〈暴力の勇者〉の奇妙な体験
「見つけた!今日こそテメェの首を貰うぞッ‼︎」
街中で目的の人物を見つけたアタシは、即座に植物型魔獣を召喚して標的に襲いかかる。
「フィオ……街中で暴れるのはやめなさいと、いつも言っているでしょう?」
目の前にいる女は呆れた顔をしつつも、アタシたちを迎え撃つ為に戦闘態勢に入った。
アタシは〈
一応、異世界を飛び回って暗躍する連中をブチのめす〈
まぁ昔はアタシも異世界に跳んで暴れてたんだけどね。
その時に〈
あれから六年。
未だにあの女──〈氷の勇者〉レアに対するリベンジを果たせずにいるが、諦めるつもりはない。
〈
アタシの魔獣が鋼鉄の蔦を振り下ろし、アタシ自身はアイツが回避するであろう先に向けて拳圧を二発飛ばす。
しかし、同じタイミングで魔獣の足元から瞬時に氷の塔が生成された為、魔獣は遥か上空まで押し上げられてしまった。
早くも魔獣と分断されてしまったが、それでもアタシはチャンスと考えて距離を詰めようとした──その瞬間。
「ストォーーーーーーーーーーーーップ‼︎‼︎」
凄まじい迫力で大気を震わせる大声が、アタシとレアの動きを止めた。
声がした方に視線を向けると、業務用のエプロンを身につけた30代ほどの見た目の女が仁王立ちしていた。
「貴方は……〈
レアが驚愕の声をあげる。
どうやら突如現れた女の正体は、〈商いの神〉らしい。
神が多過ぎて、いちいち誰がどの神かわかんねぇんだよなぁ〜、ここ。
「まったく、街中で暴れるたぁどういう神経さてんだアンタたち‼︎‼︎これじゃみんな逃げちゃって、商売にならないじゃないか‼︎‼︎」
「私はフィオが襲ってきたから迎え撃っただけで……」
「黙らっしゃい‼︎‼︎‼︎」
おぉ、あの〈氷の勇者〉が気迫で押されるとは。ちょっとイイもの見れた。
「後輩の指導が行き届いていないのは、アンタの責任だろ」
「えぇ……だってフィオとは所属〈ギルド〉も違いますし、そもそもこの子は言っても聞かないですし」
「みっともない言い訳しない!ハァ……しょうがない。お互いの気持ちを考えられるよう、ちょっと罰を与えるかね」
そう言うと〈商いの神〉はアタシとレアの間を指さす様に手を伸ばし……即座にひっくり返した。
視界が一瞬、暗転する。
視界を取り戻した次の瞬間、目の前にいたのは〈商いの神〉と、白ロリィタに身を包んだ小柄で可愛い女の子……ってアタシ⁉︎
「なっ……何故私がそこにッ⁉︎」
目の前のアタシがこちらを指差して驚く。
周囲からレアがいなくなっていて、代わりにアタシじゃないアタシが現れた。
今の自分の手や服装を観察してみると、明らかにアタシの物じゃない。
あー、大体わかった。
「アンタたちの魂を一時的に入れ替えたのさ」
「そんな⁉︎」
やはりそういうことか。
つまりこれが、いつも〈
「12時間後には元に戻る様にしといたから、それまで反省してな。じゃあね」
そう言って〈商いの神〉が立ち去ろうとする。
「ちょっと!待ってくださ……キャア⁉︎」
それを慌てて追いかけようとするアタシ──の身体に入ったレア。
しかし、身体の制御が上手くいかなかったらしく、〈商いの神〉を追い越して遥か彼方へ吹っ飛んで行った。
ハハッ、アタシの身体スペック舐めすぎ。
アタシとしては意外と愉快な状況になったので、レアに気づかれない内にさっさとこの場を離れることにした。
「しかし、この服装はないわー」
ショーウィンドウに映るレア──今のアタシの姿を見て、率直な感想を呟く。
カットソーのシャツとデニムパンツに、スニーカー?
ハァ……そりゃコイツはスタイルが良いし、無難にまとまってるとは思うけどさ。
せっかく見た目は悪くないんだから、もっと可愛さに振り切っても良いだろ。
つーか、ロリィタを着ろ、ロリィタを。
アタシも〈
さっそくアタシお気に入りの店で、コイツに似合う服を見繕うことにした。〈冒険者〉は割と稼ぎが良いし、この程度の出費は問題ないだろう。
普段自分の服を買う時は白一択だが、コイツは〈氷の勇者〉のイメージも合って水色が似合うからな。水色ベースが良いかもな。
それから二時間以上悩み抜いた末、ようやく一着の水色ワンピースドレスを購入し、すぐに着替えて店を後にした。
「ア、アイスちゃん⁉︎」
レアの身体をアタシ好みのファッションで染め上げて上機嫌で歩いていたところ、前方から歩いてきた見知らぬ男がアタシの姿を見るなりそう叫んだ。
アイスちゃん?〈
能力由来のニックネームだろうか?
しかし、アタシが〈
「アイスちゃんだって?マジで?」
「本当だ!あの格好!まさか再びアイスちゃんに会える日が来るだなんて……」
「と、とにかく
周囲の連中……特に若い男連中が異様な盛り上がりを見せている。
「アイスちゃん!……じゃなくて、レアさん‼︎その……写真を撮らせていただいても良いですか?」
「えぇ⁉︎は、はい。ただ、
精一杯、レアの口調を真似て返事するアタシ。
騒ぎが大きくなると、聞きつけたレア本人に見つかってしまうかもしれない。
とりあえず一旦撮影会に付き合い、コイツらがいなくなったら人の少ない場所に逃げるとしよう。
それはそれとして、撮影会自体は嫌いじゃない。
やっぱり、可愛い物は写真や映像で切り取って、永遠に残す義務があると思う。
まぁ普段のアタシは恐れられているので、撮影したいと声をかけてくるものは滅多にいないが。
「次、キンキンポーズお願いしまーす」
「キンキンポーズ……こうでしたっけ?」
あれから1時間ほど経ち、撮影会はますます白熱していた。
クソッ!全然人が少なくならねぇ!
結局アイスちゃんが何なのかもわからないまま、変なポーズばかり要求されるし‼︎
流石にこれ以上は付き合いきれないので、撮影会を終わりにしようとした時だった。
突如、眩い光とともに黄金の鎧に包まれた戦士が出現した。
コイツは確か、〈
「アイスちゃん!本物のアイスちゃんだ!よく決断してくれたね‼︎関係各所には話を通してきたよ!さぁ、スタジオへ移動しようか!」
「え、ちょま⁉︎」
キヤマは事態を飲み込まずにいるアタシを抱えると、一瞬でどこかの撮影スタジオへと移動した。
「さぁ、気が変わらないうちにサインを!」
「は、はい?」
「あ、その衣装も可愛いけど、この日の為に用意しておいた衣装があるから、そっちに着替えてね!」
「え?え?」
「歌詞も振り付けも新バージョンだけど、レアさんなら一回で覚えられるよね?」
「勿論です……多分」
鎧を消失させスーツ姿となったキヤマ。その怒涛の指示ラッシュに、戸惑いながらも従うしかないアタシ。
他のスタッフからも話を聞いたところ、アイスちゃんとは過去にレアが演じたアイスクリーム店のCMキャラクターらしい。
確かに〈氷の勇者〉のイメージにはピッタリだが、アイツがこんなにポップで明るい雰囲気のキャラを演じていたのは意外だった。
つまり、これから始まるのはCM撮影。
もしアタシが自分の身体であれば、とっくにスタジオをぶっ壊して逃げていただろう。
しかし、レアの身体でそれをやってしまうのはマズい気がする。
これほど大勢の人間を熱狂させるアイスちゃんとやらだ。
きっと、本人も誇りに思っているに違いない。
普段こそレアの都合を考えずに襲いかかっているアタシだが、アイツが無視せずに応戦してくれるからこそ、勝負が成立している自覚はある。
だから、こんな所でライバル関係に亀裂を入れる様なことはしたくない。
こうなってしまった以上、全力でアイスちゃんをやり切ってやる‼︎
こうして、アタシは人生初のCM撮影に挑んだ。しかも、他人の身体で。
超プリティーでフリフリなドレスを着て、バカみたいに明るく笑い、必要以上に可愛らしい声で歌い、恥ずかしさで憤死しかけるほどあざとくダンスを踊った。
「輝山会長!話が違います!アラサーになったレアさんは、恥じらいを感じつつアイスちゃんを演じてくれるんじゃなかったんですか⁉︎」
「う〜む。レアさんの性格なら、28歳になって10代の頃のCMリメイクをやるのは絶対恥ずかしがると思っていたんだけどね。でも、これはこれでアリ!大人になっても、17歳の頃に引けを取らぬ眩しい笑顔のアイスちゃん!素晴らしいじゃないか‼︎」
「し、しかし!羞恥に顔を染めながら使命感でぎこちなく踊るアイスちゃんを楽しみにしていた、我々の想いはどうなるんですか⁉︎」
「フッ……それはまた30を超えてから撮れば良いじゃないか。大丈夫。アイスちゃんならきっと、ボクたちの夢を叶えてくれる筈さ」
「会長……‼︎」
キヤマがスタッフと何か話している様だが、踊るのに夢中になっていたアタシはその大半を聞き逃していた。
アタシのダンスは解釈違い(?)だったようだが、キヤマが上手く収めてくれたようだ。
ほんの少しだけ、感謝してやるか。
無事CMの撮影が完了し、控え室に戻ろうとしたその時。
轟音とともに、スタジオの壁が破壊された。
壁にぽっかりと空いた穴の向こう側にいるのはアタシ──の身体に入っているレアだった。
「だ・れ・の・許しを得て、そのCMを撮影しているんですか……ッ!」
「落ち着け!俺が話をつけてくるから、お前は大人しくしてろ‼︎」
「そうっスよ!こんなところでフィオーレさんが暴れたら、部屋がまるごと吹っ飛んでしまうっス‼︎」
アタシがこれまで見たことがないほど、怒り心頭の様子のレア。
一緒に現れた〈
「やれやれ、こんなところまでレアさんを追いかけてくるなんてね。だが、ここまで来てボクらの野望は邪魔させないよ!
キヤマが光に包まれながら、レアに向かって走っていく。
やがて、再び黄金の鎧を身に纏ったキヤマと、アタシの身体で暴れ回るレア、そして〈炎の勇者〉による三つ巴の戦いが始まった。
「ハァ……めんどくせ」
アタシは戦いに加わらず、さっさとここを離れることにした。
〈
結局、怒りながら乱入してきたということは、レアはあのCMを自分で演りたかったということだろうか?
そうであれば、事情を説明して撮り直せばいいだけだし、アタシが謝る必要はないだろう。必要あっても謝らないけど。
『皆ぁ〜、帰ってきたアイスちゃんだよぉ〜』
後日。無事元の身体に戻れたアタシは、繁華街のモニターに映る
あの後何があったかは知らないが、結局アタシが踊った映像がそのままCMとして流れることになったらしい。
「くっだらねぇ」
アタシは本心からそう呟きつつ、上機嫌でまた標的を探し始めるのだった。
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