第2話 超スピード展開
「そろそろよろしいですかな?」
トーマとフィオナがもじもじしていると、フィオナの後ろに控えていた男が声をかけてきた。
相手を威圧するように振る舞う小男だった。言葉にも二人を揶揄するような響きがあった。そのフォルムは丸い。ぷよぷよした腹回りと真っ白い肌がゆで卵っぽかった。ただしゆで卵はこんなに脂ぎっていない。
「ミヤイ様、トーマは召喚されたばかりでお疲れです。まだ混乱しているかもしれません。今日はお休みいただきましょう」
「そうはいきませんよ聖女様。我々は遊ばせるために勇者を呼び出したのではないのですから」
「勇者を呼ぶのはその存在で国民を安心させるためとおっしゃったではありませんか!」
「国民とて勇者の力が分からなければ安心もできますまい。能力診断は急務ですぞ。勇者様、あなたも自分のお力を知りたいでしょう?」
ちくちくと棘を刺すような口調のミヤイだが、言わんとすることは分かる。
勇者だと口で言われただけで何を安心するのか。勇者の能力を早く知って使いどころを考えたいとのだろう。
「俺、もとの世界で特殊能力とかなかったけど」
「大丈夫です! 転生者の方は皆さま特別な強い力をお持ちです。トーマもきっとすごい力を持っていますよ」
「じゃあ能力診断受けてみようかな」
『特別な強い力』と書いて『チート』と読みそうだという感想は置いておく。
自分がチート能力を持っていると聞いたら知りたいのが人の心。
嫌味ったらしい男の言うがままというのは気に食わないが、教えてくれるなら望むところだ。
「診断ってすごく疲れたりすることなの?」
「とんでもございませんよ勇者様。水晶に手を置いていただければそれで終わりでございます」
「でも、来てくださったばっかりのトーマを値踏みするようなことをするなんて」
「俺は気にしないから大丈夫だよ。能力っていうのも気になるし」
「……トーマがそう言うのなら」
「では早く移動しましょう。準備はととのっておりますぞ」
ミヤイは意気揚々と先頭を歩く。後ろから見ても腹がぷよぷよ揺れているのが見える。
その後ろをしぶしぶといったていのフィオナと、あたりをきょろきょろ見回すトーマが並んで続く。
建物は世界遺産の写真で見た教会のような雰囲気である。感心しながら歩いているとすぐに目当ての一室にたどり着いた。
ミヤイが扉を開け「さあどうぞ」とせかすように言ってきた。
部屋の中には腰くらいの高さの台があり、高級そうな布を敷いた水晶玉が置かれていた。
「この水晶玉に触れなさい」
ミヤイに促されてトーマは水晶玉に手を伸ばす。
転生者はチート能力を持っている。
自分はどんな能力を持っているのか。
ワクワクしながら水晶玉に触れると、水晶玉が強い光を放つ。
「きゃあ!」
「おお!」
フィオナが小さく悲鳴を上げ、ミヤイは嬉しそうに声を上げた。
数秒ほど光ったのち、水晶玉は光を消した。
「……これ、結果はどうやってわかるの?」
「水晶玉を覗き込めばその人の能力が分かるのですが……強く光ってすぐに消えるなんてことは初めてです」
「ええい、説明はあとだ。見ればすぐに分かる」
いてもたってもいられずといった様子でミヤイが水晶玉をひっつかむ。
両手で持って覗き込み、光に透かして覗き込み、布で水晶玉を磨いてからもう一度覗き込んだ。
「……なんだこれは」
ミヤイは眉間にしわを寄せてトーマを睨んだ。
「ミヤイ様、いったいなんと書いてあったのですか」
フィオナが緊張の面持ちでミヤイに尋ねる。
ミヤイは自分で見ろ、と言わんばかりに水晶玉をフィオナの足元に投げ捨てた。
おそるおそるフィオナが水晶玉を拾う。トーマも横から水晶玉を覗き込んだ。
水晶玉は透明で、トーマの目には触れた前後で何も変化がないように見えた。
「まさか、そんな……」
フィオナは身を震わせていた。
角度の問題でフィオナには見えているのだろうか。
もったいぶらずに教えてほしい。トーマも変に緊張してきた。
「フィオナ、俺の能力ってそんなにやばいものだったの?」
「ち、違います」
ええと、その、と言い淀むフィオナ。水晶玉を抱えたまま離さない。
するとミヤイがチッと聞こえよがしに舌打ちした。
振り向いたトーマを睨みながら、ミヤイは診断の結果を告げる。
「能力なんぞなんにもないわ。何が勇者だ、聞いてあきれる」
水晶が透明に見えたのは角度の問題ではなかったらしい。
厭味ったらしいミヤイのことは信用ならないのでフィオナを見る。
フィオナは顔を青くしながら「そんなはずは」とつぶやいていた。
ミヤイが言ったことは本当なんだな、と他人事のように考えているとフィオナが勢いよくトーマの方を見た。
「これは何かの間違いです! もう一度、もう一度別の水晶で診断すれば違う結果が出るはずです!」
「だといいがな。どれ、すぐに用意してやろう。おい、誰か持ってこい」
ミヤイが大声を上げると、すぐに部屋の扉が開いた。そこに立っていたメイド服の女性がミヤイに水晶玉を渡し、一礼して去っていく。
「ほれ、試してみよ」
「その前に」
軽く放られた水晶玉をトーマが掴もうとすると、フィオナが割り込むように水晶玉を受け取った。
フィオナは角度を変えながら水晶玉をじっと見つめている。
水晶玉に細工されていないか調べているのだろうと判断できるが、ミヤイにそんなことをするメリットがあるのかも疑問だ。よく分からないのでとりあえず黙っておく。
異常はなかったらしく、フィオナがそっと水晶玉を手渡してきた。
トーマが受け取ると、水晶玉は先ほどと同じように強く光り輝き、唐突に光を消した。
「ふん、さっきと同じではないか」
「そんな。いえ、でも今度はきっと能力が出ているはずです」
「透明ですけど」
呆れるミヤイ。必死なフィオナ。申し訳なさそうに水晶玉を差し出すトーマ。
フィオナが水晶玉を睨むように見ても結果は変わらない。透明なままだ。
そらみたことか、とミヤイが鼻を鳴らした。
「陛下に報告し、沙汰を下す! あれほど時間をかけながらこの結果、ただで済むとは思わんことだ! お前たち、こいつらを引きずっていけ!」
どこからともなく武装した兵士が現れ、両腕をしっかりつかまれて引っ張られる。
背中には金属っぽいものが当たっている。剣を押し付けられているのかもしれない。
無抵抗に引っ張られていると一分もしないで広い部屋にたどり着いた。
腕の関節を極められた状態で跪かされる。兵士が優しいのか、抵抗しなければ意外と痛くない。
「貴様が役立たずの勇者か」
部屋の奥、立派な椅子にふんぞり返っているのは太った中年の男だった。
ごてごてした装飾にでっぷりした姿は一周回って貫禄があると言えるかもしれない。百人中九十九人が「頭が悪い王様ですね」と言いそうな格好をしている。語尾に「ぶひ」が付いても違和感なさそうだなーって思った。
「聖女に召喚されたはいいが、何の能力もないとは拍子抜けだ」
「情報早いですね」
能力がないと確定してからまだ五分と経っていないのに把握しているあたり、見た目に反して有能なのかもしれない。
「無能な勇者なんぞわが国には必要ない! 聖女ともども国外追放だ!」
「判断早いなー」
あまりに拙速な展開が逆に面白くなってきた。うかつなことを口走れば殺されてもおかしくない状況なのに軽口が出てしまう。
幸か不幸か王様はトーマの言葉を聞いた様子はない。
あれよあれよという間にトーマは兵士に引っ張られ、ワープしたんじゃないかと思うほど素早く国境の門まで連れていかれ、ぽいっと外に捨てられた。
「なんというスピード展開」
「申し訳ありませんトーマ……」
門から少し離れてみればかろうじて王城のてっぺんが見える。こうして眺めてみるとかなり遠いように思える。
一分前には王様と謁見していた気がするのに。どうやったんだろうなーと感心していると、下の方から声をかけられた。
フィオナである。彼女も城からポイってされたのか、地面に転がっていた。
「え、大丈夫、泥まみれになってるけど」
「こんなものなんてことありません」
「意外とタフなのね」
見た目華奢だし聖女とか言われていたので、もっと箱入りなリアクションを想像していた。
「私の力が及ばないばかりにこんな仕打ちをうけさせてしまい、申し開きもございません……」
「ああ、すっごいよな。テンプレをさらにダイジェスト化したようなやっつけ感で。ひどいこと言われてるのかもしれないけどギャグにしか聞こえなくて笑えてきた」
「……怒ってはいらっしゃらないのですか?」
「むしろ爆笑」
目の前の出来事が自分に降りかかった現実だと捉えられていない。
あなたは死にました、異世界に召喚されました、と言われてすぐ適応できたらその方がおかしい。
「異世界モノとか転生モノの小説なんていくらでもあるけど、フツーはもう少し時間かけるでしょ。これじゃあザマァ出来ても達成感ないって」
「テンセイモノ? ザマア?」
困惑した様子のフィオナを置いてトーマは笑った。
異世界転生なんてネット小説を探せばごまんとあった。主人公が濡れ衣を着せられたり、不当に低く評価されて追放されるものだってあった。
追放された主人公が新しい力に目覚めるか、陰で国を支えていた主人公を追放したせいでエライことになるのがセオリーだ。追放した連中は慌てて主人公に戻ってくるよう訴えるが、新天地で地位や仲間を手に入れた主人公がそれを蹴ってざまあするのが様式美である。
トーマは異世界召喚されて、無能の烙印を押されて国外追放された。
ここだけ見れば追放モノの主人公のようだが、追放の過程が雑過ぎる。
これでは復讐する動機が薄いし、ざまあしても大したカタルシスは得られないだろう。なにせ追放された感想が悲しいでも悔しいでもなく「あ、ハイ」である。
もうちょっとこう、しばらく国に置いて国のために一仕事したところで手柄を奪って追放するとか、どうにかならなかったのだろうか。そんなことを考える余裕すらある。
「ざまあのことは置いといて。召喚されてなかったらそのまま死んで終わりだっただろうし、怒っていません。オーケー?」
「は、はい」
「差し当たってどこに行こうか。せっかく異世界来たんだったら旅とかしてみたい。あ、でも旅費は稼がなきゃならないよな。モンスターとかいたら対策しなきゃだし。とりあえず近くの町へ行くのがいいか」
「それでしたら心当たりがあります」
「ほんと? 出来れば冒険者ギルドの国境無視の万能身分証とかもゲットできると嬉しいんだけど」
「それも問題ありません。あの街なら冒険者ギルドもあります。距離もそう遠くありません」
「チョロいな異世界」
びっくりするほどトントン拍子だった。この世界は「テンプレ」とか「ヌルゲー」って名前なんじゃないだろうか。
もしかするとこの余裕も世界のチョロさを本能が感じ取っているせいかもしれない。
ハードモードの世界だった場合、今すぐ魔物に襲われてゲームオーバーということもありうるのでヌルゲー万歳である。
「じゃあそこへ行こう。フィオナも一緒に来るってことでいいんだよな。案内してくれ」
「はい、お任せください!」
「ところでその街はなんて名前なんだ?」
「理想都市、シャングリラです!」
その街ぜったい転生者いるなって思った。
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