〈虚構の勇者〉、先輩(後輩)の配信を見守る
『こんにちは。異世界留学生の
穏やかなテンションで話す男性のバーチャル配信者が、画面に映し出されている。
今、オレが見守っているのは職場の先輩にして、バーチャル配信者の後輩。
彼が今回初めて挑戦する企画を上手く進められるかどうか、ドキドキしながら見守ってるっス。
オレは〈
あらゆる異世界を監視し、必要であれば転移もできる不思議な世界〈センター〉で生まれ、試験を受けて〈
自分の〈冒険者〉としての才能に思うところがあって、バーチャル配信者としての活動も始めたオレ。
しかし、それがきっかけでトップクラスの〈冒険者〉である先輩のあやずさん(今回はあくまでバーチャル配信者としての名前で呼びます)に頼られることになったっス。
実はこのあやずさん、ここ〈センター〉ではなく、彼の出身世界から配信を行っています。
それにも関わらず、〈センター〉にいるオレがあやずさんの配信を観ることが出来るのには理由があるっス。
あやずさんが自分の世界で配信者デビューするにあたって、オレたちは所属〈ギルド〉のトップである〈
許可はすんなり貰えましたが、条件を1つ出されたんス。
「配信の内容を私も観られるようにすること。〈センター〉や他の異世界の情報を漏らすような真似はしないと信じているが、ルールだからな」
できればあやずさんのプロデューサーであるオレも観られるようにして欲しいと頼み込んだ結果、これも許可が出ました。
そういう訳で、オレと〈戦いの神〉さん、あとどこからともなく聞きつけてきた〈
ここまでなら問題なかったんですが……
◯イクサガミ こんにちはです!
◯ごっどおぶばか あやずくん待ってたよ〜
なんでコメントしてるんスかこの
この
まぁ、そんなフリーダムな神様方の話はここまでにして。
『今日は僕の配信で初めてとなる、ゲーム実況をしていきたいと思います』
そう、今日はあやずさん初のゲーム実況。しかも、ただのゲーム実況ではなく……
『今日プレイするのは、今話題のモンスターを狩猟するゲームで…………あれ、おかしいな?違うゲームのタイトルが映ってる』
◯idola どうしたの?
◯イクサガミ トラブルですか?
◯師範 まずは太刀で行け。
フフフ。実はあやずさんに内緒で、事前にやると伝えていたゲームとは別のゲームを入れておきました。
『他のゲームを間違えて起動しちゃったみたいですね。せっかくなので、今日はこのゲームをやってみます。なんだか不気味な雰囲気だなぁ」
◯のんたん うっかりカワイイ!
◯hunter 狩猟ゲーム実況終わっちゃった…
オレの狙い通り、そのまま起動したゲームを続行するあやずさん。
今回用意したのは、ホラーアクションゲーム。ホラー耐性があってもなくてもリアクションが取りやすい、実況向きのゲームっス。
こーゆーのは極力生のリアクションを撮りたいので、悪いとは思いつつあやずさんには嘘の情報を伝えていました。
果たして彼はガチビビリするのか?それとも、冷静にツッコミを入れるのか?どっちに転んでも、結構面白い配信になりそうっスね。
しかし、あやずさんのプレイスタイルはなんというか……華がないっス。
ゲーム慣れしていない為かプレイスキルが低く、しかし理不尽な初見殺し以外ではゲームオーバーせず、着実に操作を覚えながら黙々とゾンビを倒していく。
てゆーか、なんか喋れぇぇぇぇぇぇぇ‼︎‼︎実況の意味わかってるんスかこの人⁉︎
この前他のゲームで練習した時は、結構話せていたのに‼︎
◯idola 喋れよ(笑)
◯バンチョー ビビってんのかオラァ!
◯正義の味方 あやずくんの冷や汗をテイスティングしたい。
『いや、ビビっているというか……その……』
視聴者のコメントに対するリアクションも歯切れが悪いあやずさん。
今の状況がマズいことはわかっているみたいですが、どうにも様子がおかしいっス。
これは一体…………あ。一つの可能性がオレの頭をよぎりました。
確か数ヶ月前、ある異世界に生き物を怪物に変異させるウィルスが持ち込まれる事件があったような。
いつの間にか話題にならなくなっていたので、誰かが解決したと思っていましたが、もしかしてあやずさんが……?
だとしたら、怪物に変えられた人々をやむなく斬り捨てたであろうあやずさんが、軽はずみな発言を出来ないのも頷けるっス。
それにゲーム内の状況が当時と似ているのであれば、ゲームについて話しているつもりでうっかり
〈
そして、今あやずさんがまともに喋れなくなっているのは、実況するゲームを偽って配信させたオレのせい‼︎
そんな!こんなつもりじゃなかったのに……。
オレが自責の念に苛まれつつも、状況を打開する為に満を辞してコメントを打ち込もうとした、その時。
◯イクサガミ あ、そうか。このゲーム、
例のウィルス騒動に似てますね。
だから話せないんだ。
『あっ』
〈
◯idora ウィルス騒動?その話詳しく
◯のんたん びっくり声カワイイ!
◯正義の味方 ウィルスになってあやずくんの呼吸器官に入りたい。
ほら、他の視聴者も気にしちゃってるじゃないですか‼︎‼︎
とにかく、誤魔化せるようにオレは急いでコメントを打ち込む。
◯虚 鉈の使い方が上手くなってきましたね。
◯ごっどおぶばか あやずくんの得意な武器は双剣だけどね〜
〈
◯Joe さっきから何の話をしてるんや?
◯バンチョー このゲーム双剣ねぇぞオラァ!
◯師範 右の弾は一応取っとけ。
マズい!視聴者のみんなも混乱している!このままじゃ収集がつかなくなってしまうっス‼︎
もはやこちら側から打てる手が思いつかず、今回の配信は失敗だと諦めかけたその時。
『上手く話せず心配させてしまって、すみません。やってみると思ってた以上に怖くて、つい無言になっていました』
先ほどまでの様子とは打って変わり、はっきりした話し方に戻っているあやずさん。
『慣れるまでもう少しだけ時間がかかりそうなので、それまでは別の話をしながらゲームを進めていきたいと思います』
えぇ、まさかの実況放棄⁉︎
いや、無言のままでいるよりはマシですけど、それでいいんスかあやずさん‼︎
『そういうわけで、話を始めます…………情報セキュリティ意識の大切さについて』
◯イクサガミ ⁉︎
◯ごっどおぶばか ⁉︎
あ、これ怒ってますね確実に。
声のトーンはまったく変わっていないのに、凄まじい圧を感じるっス。
『大切な話なので、最後までちゃんと聴いていってくださいね?』
◯イクサガミ はい……。
◯ごっどおぶばか 拝聴します……。
今頃〈
結局この日、あやずさんはゲームの操作精度を一切落とすことなく、配信終了まで情報セキュリティ研修を続けていたのでした。
余談ですが、情報セキュリティ意識の大切さを話しながら淡々とゾンビを斬り捨てるシュールさがウケて、チャンネル登録者数がちょっとだけ増えたらしいっス。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます