〈氷の勇者〉の奇妙な体験

「まさか、こんなことになるなんて……」


 鏡に映る本来の自分ではない姿を見つめ、思わずため息をついてしまいます。


 私こと〈こおり勇者ゆうしゃ〉レアは、つい30分前まで、街で買い物を楽しもうとしていました。


 そんな時に、後輩である〈暴力ぼうりょく勇者ゆうしゃ〉フィオーレが現れ、いつも通り私に襲いかかってきたのです。


 当然私も応戦したのですが、突如現れた〈あきないのかみ〉様に、街中で戦ったことを咎められてしまいました。


 それだけならまだ良かったのですが、〈商いの神〉様は私たちへの罰として、なんと私とフィオの身体を入れ替えてしまったのです。


 爆発的な力を秘めるフィオの身体を制御できなかった私は、〈商いの神〉様も私の身体に入ったフィオのことも引き止めることができず、こうして途方に暮れているのでした。


 先ほどまでの様子だと、〈商いの神〉様はこちらの話を聞き入れてくれそうにない為、先にフィオを探すことにします。


 〈商いの神〉様に抗議せず早々に姿を消したことを踏まえると、恐らく彼女は私が混乱しているこの状況を楽しんでいると考えられます。


 意図的に状況を悪化させるほど陰湿な子ではないのですが、天然で何かをしでかす可能性は十分あるので不安です。


 フィオがやらかす前に追いつく為にも、私は自分の姿を求めて街の捜索を開始するのでした。



 捜索開始から2時間後。

 フィオの手掛かりはまったく掴めていませんでした。


 途中、何度かカフェに寄って休憩していたのですが、その度にケーキやマカロンを食べていたのでお腹がいっぱいになっていました。

 他人の身体でカロリーを気にせず食べるスイーツは極上でしたね。


 それはさておき、今度こそ本腰を入れて捜索しようと周囲を見渡した結果、視界の隅に見知った姿を発見しました。


 向こうのコンビニで漫画を立ち読みしている、あの残念な人は……〈炎の勇者にいさん〉!


 昨日「明日は絶対にやらなきゃならないことがある」と私の誘いを断っておいて、やっていることが立ち読みとは、どういう神経をしてるんですか。

 いい歳して恥ずかしくないんですか?


 フィオの捜索を急ぎたいですが、身内の恥も放ってはおけません。


 私はコンビニに入り、目当ての人物に向かってまっすぐ進んで行きました。


「おい、〈ほのお勇者ゆうしゃ〉‼︎」

「うお⁉︎いや、違っ、これは後でちゃんと買うつもりだから…………て、なんだフィオか。何故かレアに見つかったかと思ったぜ」


 見つかっていますからね。


 それにしても兄さんにタメ口だなんて、何年振りでしょうか?

 「おい」なんて呼びかけたのは初めてですし、少し楽しくなってきました。


 とりあえずいつも通りレアわたしを探すフィオの振りをして、兄さんを問いただしてみますか。

 

「お前、今日レアに会ってないか?」


「いや、今日は会ってねぇな。『隣町に買い物に行く』と言っていたから、この近くにはいないと思うぞ」


 うわ、かわいいいもうとの情報を躊躇なくストーカーに売りましたよこの人。

 あとでお仕置きが必要ですね。


「そうか。じゃあアンタも暇そうだし、探すの手伝えよ」


「あぁ?なんで俺がお前を手伝わなきゃいけねーんだ?」


 立ち読みを続けたい一心で、威圧的に睨みつけてくる兄さん。

 この上ないほどダサいです……。


「じゃあ別にイイけど、レアを見つけたら〈炎の勇者アンタ〉がコンビニで立ち読みしてたって言っとくから」


「な⁉︎お前、いつになく卑怯だぞ‼︎」


「そもそも告げ口されて困るよーなことしてる方が悪いんじゃねぇか。それで、手伝うの?手伝わないの?」


「クッ……背に腹は変えられねぇか」


 あっさり陥落する兄さん。チョロいですね。まぁ、どのみち全部私にバレているので、お仕置きは免れないのですが。


「よし、じゃあ今手に持ってる漫画と、同じシリーズの1〜4巻を購入したら、ここを出るぞ。それから、付近のコンビニをしらみ潰しで探すか……他に立ち読みした漫画がないかを」

「⁉︎」


 私の発言を聞いた兄さんはギョッとした後、しばらく私を見つめ……徐々に青ざめていきます。

 そして、恐る恐るといった様子で口を開きました。


「まさかとは思うが…………レアか?」

「あら、バレちゃいましたか」


 さすが兄さん、私だと気づくのが早いですね。

 では、改めて自分の罪の重さを自覚してもらいましょうか。



 兄さんをしょっぴいてから、さらに2時間が経過しました。

 そのうち1時間ほど兄さんの罪の清算に費やしたとはいえ、ここまで探して見つからないとは……。

 そろそろ大きな騒ぎが起こりそうな気がして、焦燥感に駆られてしまいます。


 そんな時、後ろから馴染みのある声で呼び止められました。


「あ、ホムラさん!……とフィオーレさん⁉︎珍しい組み合わせっスね!」


「よぉ、カイ。まぁ、こっちも色々あってな」


 私たちに声をかけてきたのは、〈虚構きょこう勇者ゆうしゃ〉カイくん。

 〈冒険者ぼうけんしゃ〉になってまだ3年目の若手ですが、あの〈万能ばんのう勇者ゆうしゃ〉に助言を与える姿が時折目撃されており、影の軍師だと噂されている人物です。


 私たちも何度か会話したことがあるのですが、フィオとはあまり親しそうにないので、会話は兄さんに任せるとしましょう。


「そういえば、ホムラさん!例の話、聞いてますか?」


「例の話?心当たりがねぇな」


「ホムラさんが知らないのは意外っス。レアさんがあれだけ重大な決断をしたのだから、事前にホムラさんに相談があったのかと思ってたっス」


「なんですって⁉︎」


 思わず素の口調で会話に割り込んでしまう私。

 まさかカイくんから、フィオの情報を得られるとは思ってもみませんでした。

 ツイてますね。


「その話、詳しく教えてください!」


「は、はい!なんでも、レアさんが11年振りにアイスちゃんの新作CMに出演するというニュースがファンの間で話題に」


「なッ…………なんですってーーーー⁉︎⁉︎」


 ボキャブラリーが死にました。


 前言撤回。私の剣幕にやや引き気味のカイくんから伝えられたのは、私の想像を遥かに上回る最悪の展開でした。


 アイスちゃんというのは、私が17歳の頃に演じたCMキャラクターの名前です。

 普段の私からは考えられないほど可愛らしく笑うキャラクターで、今となってはぶっちゃけ黒歴史です。


 まさか11年も経って、再び私の前に立ちはだかるとは。

 フィオが悪意を持って精一杯私を辱めようとしても、ここまでの悪行は思いつかないはず。彼女に一体何があったのでしょうか?


「なんでそんなことになってるんですか⁉︎」


「いやぁ〜、なんでもレアさんがアイスちゃんを思わせるような可愛らしい衣装を着ていて、それを我らが『アイスちゃんとの再会を待ち望む会』の同志が見つけたらしいっス!」


 なんですかその怪しい組織は⁉︎


「あの組織、まだ活動していたんだな」


 知っていたんですか兄さん⁉︎私なにも聞いてないですけど⁉︎


「そして、我らがアレックス会長に連絡が入り、光の速さでCM撮影が始まったらしいっス‼︎」


 黒幕は輝山きやまくんでしたか。

 〈かがやきの勇者ゆうしゃ〉輝山アレックス。

 派手な見た目とおバカな言動で、女性を中心に高い人気を誇る〈筆頭勇者ひっとうゆうしゃ〉です。

 確かに、こんなおバカなことを強引に推し進めるには適任の人材ですね……。


「カイくん、CMの撮影場所はわかりますね?案内してください!」


「それは別に良いですけど……なんか今日のフィオーレさん、おかしくないっスか?」


「兄さん!」


「しょうがねぇな……カイ、しっかり案内しろよ!」


 そう言うと兄さんは私とカイくんを抱き抱え、背中と脚から炎を噴射して飛行を開始しました。

 やっぱり、持つべきものは空を飛べる兄ですね。



 撮影スタジオに到着後、例のCM撮影が行われているフロアを聞き出し、全速力で向かいます。

 目的の3階に到着。

 部屋のドアには鍵がかかっていますね……ならば。

 私は右腕を振りかぶり、それなりの力で壁を叩きます。

 すると、轟音とともに、スタジオの壁が破壊されました。

 壁にぽっかりと空いた穴の向こう側には、可愛らしいフリフリ水色ドレスに身を包んだ私──の姿をしたフィオと、スーツ姿の輝山くん、その他撮影スタッフの皆さんがいました。


 怒り心頭の私は穴をくぐって、撮影班に近づいていきます。


「だ・れ・の・許しを得て、そのCMを撮影しているんですか……ッ!」


「落ち着け!俺が話をつけてくるから、お前は大人しくしてろ‼︎」


「そうっスよ!こんなところでフィオーレさんが暴れたら、部屋がまるごと吹っ飛んでしまうっス‼︎」


 兄さんとカイくんが私を引き止めようとしますが、容易く振り払うことができました。

 やっぱり尋常じゃないパワーですね、フィオの身体。


「やれやれ、こんなところまでレアさんを追いかけてくるなんてね。だが、ここまで来てボクらの野望は邪魔させないよ!来光らいこう!」


 輝山くんが鎧を纏う為の光を放ちながら、こちらに走ってきます。

 私はそれを拳で迎え撃とうとしましたが、ちょうど私と輝山くんの間に、人間大の火柱が上がりました。


「落ち着けっつってんだろうがァ‼︎‼︎」


 火柱の中から現れたのは、もちろん兄さん。


「レア、映像の回収は俺に任せろ。アレックス、お前は邪魔をするな」


 あくまで私たちを止めようとするスタンスを装っていますが、自分も戦いたいだけですね、コレ。

 だって、殺気をまったく抑えていませんから。


「ハハハ、ホムラさんも冗談がキツいね。素通りさせたら、そのままスタジオに火をつけかねない勢いじゃないか。あと、今フィオちゃんのことを呼び間違えていなかったかい?」


「そうですね……私も深く傷つきましたよっと!」


 こうして、私たちは三つ巴の戦いを始めたのでした。



『み、皆ぁ〜。か、帰ってきたアイスちゃんだよぉ〜』


 後日。無事元の身体に戻れた私は、繁華街のモニターに映るアイスちゃんじぶんの姿を苦々しく眺めていました。


 あの後、盛大に暴れたことによりスタジオが使い物にならなくなってしまい、私たち3人には様々な罰が与えられました。


 私はフィオが踊ったアイスちゃんのCM放映を止められなかったばかりか、身体が元に戻った後に、改めて自分で踊るCM(通称:羞恥バージョン)の撮影まで強要されることとなりました。


 頑張ってクールな大人の女性のイメージを作ってきたというのに、再びフリフリドレスで踊る日が来るなんて!


 こうなればとことん愚痴ってやろうと、私は今回の元凶を探し始めるのでした。

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