〈氷の勇者〉、玩具を求めて走る

「そんな……ここでも売り切れなんて」


 無情にも完売を告知する貼り紙を前に、私は絶望的な表情を浮かべてしまいます。


 本日発売のフィギュアを購入したいのですが、玩具屋を5件巡っても、目的の品を見つけることができずにいました。


「このままではプレゼントが……」


 私には、どうしても今日中にフィギュアを手に入れなければならない理由がありました。



 私は〈こおり勇者ゆうしゃ〉の異名で知られる者です。


 幼少期に親を亡くして以降、16歳になるまで、私はとある児童養護施設で育ちました。


 その施設の出身者たちには、年に数回、みんなでお金を出し合って子供たちにプレゼントを贈る習慣があります。

 子供たち一人一人が欲しがっている物を事前にサーチして、それを祝日に合わせてプレゼントするというイベントです。


 今回、プレゼント購入の担当者となったのは、私ともう一人。


「そもそも、にいさんがもっと早く連絡をくれればこんなことには……!」


 私が「兄さん」と呼んでいるのがもう一人の担当者で、職場では〈ほのお勇者ゆうしゃ〉の異名を与えられている先輩です。


 私は施設にいた頃、よく彼と一緒に遊んでいたので、いつの間にか彼のことを「おにいちゃん」と呼ぶようになっていました。

 流石に高校生頃からは恥ずかしくなって「兄さん」と呼称を改めましたが、今でも実の兄妹の様に仲が良いです。


 しかし、そんな間柄でも許し難いことはあります。


 今回のプレゼント購入は、私と兄さんで分担して行っていました。

 ほとんどのプレゼントは既に購入したのですが、一点だけ、プレゼント贈呈の前日でなければ手に入らない玩具がありました。


 対象年齢15歳以上のアクションフィギュアシリーズの新商品です。現在高校生の後輩が欲しがっている玩具で、今日が発売日の為、兄さんが朝から並ぶ予定になっていました。


 しかし今朝、玩具屋の開店時刻ギリギリになって、兄さんから「緊急任務きんきゅうクエストが入った為、代わりに買いに行って欲しい」という内容のメールが届きました。


 遅い!遅すぎますよ、連絡が‼︎兄さんのことですから、どうせ出発する直前に思い出して、連絡したに違いありません‼︎


 元々出かける予定があった為、身支度を整えるタイムロスは最小限で済みました。


 しかし、それでも一番近くのフィギュアショップに辿り着いた頃には、列に並ぶ人数が商品在庫を超えており、店員さんから他の店に行くことを勧められてしまいました。


 その後、街のフィギュアショップを転々と移動したのですが、上述の通り、未だに目的のフィギュアは入手できずにいます。


 プレゼントを贈呈することになっている祝日は明日。なんとしてでも、本日中に手に入れなければいけないのですが。


「ハァ。困りました」


 そうして途方に暮れていた私の前に、救世主が現れました。


「アレ?アイスちゃん?こんなところで何やってんの?」


「〈愚者バカかみ〉様⁉︎」


 まさかこんなところで、この街を統治する神々の中の一柱に会えるとは。

 私は渡に船と言わんばかりに、神様に現状を説明しました。


「なるほど。それは確かに困ったねぇ〜。近年は人気商品を買い占めて、高値で転売する人が増えてきちゃって。その結果、発売日はどのお店もマニアと転売屋の争奪戦によって狩り尽くされちゃうんだよねぇ〜」


 噂には聞いていましたが、想像以上に厄介な状況になっていますね玩具業界。私が今こうして苦労しているのも、すべては転売屋の仕業という訳ですか。


「しかも、今回はあの〈時間じかん勇者ゆうしゃ〉くんのフィギュアだろ?普段フィギュアに興味のない女の子たちも、争奪戦に参加しているんじゃないかなぁ〜?」


 〈時間の勇者〉。17歳で自身の世界の危機を救って〈冒険者〉となった後、最速最年少で〈筆頭勇者〉の仲間入りを果たした好青年。

 その若さとルックス、謙虚な態度によって、女性人気が非常に高いです。今回、彼のフィギュアを欲しがっている後輩も、女の子ですし。


 とにかく、そんな事情もあって、争奪戦がますます激化している訳です。


「そうだ!あのお店なら、まだ在庫があるかもしれない‼︎」


「心当たりがあるのですか⁉︎」


 流石は、やることがなくて遊び呆けていることに定評がある神様!


「あぁ。あの過酷なデス・マウンテンに存在する玩具屋さんであれば、他の争奪戦参加者たちも容易にたどり着けない筈さ‼︎」


「は……?」


 ただのプレゼント購入の筈が、なんだかとんでもない苦行になりそうな予感がします。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る