暗号

𓎡𓇋𓏏𓄿𓈖𓍯𓋴𓇋𓅓𓄿 𓅓𓍢𓋴𓍢𓍢𓈖𓍯𓍢𓏏𓍢𓎡𓍢𓋴𓇋𓇋𓍯𓂋𓇋𓅓𓍯𓈖𓍯𓅱𓍯𓅓𓇌𓊃𓄿𓋴𓇋𓏏𓇌𓅭𓎡𓇌𓈖𓍯𓅓𓍯𓂧𓍯𓂋𓍢𓂓𓅱𓄿

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 紙に書かれていたのは、ヒエログリフだった。

 古代エジプトで使われた象形文字の列。


 私は、ヒエログリフが読める。

 父が、昔私に教えたのだ。「僕とお前だけの暗号遊びに使おう」と。

 子供の目にはこの文字の絵柄がなんとも不思議で可愛く、幼い私はどうやら凄まじい勢いで習得したようだ。「お前は天才だ」と笑う父の顔をよく覚えている。「じゃ、これはどうだ?」と紙に描かれていくヒエログリフを読み解いて遊ぶのが大好きだった。


 背筋がぞくりとする。

 これは、ただの風景画ではない。

 紛れもなく、父が私宛てに密かに残したメッセージだ。


 紙を凝視しながらふらふらと机に移動し、レポート用紙を引っ張り出す。

「……待って……思い出すから」

 昔の記憶を手繰り寄せながら、日本語に変換したものを紙に書きつけていく。

 緊張と興奮が入り混じり、文字が乱れる。

 つまずきながらも、何とか全文を翻訳した。


『北の島 無数の美しい織物を目指して鮭の戻る川

 青い雲 海へ向かい流るる先に 白い家あり

 その戸を叩き パンを求めよ』


 何度も読み直す。

 まるで詩のようだ。これだけでは全く意味がわからない。


 けれど……

 河口の風景画とこの言葉がワンセットになっている、ということは。

 この川の入り江は、詩の中にある「無数の美しい織物を目指して鮭の戻る川」なんじゃないか。


 このメッセージは、地球上のある場所を示した暗号ではないか。

 とりあえずそう仮定してみる。

 鮭の遡上する川……そして、「北の島」。

 この絵に描かれている人々は、恐らく皆日本人だ。

 もしかしたら、北海道だろうか?

 北海道の、鮭の遡上する川。


 急いでPCを開き、「北海道 鮭の遡上する川」と検索してみる。

 幾つもの川の画像がヒットした。情報の多さに暗澹たる思いがよぎる。

 ええっと、「無数の美しい織物を目指して戻ってくる」……そんな川、あるの?

 北海道で織物を特産にする地域を探してみる。

 アイヌ織物の盛んな地域はあるが、内陸部にあって河口の風景とは結びつきづらい。

 ——もしかしたら、地名を表しているのか? 河川名とか。


 思いついたことから試してみるしかない。

 画面に北海道のマップを開き、地図上にピンを挿しながら、河口の名をしらみつぶしに検索する。

 ほぼぐるりと検索する頃、ある川の名がヒットした。

 錦多峰ニシタップ川。ここも鮭の遡上する川の一つだ。

「無数の美しい織物を目指して鮭の戻る川」。

 小さな流れだが……その名の文字を見れば見るほど、暗号と合致している。

 川の河口の画像を検索してみると、風景画の様子とピタリと合致した。

 思わずざわりと鳥肌が立つ。

 逸る気持ちを抑え、河口周辺の地図をぐっとクローズアップする。

『青い雲、海に向かい流るる場所』を解き明かすようなヒントがないだろうか?

 見つけた。

 錦多峰川のすぐ側に、「青雲町」という町がある。

 青い雲、海に向かい流れる……

 言われた通りに、その町を海の方向へ見つめていく。

 町の形は海岸に近づくにつれ細くなり、「先端」とも言えるような場所がある。

『海へ向かい流るる先に、白い家あり』

 もしかしたら、この「先端」付近に、「白い家」があり——その家でパンを求めよ、ということか。

 地図をどれだけ拡大しても、カフェやレストラン的な表示は見つからない。

 とにかく、この場所まで行ってみなくては。


 ふと顔を上げると、窓の外が薄明るい。

 一体何時間机に向かっていたのだろう。気がつけば、夜が明けようとしていた。

 確かめたい。すぐにでも。

 私は机から立ち上がった。



 旅支度をし、飛行機のチケットを取る。バイトでコツコツ貯金していてよかった。

 暗号解読から3日後の昼間、母のスマホへ連絡を入れた。

「母さん、私、明日から数日出かけたいんだけど」

『いいわよ』

 無表情な声で一言だけ返ってきた。

 もはや娘がどこで何をしていても知ったことではないようだ。

 こうなってみれば、この環境はこの上なく好都合だ。


 翌日の午後。

 私は北海道の錦岡駅にいた。

 札幌空港から電車で2時間程度の小さい駅だ。

 そこから地図を見つつ歩き、20分程だろうか。

「青雲町の先端」は、住宅がちらほらと立つ静かな場所だった。

 家々の門や玄関を、それとなく見て歩く。

 この近隣でパンを手に入れられそうな場所って……本当にあるの?

 見る限り、外部からの訪問者を受け入れてくれそうな家は一軒もない。


 ——もしかしたら、暗号の読み間違いだろうか? 全く見当違いの場所に来てしまったとか?

 急速な焦りに襲われながら、ぐるりともう一度辺りの建物に注意を注ぐ。

 ふと、住宅街の遥か向こうに、ポツンと小さく真っ白い屋根が目に入った。

 私の足は、そこへ向け猛ダッシュする。

 息を切らして近づくと、こじんまりとした白いコテージ風の建物だ。

 その白い門扉に近づき、思わず息を呑んだ。

 ヒエログリフの書かれた小さな掲示が、まるで可愛いドアプレートのように下げられていた。


𓊪𓄿𓈖𓅱𓍯𓅓𓍯𓏏𓍯𓌻𓍢𓅓𓍯𓈖𓍯𓄂𓎡𓍯𓈖𓍯𓂧𓍯𓄿𓅱𓍯𓏏𓄿𓏏𓄿𓎡𓇌


「パンを求める者はこのドアを叩け」。


 私は吸い込まれるようにその門を入り、白いドアの呼び鈴を押した。



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