二枚の紙きれを取り出した。演劇のチケットらしい。


「こんなのいただいたので、よかったら一緒に行きませんか?」

「へえ、演劇って見たことなかったな。行こう行こう。楽しみだ」

「前世でも見たことなかったんですか?」

「映画はちょくちょく見に行ってたけど演劇はなかったな」


 映画に比べてチケットが高くて手が出なかった覚えがある。

 あと、映画に行くときには何か別の目当てがあった気がするが思い出せない。

 今でもトーマの記憶は虫食いだ。学校のことはよく覚えているのに家庭のことは穴が多い。断片的な記憶でもそんなに悪い家庭環境ではなさそうなので思い出したいのだが霞がかっている。

 グレンの話ではふとした拍子に思い出すらしいので気楽に構えている。


「実は私も演劇を見るのは初めてなので楽しみです」

「よし、じゃあ明日はめいっぱい楽しんでやろうぜ」

「はい!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る