冒険者たちのダイアリー
ネパリオ
〈炎の勇者〉が鉛筆に拘る理由
「あれ、
作業に集中していた俺に声をかけてきたのは、〈
〈
「机の上には本と、原稿と、鉛筆?反省文を鉛筆で書くのは、社会人としてどうなのでしょうか……?」
「違ぇよ!なんで俺が文章を書いてるだけで、反省文確定なんだよ⁉︎」
思わず大声を出してしまった。視線を集めてしまった俺は、愛想笑いをしながら周囲に謝意を示す。
「まさか兄さんが休日に、反省文以外で文章を書く日が来るとは思っていなかったもので。申し訳ないです」
そう言ってペコリと頭を下げる後輩だが、本気の謝意は感じられない。
どうやら、俺をからかって楽しんでいるようだ。チ、クソ生意気な後輩が。
「俺が書いていたのはズバリ、小説だ」
「は……?」
あ、本気で理解できないって感じのリアクションだ。
「俺たちって戦闘職だろ?ぶっちゃけ、歳やら怪我やらで、いつ引退してもおかしくねぇと思うわけよ。俺なんかもう32だしな。そこで、〈
「それで、よりによって小説家ですか」
ようやく合点が行ったようだが、視線は冷たいままだ。俺には絶対無理だと思ってんな、コイツ。
「ハン、せいぜい後で腰を抜かすんだな。俺はこの異世界転生無双小説で、すぐにベストセラー作家の仲間入りしてやるぜ」
「しかも異世界転生モノ……。私たちは普段から異世界に転移して戦ってるわけですから、それをそのまま書けば良いじゃないですか」
やれやれ。普段の
「読者が求めているのは、そういう中途半端なモンじゃねぇんだよ。今の自分の立場をまっさらにした上で、新しい立場でチヤホヤされてぇんだ。そんでもって、どんな奴が相手でも圧倒する快感が欲しいんだよ。それが今の男のロマンだ」
「男のロマンって、いつの間にかそんな悲しい変化を遂げていたんですね」
ますます後輩の目が冷たくなっていく。
「別に良いだろ!常日頃から戦いに身を置く〈冒険者〉だからこそ、圧勝に飢えているんだよ‼︎お前だって、もっと楽に勝ちてぇなぁ〜、とか少しは思うだろ⁉︎」
「私は兄さんほど圧勝に飢えてはいないですが……確かに、もう少し
「だろう⁉︎そういう気持ちをみんな持っているんだよ!だからこそ俺は、楽勝かつ圧勝に憧れる〈冒険者〉たちの為!あるいは、なりたくても〈冒険者〉になれなかった者たちの為!異世界転生で最強無双でハーレムな甘々ストーリーを綴ってみせるんだ‼︎」
テンションが最高潮に達した俺は、声量を抑えることも忘れて宣言する。
そして、ようやく落ち着いた俺は再び迷惑をかけた周囲に謝りたおした。
「まぁ、小説を書く理由は一応わかりました。しかし、小説を書くのにわざわざ鉛筆を使うのは非効率ではないですか?情報端末を使って書いた方が、色々楽だと思うのですが」
謝罪巡りから戻ってきた俺に、後輩が新たな質問をぶつける。やれやれ、とことんわかってねぇな。
「そりゃ俺の魂が一番込められる執筆道具だからに決まってんだろ。小説ってのは芸術作品だ。作品の中に俺自身の情熱が込められていないと、傑作なんざ作れるわけがねぇ。だから、使い慣れてねぇ万年筆や情報端末じゃなく、使い慣れた2B鉛筆で、俺の魂を書き上げるんだよ。あと、消しゴムの修正跡で作品に込めた熱意をアピールできるしな」
「鉛筆書きのまま投稿する気なんですか⁉それは普通に読みにくくて不快なだけなので、やめてください。鉛筆で書く理由は分かりましたから、投稿する原稿はちゃんと清書してくださいよ」
そう言い残して、ようやく後輩は俺の元から去っていった。
邪魔者がいなくなったことで、俺は執筆作業を再開する。
主人公は俺と同じ炎を操る能力者。異世界を無双するにはやや弱い能力に思えるかもしれないが、問題はない。
あまりスペックが高くない主人公を無双させる方法を、俺は人気Web小説(のコミカライズ作品)から既に学習済だ。
すなわち、他のキャラクターの能力を極端に弱くしてしまえばいい。
ついでに憂さ晴らしも兼ねて、〈氷の勇者〉をモデルにしたヒロインを小説に登場させる。
一分かけて手のひらサイズの氷ブロックしか作れないよわよわ能力者の分際で、主人公に突っかかってくる生意気年下ヒロイン。主人公との決闘に敗れた後はベタ惚れし、主人公を「お
主人公に惚れる理由が作者にもよくわからないし、ここまでやるとあの後輩と1ミリも似てない気がするが、ファンタジーだからこんなノリでいいだろう。
そして、いよいよ物語はクライマックスに突入する。迫りくる敵国の軍勢!率いられる魔獣たち!自分を優しく受け入れた王国を守るため、主人公は自ら封じていた禁断の必殺技を解き放つ‼
執筆している俺の熱量もどんどん上がっていく!そして、俺の熱意が伝わったかったかのように2B
「ヤベッ‼」
気がつけば鉛筆だけでなく、原稿用紙にまで火が燃え移っていた。
慌てて消化を試みるが、流石は俺の炎。数時間かけて書いた俺の汗と涙の結晶が一瞬で消し炭になってしまう。
次は机に燃え移ると思った、その瞬間。
「ハァ。なんとなくこうなる予感はしていました」
生意気な後輩の能力によって、炎は消し止められた。
――こうして、俺は図書館を出禁になったのだった。
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