〈万能の勇者〉、バーチャル配信者になる
「バーチャル配信者?」
「そ、今とっても流行っているんだよ。二次元キャラのアバターを被って、動画配信を行うの。この娘がすごく可愛くて、暇な時はつい観ちゃうんだよねぇ」
そう言って、スマホの画面をこちらに向けてくる友人。
画面を覗いてみると、確かにアニメに出てきそうな女の子が画面に映っており、寄せられたコメントに対してリアクションをとっていた。
こうして実際に見せられると、見覚えのある光景であることを思い出す。
「あぁ、これか。そういえば、職場の後輩が似たようなことをやっていたよ」
「本当?君の職場って謎が多いけど、ちゃんと流行がわかる人もいるんだ」
その感心の仕方はちょっと酷くないか。まぁ、世界の流行を追いにくい仕事であることは否定しないが。
「まぁこれとまったく同じとは限らないけどね。後輩は男であるにも関わらず、画面に映っているキャラは女の子だったし。声も変えていたな」
「あ、それもバーチャル配信者ならよくあることだね」
「よくあることなのか……」
俺の愛する世界は少し見ない間に、どんどん進化しているようだ。
「そうだ!いっそ君も、バーチャル配信者をやってみたら?」
「俺が、女の子に?」
「いや、性別はそのままでいいけど。むしろ君は声もかっこいいから、それを活かせる方向でデビューした方がいいと思うな」
1人で勝手に盛り上がっていく友人。
「いや、そもそも俺にはバーチャル配信者になる理由が……」
「世間の流行、もっと知りたいんでしょ?じゃあ、やってみるのが一番だよ。『やってみなくちゃわからない、わからなかったら(以下略)』って、私の推しアイドルも言ってたし!」
「ふむ…………まぁ、一応考えておくよ」
その後は話題が変わり、30分ほど話した後に今日は解散となった。
俺は〈
世界を救う為の〈
しかし、その戦いで仲間を全員失った俺は、元々両親が他界していたこともあり、完全に孤独な存在となってしまった。
そんな時に今いる組織のスカウトを受けた俺は、自分の世界を離れて、異世界で戦う〈
親しい人たちはすでにいないが、彼らと過ごし、守り抜いたこの世界を愛し続けたいという、俺の
そうして自分の世界でぼっちライフを送っている内に、ひょんなことから知り合ったのが、今の友人だ。
彼女も俺同様忙しくて公にできない仕事をしている様だが、なんとか予定を合わせて月1〜2回ほど会っては、話をしていた。
共通の趣味の話をするのは勿論楽しいし、なによりこの世界にいない日の方が多い俺は、彼女から最近流行している物の話を聞くのが楽しみだった。
さて、そんな友人からバーチャル配信者をやることを勧められた訳だが、俺はどうすべきか。
悲しいことに、この世界で彼女以外に頼れる友人はいない。
かくなる上は……
「え?Vデビューするんスか?」
「V?」
「あ、バーチャル配信者のことっス」
いつもより早めに〈センター〉に帰還した俺は、バーチャル配信者をやっている後輩〈
「でも、先輩はうちの〈
「あぁ、それなんだが……」
確かに〈センター〉で俺はそこそこ知名度がある。しかし、今回の目的はここでの人気ではない。
「実は〈センター〉ではなく、自分の世界でデビューしたいんだ」
「なんですって……?」
まるで理解できない、といった表情をする〈虚構の勇者〉。
そこで俺は、彼にこれまでの経緯を説明した。
話が進むに連れて〈虚構の勇者〉の表情から疑問が消えていき、代わりに何か浮ついた雰囲気が漂うようになる。
「なるほど、そういうことっスか〜。先輩も隅に置けないっスね〜」
「何故そんなリアクションになるんだ?」
「わかりました!こうなったらオレも、バーチャル配信者としての知識をフル活用して手伝うっス‼︎まずは先輩の休みのシフトを教えてください‼︎先輩の世界におけるV業界の情報収集から、機材の調達まで、フルで動いてもらうっスよ‼︎」
休日もハードワークになるのか……。まぁこれは自分が言い出したことなので、全力でやり切るしかないな。
「後は報酬の相談だが、費用にプラスして1時間あたりこの額でどうだろうか?」
「あ、〈
「事前にスケジュールが調整できれば、特に問題ないな」
「ヨシ!個人の配信に〈筆頭勇者〉が出演するなんて、前代未聞‼︎これはまた登録者数増えるっスよ〜。」
ガッツポーズを取って喜ぶ後輩。成る程。人気者をゲストに呼べば、チャンネルの人気も上がるのか。俺も元の世界で参照に……呼べる相手がいないな。
「あ、先輩の彼女さんのことも話して良いっスか?」
「彼女?」
「先輩にバーチャル配信者デビューを勧めてくれた女性のことっスよ。月に数回デートしてて、付き合ってないは無理あるっしょ!」
「いや、その人はあくまで友人だ」
彼女に異性として魅力を感じていることは、内心認める。
しかし、俺は仕事柄いつ命を落としてもおかしくない人間だ。しかも死ぬ時は、彼女がその存在すら知らない異世界になる可能性が高い。
そんな人間が、彼女の恋人になろうなどと、考えることすらおこがましい。
俺たちはお互いの事情に深入りしない、友人のままでいるべきだ。
それが、彼女と初めて会った時から抱き続けている、偽りのない俺の決意だった。
「まぁ、〈センター〉内で彼女のことを話しても、本人に迷惑がかかることはないから大丈夫だろう。では、交渉成立だな」
「ウィッス!」
その日から俺と〈虚構の勇者〉による、〈万能の勇者〉Vデビュー計画が始まった。
『はじめまして。異世界留学生の
「みーつけた」
聞き慣れた声で話す男性アバターを眺めつつ、私は笑みを浮かべる。
友人にバーチャル配信者デビューを勧めてから、はや1ヶ月。
彼の反応から必ずデビューすると確信した私は、あれから毎日、デビューするバーチャル配信者をチェックし続けていた。
彼と私が会える時間は限られているけれど、こうして配信者デビューさせてしまえば、彼のプライベートを長時間束縛することができる。
なにより、私の前では隠している彼の新たな一面を見せてくれるかもしれない。
そうした下心全開の目論見が成功したことに乾杯しつつ、私はチャンネル登録ボタンを押すのだった。
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