第3話 とんとん拍子

「そうはいきません」


 トーマとフィオナが一歩踏み出したところで後ろから声がかけられた。

 振り返ると黒ずくめの人物がいた。

 擦り切れたローブのような服を身にまとい、目深にかぶったフードで目元は見えないが、ニヤアって感じの口元は見える。

 ザ・悪そうな人だった。


「あなたたちにはここで死んでもらいます」

「あんた誰ですか」

「気を付けてください、きっとこいつは暗殺者です」

「なんとなく知ってた」


 見た目すごく暗殺者っぽい。


「フフフ、いかにも私は暗殺者。今さら慌てても遅いですよ」

「あ、はい」


 慌ててはいないがリアクションには困っている。

 追放モノのテンプレで考えると、暗殺者が無駄に嬲ってきて、とどめを刺される寸前に誰かに助けられるのだろうか。

 しかしこのぬるい世界で痛々しい展開になる気がしない。

 暗殺者に襲われるとか絶体絶命の事態だろうけれど、登場が雑すぎて危機感がない。

 この世界はトーマの情緒を置いてけぼりにする。


「ひとつ聞かせてくれ」

「ふっ、良いでしょう、冥土の土産です」

「ありがとう。なんで後ろから不意打ちするんじゃなくて声かけてきたの? 暗殺って相手に気付かれないようにやるものじゃないの」

「う、うるさい! 人の仕事にけちをつけないでもらおうか! この私をイバヤ暗殺教団のセマカと知ってのことか!」

「知らんわ! ていうか名バレしてる暗殺者ってド三流じゃねえか! あとその恰好はなんですか、暗くもないのにあからさまな黒ずくめじゃ目立って暗殺に不都合なんじゃないですか!?」

「質問はひとつだと言っただろうが貴様!」

「これはツッコミだ!」

「ええい、屁理屈をこねるな! 問答無用!」


 セマカが襲い掛かって来た。漫画みたいに無駄にジャンプして飛び掛かってきた。

 失敗したかもしれない。トーマは自分で言った通り喧嘩慣れしていない。相手が本当に暗殺者だったら勝てるはずもない。

 はずもないのだが、トーマは落ち着いていた。

 セマカがナイフを握った手を振り下ろす。

 トーマはその手をあっさり掴んだ。


「なんだと……!?」

「さようなら!」

「グワーッ!」


 そしてハンマー投げのように一回転しながらぶん投げた。

 セマカはよく飛んだ。びっくりするほどよく飛んだ。キラッと星になって退場した。


「コミカルだなあ……」

「す、すごい……さすがですトーマ! きっとトーマは特殊能力がない代わりに、身体能力がすごく高いんですね! 特殊能力ではないから水晶では診断できなかったと考えれば納得です」


 駆け寄って来たフィオナが感激したように告げる。すごく説明っぽかった。


「言いたいことはあるけどまあ良しとしよう。かませ……じゃなかった、セマカさんのことは忘れて先へ進もう」

「はい!」

「「「「「フフフフフ、そうはいきませんよ」」」」」


 今度こそ旅立とうとするトーマたちにまた声がかけられた。

 複数人の声だ。ハモっている。練習したのだろうか。

 あたりを見回すとセマカと同じような見た目の男たちがトーマを囲んでいた。

 人数が多い。三十人くらいいそうである。


「どちらさまですか」

「気を付けてくださいトーマ! こいつらも暗殺者です。イバヤ暗殺教団というのは、我が国の国教であるイバヤ教の狂信者集団です。きっと能力がない勇者であるトーマを勇者として認められないので暗殺しにきたんです!」

「その通り」

「答えてくれるんだ。あからさまにヤバイ名前の宗教が国教なんだ。こわ」


 そして暗殺者と言いながら暗殺しないんだ。

 口にしたら長くなりそうだったのでツッコミはこらえた。

 王様と結託して国内で殺せばいいじゃんとか、なんで一人だけ先に出したのとか、セマカさんはチュートリアルですか可哀そうだろとか、言いたいことはあったがまとめて抑えた。

 もう面倒になりつつあった。


「では我らの暗殺秘儀をお見せしよう! とうっ!」

「えいっ」

「グワーッ!」

「やあっ」

「ギャーッ!」

「とう」

「ウボアー!」


 トーマは淡々と戦った。

 襲い掛かってくる暗殺者たちをちぎっては投げた。

 体はびっくりするほど素早く動く。力は強いし疲れもしない。

 掴んだ暗殺者を暗殺者に向かって投げてぶつけたりできる。

 圧倒的だ。これこそチート的だ。


「ああもうしつこい! 多いわ!」


 トーマはイライラしてきた。

 暗殺者の撃退はらくちんだが楽しくなかった。

 もともとトーマはNPC相手に無双するゲームよりも戦略が必要な対人ゲームの方が好きなのだ。Aボタンを連打するだけで敵が倒れていくゲームは作業としか感じない。

 暴力を振るう興奮も感じない。人を殴る感触が大嫌いなので投げ飛ばしているが、暴力そのものが嫌いなのでストレスを感じる。


「役立たずを呼んだ聖女もどきもイバヤ教の名折れ、粛清してやるっ!」

「っ!」


 暗殺者の一人がフィオナにナイフを向ける。

 とっさに手近な暗殺者を投げてナイフにぶつけ、フィオナのそばに駆け寄る。

 暗殺者たちから少しだけ離れたことで周囲がよく見えるようになった。


「……いや、多すぎるでしょ」

「こんな馬鹿な……なぜ暗殺者がこんなにたくさん……?」


 トーマもフィオナも呆然とした。

 暗殺者は三十人ばかりではなかった。

 トーマたちが放り出された門の方を見れば、数える気も起きないほど大量の黒ずくめがいた。うぞうぞとうごめく様子は生理的な嫌悪感が湧く。


「よし、逃げよう」


 付き合っていられない。チート的身体能力があればどうとでもなるかもしれないが、面倒くさいし気持ち悪い。逃げるが勝ちである。

 トーマは素早くフィオナを背に担ぎ、暗殺者たちとは真逆の方向へ駆け出した。

 今の身体能力なら追いつかれることはないはずだ。


「トーマ、前……っ!」


 そんな油断をしていたからだろうか。

 振り返ってすぐ正面にいる暗殺者に対応できなかったのは。

 目の前にはナイフが迫っていた。トーマの眼球に突き刺さる軌道を描いている。

 両手はフィオナを抱えるため後ろに回っている。逃げるために前傾姿勢を取ったので蹴り飛ばすこともできない。

 あ、終わった。

 そう思った瞬間だった。

 赤い光が迸った。


「きゃあ!」

「今度はなんだ!?」


 上から降り注ぐ光は目の前の暗殺者を消し飛ばした。その衝撃でトーマたちものけぞった。

 トーマが警戒しながら上を向くと、巨大な影が躍っていた。

 その影は深紅のドラゴンだった。翼を広げればゆうに十メートルはありそうな巨体をゆったりと宙に浮かべている。


「よう、危ないところだったな」


 そして、ドラゴンの頭には一人の男が立っていた。

 精悍な顔立ちをした赤髪の男である。


「ここは俺にまかせな」

「あ、はい」


 この置いてけぼり感、本日何度目だろうか。

数えるのも馬鹿らしくなってきたトーマは遠い目をしていた。


―――


「薙ぎ払え、ウェルシュ!」


 赤髪の男が命じると、ウェルシュと呼ばれたドラゴンの口に炎が灯る。

 遠目にも破滅的な高温であることが分かるそれを、暗殺者たちに向かって放った。

 閃光が暗殺者たちをなぞった直後、爆発が巻き起こる。


「人がゴミのようだ……」


 炎の中で人影が躍る。人の怒号のような音も聞こえる。

 ごうごうと炎がうねりをあげていて良かった。悲鳴がしっかり耳に届いていたら、トーマは気が狂いそうになっていただろう。

 呆然としそうになりながらも周囲への警戒は欠かさない。相手は暗殺者らしいので、気を抜いたらブスリということもありうる。

 しかし、当の暗殺者たちはそれどころではないらしく、赤髪の男たちに襲い掛かっていた。

 ほとんどの暗殺者はドラゴンの爪と尻尾に叩き落される。ドラゴンにナイフを突き立てようしても歯が立たない。

 男のそばにたどり着く暗殺者もいるが、男の近くに寄っただけで発火し、ぼろきれのように落ちていく。時折男が手を振ると猛烈な爆発が巻き起こり大量の暗殺者を消し飛ばす。

 五分後、唐突に周辺の炎が消えた。

 そこには赤熱した荒野があった。地面には死体のひとつも残っていない。

 トーマは暗殺者に対する警戒を解いた。この様子では地面の下に暗殺者が隠れている可能性もないだろう。

 暗殺者以上に目の前の男とドラゴンが恐ろしかった。

 自分たちを殺そうとした相手と言っても人間だ。数百人、もしかすると数千人をあっさりと焼き尽くした相手に何も感じないほど狂っていない。


「改めましてこんにちは、俺はグレン。こいつは相棒のウェルシュ。君は?」


 赤い髪の男がドラゴンの頭から降り、にこやかに挨拶してきた。

 暴力的な気配は微塵もない。むしろお人よしそうなへらっとした笑顔である。

 たった今、大量の人間を焼いたとは思えないような穏やかさに違和感を覚える。

 ドラゴンに乗っている時は三、四十代くらいの威圧感がある男性かと思っていたが、対面すると意外なほど若かった。おそらくまだ二十代前半くらいだろう。


「助けてくれてありがとうございました。俺はトーマと言います。こっちはフィオナ」


 とりあえず挨拶を返す。トーマが持て余していた暗殺者をまとめて倒してくれたのは事実。挨拶されたら挨拶を返すのは人間関係の基本。何よりあれほどの力を見せた相手の挨拶を無視する度胸はない。

 フィオナも慌てて一礼する。


「ありがとうございます、グレン様。ところでその赤龍と炎の能力、あなたはあのシャングリラの主たる焔帝では……」

「シャングリラは民主主義。主はいないさ。まあ、俺が代表者を務めることが多いのは確かだがね」

「トーマ、ついてますよ! この方は最強の炎使いにして、一代で理想都市を築き上げた『焔帝』グレン様です! こんなところでお会いできるなんて!」

「よしてくれよ、そんな風に呼ばれるほど大した者じゃない。シャングリラはみんなで作った街だからね」


 謙遜するグレンはまんざらでもなさそうだった。

 フィオナの説明で察しがついた。


「ところでグレンさん、あなたも転生者ですか?」

「そうだとも。そういう君も転生者だね」


 いつか会うことになるだろうと思っていたトーマ以外の転生者。

 自分以外の転生者がチート能力を持っていることは想像できていた。そのチート能力者と協力関係を築けるか、それとも敵対することになるのか。どういう形にせよいつか対峙することは覚悟していた。

 まさか召喚されて二時間足らずで会うことになるとは思っていなかったが。


「もしかして君たちはアマザ王国から追放されてシャングリラを目指していたのかい?」

「はい、出発しようとしたところ暗殺者に襲われ、グレン様に助けていただきました」

「そうか、それは大変だったな。ああ、立ち話もなんだしウェルシュに乗るといい。話の続きはシャングリラでしようじゃないか」


 余裕あふれる笑顔のグレンに促されるまま、トーマたちはウェルシュの背に乗った。

 背中には椅子があった。椅子は足が短く背もたれが後ろに向かって伸びている。キャンプ椅子のような形状だった。

 騎乗用の道具と考えれば鞍に当たる部分である。馬と比べて格段に大きいウェルシュは跨りづらい。その背中にリラックスして乗るための形状なのだろう。

 椅子は前後二列となっていた。前には大きな椅子がひとつ、後ろに二つ小さめの椅子が並んでいる。


「前は操縦用だから後ろに座ってくれ。狭苦しくて申し訳ないけどな」

「いえ、余裕あります。ところでシートベルト的なものはないんですか」

「シートベルト……懐かしいな。飛行中は俺が風魔法で守るから必要ないよ。万一落ちても拾ってあげるから安心して。なんなら上空百メートルからノ―ロープバンジーでも試してみる?」

「結構です」


 今のトーマなら自由落下の衝撃にも耐えられそうな気がするが試したくはなかった。椅子の端っこを壊れない程度に強く掴んだ。


「そっか、残念だ。ウェルシュならシャングリラまでひとっ飛びだから、少しだけ我慢してくれ。さあ、行くぞ!」

「いっ!」


 グレンが手綱を引っ張るとウェルシュは真上に向かって跳躍した。

 ジェットコースターとは比べ物にならないほどの風圧を感じる。グレンが衝撃を和らげていなければ失神していたかもしれない。

 フィオナは失神こそしないものの目を白黒させていた。

 去り際に自分たちを追い出した国が見えた。

 手前の門と奥の城が見える。成金趣味の不細工な城だった。

 一瞬だったからだろうか、細かな街並みは見えなかった。

 ウェルシュはほぼ直角に方向転換した。城も門も見えなくなった。

 再び爆発的な加速。景色を眺める余裕もない空中散歩だった。

 猛烈な風圧に耐えていると、次第に速度が落ちて行った。景色を眺める余裕が生まれる。

 正面の彼方は水平線。右側には平原と、その奥に大きな森がある。左側は平原と森が続き、その奥には街らしきものが見え、さらに奥には山が聳えている。


「さあ、ついたぞ」

「うおお……!」

「わあ……!」


 眼下には巨大な都市があった。

 碁盤上に整備された街並みを白い壁が囲む。中央は世界遺産のように立派な建物が並び、奥には巨大な港があった。

 一目で先ほど見た王国よりも高度な文明を築いていると分かる。


「ようこそ、理想都市シャングリラへ」


 グレンの得意げな言葉に反感は持たなかった。

 こんな街を一代で作ったというなら、それは偉業と言うべきものだ。

 そりゃ得意げにもなるわと思った。

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