トラック転生したと思ったら即追放されたので理想都市で聖女と面白おかしく暮らします(旧題:楽園にて)
@taiyaki_wagashi
楽園での日々
第1話 目覚め
「……ここは…………?」
目が覚めると尻もちをついたような姿勢で石畳の上に座っていた。
石畳には複雑な紋様が描かれており、鈍く光っている。
視線を上げると真っ白い髪の少女が祈るように手を組んでいた。
彼女が目を開く。淡い金色の瞳をしていた。
これまでの人生でこんな人に出会ったことはないのに、不思議と懐かしさを感じて視線を引き寄せられる。
目が合った。
彼女は目を見開き、両手を口に当てる。次第に目が潤んでいく。
「ああ、ようやく……!」
そうつぶやいた彼女はいったん顔を伏せた。
すぐに顔を上げる。
目の端には涙が浮いているが、満面の笑顔だった。
「ようこそ、勇者さま!」
―――
「とりあえず説明ください」
感極まった様子の相手に水を差すようで憚られたが、状況が良く分からない。
勇者さまという呼び方といかにもな魔法陣でだいたい想像はつくが、念のため確認する。
「申し遅れました。私はフィオナと申します。勇者さまのお名前は……岸辺当真さまでよろしいでしょうか」
「……ああ、そうだよ」
いきなりの状況で意識がもうろうとしていても自分の名前くらい分かる。
岸辺当真。それが自分の名前で間違いない。
「私はこの国で聖女という立場にあります。現世には悪魔と呼ばれるものがおり、国内では不安が高まっています。その不安を取り除くために勇者さまをお呼びしました」
だいたい想像通りだった。
勇者を召喚するとなれば魔王とか邪竜とかがいると相場が決まっている。
きっともとの世界に帰るためには悪魔とやらを倒さなければいけないのだろう。
「俺はその悪魔を倒せばいいってこと?」
「いいえ、その必要はありません。勇者さまはただいてくださればよいのです。勇者さまがいるということが何より私の力となります」
「じゃあ、なぜ俺を呼んだんですか? 悪魔を倒す戦力とか言ってましたけど殺し合いなんてしたことないですけど」
「勇者さまは偉大な力を持っていますが、私たちが勝手に召喚しただけ。さらに義務まで押し付けるつもりなんてありませんとも」
「その召喚というのに応じた覚えはないんですが。どうしたら元の世界に帰れるんですか」
よく考えてみれば召喚されたから悪魔と戦うというのもおかしい。
勝手に呼び出しただけの相手の言いなりになる理由はない。
記憶はあいまいだが、事前に説明があってそれを全て忘れているというのは考えづらい。
明確な敵らしき存在がいるということは戦闘の可能性を示唆している。暴力が嫌いな身としては、巻き込まれる前にさっさと帰りたいところだ。
多くのマンガやラノベのように、勝手に召喚されたというなら帰るのも一筋縄ではいかないのだろうが。
「その……申し上げづらいのですが、お帰しすることはできません」
「ふうん、じゃあ何をすれば帰らせてくれるの?」
「質問に質問で返してしまい申し訳ないのですが、勇者さまは召喚される直前の記憶がございませんか?」
「直前……?」
ぼうっとする頭に意識を集中する。一時間くらい前のことなら思い出せない方が不自然だ。
深く息を吸い、息を吐く。心を落ち着けて思い出すことに集中する。
するとひとつの映像が浮かんできた。
召喚される直前の記憶。
「俺、死んだのか」
巨大なトラックに撥ねられる瞬間の記憶だった。
「そうだ、俺は登校しようとして、でかい音がして、振り返ったらトラックがいて、たぶんそのまま轢かれたんだ」
いつも通り登校しようとした。
信号は赤だったので横断歩道の前で待っていた。
そうしたら、どごんともどかんともつかない爆音がした。
驚いて音がした方を向くと、視界をめいっぱい覆いつくすようにトラックがあった。
音がするのとほぼ同時に間近に迫っている速度と、トラック以外見えなくなる大きさからするに、トラックは止まれず当真にぶつかったのだろう。
ぶつかった瞬間の記憶はない。おそらく即死だった。
「私は召喚する際、勇者さまの世界に迷惑をかけないよう、死者の魂を召喚するよう指定しました。なので、勇者さまはトラックとぶつかってそのまま……」
「分かった。もう死んでるんだから帰るも何もないな」
仮に帰れたとしてもどんな扱いになるか分からない。
自分の体を見てみれば学生服は着こんだ年数相応の汚れはあるが、交通事故にあったような破れは見当たらない。
魂を召喚したと言っているし、体は元の世界に残っていて、轢かれてしっちゃかめっちゃかになったままなのだろう。
遺体を確認して、死亡扱いとなった人が戻ってきたら大騒ぎになる。
理解できると目の前のフィオナに対して申し訳ない気持ちになる。
普通なら死んでそこで終わりだった自分をこの世界に呼び、第二の人生を与えてくれた恩人にあたるのに、つっけんどんな対応をしてしまった。
「先ほどは失礼な態度をとってごめんなさい」
「いいえ、勇者さまの承諾を得ずに召喚したのは私です。勇者さまが謝るようなことは何ひとつありません」
「分かった。気にしないようにする。……で、俺は何をすればいいの? 本当に何もしないでボーっとしてるだけでいいわけじゃないでしょ。フィオナさん? の命令に従えばいいんですか」
「私に様なんてつけないでください。フィオナとお呼びください。お言葉もかしこまる必要はありません」
「じゃあフィオナ、俺はこれからどうすればいい? 生活費とかどうなるか教えてくれる?」
「はい、お任せください!」
「それと、俺のことも勇者様って呼ばないで。なんかむずがゆいからさ」
「では岸辺さま……いえ、トーマさまとお呼びしてもよいでしょうか!?」
慌てるように言ってきたフィオナに驚くが、名前で呼ばれて困ることもない。
ただ、直してもらいたい点があるとすれば。
「様もいらないよ」
「は、はい。分かりました、トーマ。……トーマ」
宝物でも抱きしめるように名前を呼ばれ、こそばゆい気持ちになった。
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