番外編.フィオナの一か月
5/5 3話目です
「サクラさん、私に料理を教えてください」
ある日、突然店にやってきたフィオナが頭を下げた。
時刻は昼過ぎ。今日はディナーをやらないので午後は時間が空いている。
「お話は聞くけど、お店の片づけしてからでいいかな?」
「お手伝いさせてください!」
フィオナは一度頭をあげて、もう一度下げた。やる気は漂っている。
しいて断る理由もないのでテーブル拭きを任せた。お嬢様然とした佇まいとは裏腹にフィオナはてきぱきと掃除を始めた。洗剤のスプレーも使いこなし丁寧にテーブルを磨いている。
サクラは調理道具と皿の片づけを行う。皿は魔法でささっと片付け、包丁などの調理器具は手ずから洗っていく。慣れたもので手つきによどみはない。
片づけが終わり、フィオナを促しカウンターに座らせる。サクラはコップに水をついで出してやる。礼を言ってフィオナは水に口をつけた。
「それで、急にどうしたの? ゆっくりでいいから理由を教えて」
「はい。実はこの間、トーマと冒険者ギルドのお仕事に行ったんです」
「グレンさんと一緒の時だよね?」
トーマに冒険者のイロハを教えてやろうとグレンが意気込んでいたのは記憶に新しい。フィオナも冒険者の資格を持っているので一緒に行ったはずだ。
冒険者ギルドの依頼つながりとなると、野営時の料理でも知りたいのかなとあたりをつけつつ続きを待つ。
「その時、私は完全に足手まといでした。戦いは私が何かする前に終わっていますし、移動する時にもトーマとグレンさんはずっと私を気遣ってくれました。これでも少しは戦えるつもりだったんですけど」
「ああ……」
想像がつく。グレンは焔属性魔術の使い手だが、並みの戦士よりはるかに高い身体能力を持っている。トーマに至っては全ステータスがAランクである。当然、移動速度もスタミナも人間離れしている。
フィオナは一般的な冒険者並みの体力を持っているが、チート野郎どもは格が違った。
「ついて行けるくらい鍛えればいいかなとも思ったんですが」
「無理じゃないかなあ……」
サクラは顔をひきつらせた。
転生者の多くは自分の特殊能力をチート能力と呼んでいる。由来はもちろん転生前に読んだ漫画やラノベである。
本来、チートとは「ズル」「騙す」といった意味の言葉である。ゲームにおいては不正行為によってアドバンテージを得ることを意味する。
転じてチート能力とは不正レベルに強大な能力を表す。普通の人の能力上限が99のところで999まで能力を上げているような連中に、頑張ったくらいで追いつけるとは思えない。
サクラの能力は料理に関するものだが、前世のプロコックと比べても異次元の速度と精度で調理している自覚はある。チート能力の強さを体感しているだけに追い付こうと考えるのがどれくらい無謀かよく分かる。
そんなサクラの考えが伝わったのかフィオナは深々と頷いた。
「ステータスウインドウがあれば物品の鑑定もできますし、私が冒険者としてトーマの役に立てることはありません。だから私は他の仕事で稼ごうと思ったのですが、トーマの稼ぎがすごくて収入の不安は全くありませんでした」
依頼の値付けは冒険者ギルドが行っている。移動にかかる時間や消耗品のコストを考えた上で報酬の相場を決めている。依頼が難しければ負傷・死亡のリスクを鑑みて報酬は高額となる。必要人数が多い場合も同様だ。
トーマは馬よりはるかに足が速い。生き物を殴る感触が嫌だからとその辺の石ころを投げて戦っている。
移動時間がかからず経費もゼロ。圧倒的に強いため高難度の依頼もなんのその、さらにはソロなので報酬も独り占めできる。
この条件で生活に不安が生じるなら冒険者という業界そのものが破綻している。
「どうするのが一番トーマの力になれるか考えたら、家の仕事を私が受け持つという結論になりました」
「うん、いいと思う。それで料理を習いたいんだ」
「それもあるんですけど……」
「ですけど?」
「私よりトーマの方が料理上手だったんです……」
「…………」
フィオナはすさんだ半笑いを浮かべていた。サクラは思わず瞑目した。
今時、女だから男より料理ができないといけないなんて考えは時代遅れも甚だしい。
けれど、けれどだ。生活費を稼いで来るパートナーのために家事を受け持とうとした直後に、家事レベルもパートナーの方が上だと知った衝撃はどれほどだろうか。
フィオナはいたたまれなかった。前日にフィオナが気合を入れて作った料理よりも、あまった食材でトーマがさっと作った料理の方がおいしかったからなおさらである。
トーマは「慣れてるから」と笑っていたがフィオナにとっては笑いごとではない。
「わかった。わたしで良ければいろいろ教えてあげる」
サクラは折れた。
サクラにはフィオナに料理を教えるメリットがない。頼まれた直後には断ろうと思っていた。
話を聞いて微笑ましいと思った。レシピくらい教えてもいいかなーという気持ちになった。
トドメは最後の悲壮感あふれる表情である。思わずサクラが泣きそうになった。
きちんと練習して上手になろうという姿勢は良いと思う。空いた時間に料理を教えるくらい構わない。
「でもわたしは厳しいからね!」
「ありがとうございます!」
「あと、教える日はお店の手伝いもお願い。普通に働いていることにして、いきなり上手になってトーマくんをびっくりさせてやろう」
本当は手伝いは必要ない。食事時は忙しいが、店の面積が狭いため一度に相手をする客は少ないのだ。
ただで教わるとなればフィオナは気にするだろう。実際に調理しているところを見れば上達の機会も増えるだろうと思っての提案である。
そんなサクラの考えを知らず、トーマを驚かせようと聞いたフィオナは破顔して「よろしくお願いします」と言った。
―――
サクラの料理教室も回数を重ねた頃のことだ。
「フィオナはトーマくんが大好きだねえ」
野菜の皮むきをしていたフィオナは勢い余って自分の手を切ってしまった。
慌てて手当てする。幸い治癒魔法が使えるので治すのも一瞬だ。
「い、いきなり何をいうんですかっ」
「えー、だって毎回すごく一生懸命じゃない。かいがいしいなーって」
にやにや笑って眺めるサクラから目を逸らす。
からかうつもりの人に何を話してもからかうための話題に結び付けられて終わりだ。何も言わず目の前の作業に集中するのが一番である。
フィオナがもくもくと野菜を切っているとサクラは唇を尖らせた。
「ちぇー。少しくらいコイバナしてくれてもいいのに」
「したかったらサクラさんが自分の話をすればいいじゃないですか。フブキさん、よく来てますよね」
「だってフブキのことならフィオナちゃんももう知ってるでしょ? 話してもあんまりおもしろくないじゃない」
といいつつサクラはにやけながらクネクネしている。
フブキというのはサクラにアプローチしている男性である。銀髪と切れ長な緑の瞳が印象的な美形である。顔が小さく八頭身のスタイルでどこかの少女漫画に出演していても違和感がない姿をしている。そのうえ海の向こうにあるアストライア皇国の第三王子だという。
もともとサクラはアストライア皇国に召喚されたのだが、アプローチする男が多すぎて騒ぎになってしまったのでシャングリラに退避してきたらしい。
フブキはそんなサクラを探し出して、今でも地道にアプローチしている。
「のろけを聞くくらいならやぶさかではないですが」
「じゃあまたの機会にお願い。それよりフィオナとトーマくんの話だよ。差し当たってはなれそめから教えてほしいなー。年下の子たちの甘酸っぱい話、聞きたいなー」
「そんな話にはならないですよ」
「えー、ほんとにぃー?」
サクラは心の中でにやりと笑った。フィオナがなれそめを話す流れが出来たからである。
強制して言わせるのは好みではないが、ウザ絡みして話さなければいけない雰囲気を作るくらいならサクラ的許容範囲内なのだ。
フィオナはそっとため息をついてから口を割った。
「私がトーマをこの世界に召喚したんです」
「うんうん、それで?」
「それでって、それだけですけど。トーマと初めて会ったのもサクラさんに会った前日ですし」
「……それだけでそんなにトーマくん好き好きってなったの?」
「好き好きって言わないでください」
拍子抜けの話にサクラはいぶかしんだ。
フィオナが照れくさくて端折っているのかと思ったがそんな様子はない。どちらかというと「そういうつまらなそうな反応されそうだから言わなかったんです」と言いたげな表情をしている。
納得いかなそうなサクラを横目にレシピを確認して練習を続ける。
いつもならサクラは横に立ちフィオナが間違えたら都度指摘するが、今日は気もそぞろな様子だった。
「……たとえ死ぬ運命にあったといってもトーマの承諾を得ないでこの世界に呼び出したんです」
サクラはぽつりと言ったフィオナの顔を見る。無言でフィオナに続きを促す。
「これまではどれだけ必死に呼びかけても勇者は召喚されませんでした。トーマは無自覚かもしれませんが、私の呼びかけに答えてくれたんです。そのうえ、勝手に召喚した私を気遣って、助けてくれました。だから、この世界に転生してよかったって思ってほしいんです」
「そっか」
「ご飯がおいしいって大事なことじゃないですか。だから私がおいしいものを作れたら、トーマも少しは幸せに感じてくれるかなって思ったんです。好きとかそういうんじゃ……そういうのだけじゃないです」
以上です、とフィオナは締めくくった。
サクラは無言のままである。フィオナは料理を続けようとしたが、ここまで話して相手が無反応だと気になってしまう。
ちらりとサクラの方を見た。
サクラは両手で顔を覆っていた。
フィオナは突然の奇行を目の当たりにしてぎょっとした。物理的にサクラから距離を置こうとした。
「かーわーいーいー!」
しかし間に合わず、次の瞬間抱きつかれていた。いつの間にかフィオナが持っていたはずの包丁は奪われ手の届かないところに置かれている。そういえばこの人も
「もーやだ、わたしそういうの大好き。かわいい。好き。結婚して」
「しません」
「そうだねトーマくんと結婚するんだもんね」
「そういうんじゃないですからはなして!」
「うんうんそうだね」
お姉さんは全部分かっていますよと聞こえてきそうな態度である。
よしよしと抱きしめられて頭をなで繰り回されて、フィオナがもうどうにでもなれと諦めの境地に達する頃にサクラは離れてくれた。
「そういうことならわたしも本気出すよ。トーマくんが即落ちするような料理を教えてあげる。元気出していくよ!」
「あ、ハイ」
「元気がないわよ!」
「はい!」
やけくそ気味に叫んだフィオナは苛烈な指導によりあまたの料理を習得するのであった。
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