自分の抱えている闇が暴露されたら死ぬ

ちびまるフォイ

人として正しい生き方

『第一種戦闘態勢! 繰り返す! 第一種戦闘態勢!』


部屋響く声にベッドから飛び降りると、

同じ部屋の先輩と一緒に司令部へと急いだ。


「戦闘態勢って、また"人の闇"が出たんですか?」


「ああ。すぐに現場に向かってくれ」


「はい!」

「ったく、夜も寝かせちゃくれねぇな……」


「先輩もいきますよ!」

「新人は元気でいいね……」


現場に到着すると、人の闇が形となって暴れまわっていた。

その形はライオンのようで黒いシルエットには牙を模したギザギザがある。


「すげぇ心の闇だな……なんて攻撃的なんだ」


「本部、到着しました! 闇の解放許可を!」


『闇の解放を許可する』


「はい! 闇解放します!」


新人は支給されている制服のリミッターを解除した。

ぱっくり開いた制服の背中からは新人の心の闇が形となって溢れ出た。


先輩も同じようにリミッターを解除し肩甲骨の間から自分の闇を解き放つ。


「征伐開始!」


新人の心の闇はめずらしい人型で、顔の部分は犬のように鼻先が尖っている。


「グァォ!!!」


耳まで裂けた口をあけると暴れる闇に食らいついた。

ライオン型の闇はじたばたともがいている。


「新人! そのまま抑えておけよ!」


先輩の闇は蜘蛛型で8本の足は全て鋭い刃物のような形状をしている。

その足で闇の背中に飛び乗ると足を突き刺し、カマ状のアゴでライオンの胴体をぶった切った。


闇は灰のようにサラサラと風に運ばれて消えた。


「はぁっ……お疲れさまです、先輩」


「ああ。お前、勝手に飛び込むなよな」


自分たちの闇を体に戻すと本部に二人は戻っていった。

人の闇の暴走から町は守られた。


ある日の非番のとき、同室の先輩にふと尋ねた。


「先輩。そういえば、こないだ闇を殺したじゃないですか」

「ああ」


「あれって、誰の闇だったんですかね」


「さあ。なんでそんなことを聞くんだよ」


「誰かの闇が隠しきれないほど膨れ上がったから暴走して、

 私達はそれを征伐する……でもその後どうなるのかなって考えてたんです」


「はいはい。新人は暇でいいね。

 そのうち、なぜ太陽ができているのかを考え始めるだろうさ」


気になった新人はひとりで前に闇を倒した場所へと戻った。

そこにはベンチでぼーっとしている男の人がいた。


「こんにちは。あの、ここで何をされてるんですか?」


「さぁ……なにも……」


よく見ると、男の人の体には闇と体がつながっている部分がなかった。

以前に倒した闇の持ち主がこの人なのだと気づいた。


「普段もここで過ごしているんですか?」


「前までは心にエネルギーみたいなものがあったんだけどね……。

 いまは何をするにもダルくてやる気がでないんだ」


「そんなこと言わないでください。

 私でよければ何でも手伝いますよ」


「そうかい。それなら……僕を殺してくれないかな」


「え゛っ」


「なんかもう……ただ死んでないだけで、生きちゃいない。

 人生の意味をまるで感じられないんだ……ここ最近ずっと……」


新人はその言葉に何も返せずにたた引き返した。

沈んだ顔の新人を見て先輩は事情を聞いた。


「今日、私達が倒した闇の持ち主に会えたんです。

 でも……なんか心を失っているみたいで……」


「人間の秘めてる闇とはいえ、心の一部ではあるからな」


「先輩、私達のやってることって……正しいんでしょうか」


「正しいに決まってるだろ! 俺はその人の闇にとどめを刺したからわかる!

 そいつの闇は"露出癖"だったんだ。

 俺たちが潰していなかったら、そいつの人生そのものが取り返しつかなくなっていた!」


「一時的な暴走だったのかもしれないですよ!

 先輩だって、ふと魔が差すときもあるでしょう?」


「あーーもう! うるせぇ! 俺たちは正しいことをしてるんだ!! それでいいだろ!!」


先輩は部屋を出ていくと、その日はもう戻ってこなかった。

その夜のことふたたび警報が鳴った。


『第一種戦闘態勢! 繰り返す! 第一種戦闘態勢!』


いつものように新人が司令部に来ると、モニターにはすでに闇が映されていた。


「この闇……先輩のじゃないですか!?」


見覚えのあるシルエットは先輩の闇そのものだった。


「どうして先輩が……」


「どうやらあなたの言葉に今まで考えなかった疑問が生まれたようです。

 悩みやストレスが闇を膨らませて制御できなくなって……」


「私、先輩を説得してきます!

 征伐部隊なら自分の心の闇を抑えることだってできるはず!」


「ダメです。闇を破壊してください」


「それをやったら心が壊れるんですよ!!」


「説得でどうのこうのできるほど弱くない敵です。

 あなた達の征伐部隊の闇は人よりもずっと深く強い。

 だからこそ、闇を払うことができるし、同時に脅威にもなる」


「もういいです!」


新人が現場へ向かうと具現化した闇が待っていた。


「先輩! 闇を抑えてください!」


「……俺は正しいんだ。いつも正しいことをしていたんだ……」


先輩はぶつぶつつぶやきながら自分の心の闇の中に沈みっぱなしで声は届かない。

そうこうしている間にも闇は破壊の限りを尽くしている。


「先輩! あなたの闇を教えて下さい!

 隠している自分の闇が暴かれたら、闇は勝手に消えます!」


「言えるわけない……自分の闇を話すなんて……」


先輩に詰め寄れば詰め寄るほどに、闇が深まってしまい強くなる。


『早く闇を解放して征伐してください! 説得は不可能です』


本部からの遠隔操作でリミッターが解除される。

新人の闇が放出されると、先輩の闇は待ってましたとばかりに襲いかかる。


「うぁっ!?」


いきなりの不意打ちにろくな反撃もできない。

新人の闇は四肢を蜘蛛の8本足に串刺しにされて身動きが取れなくない。


『その闇はあなたの闇を捕食しようとしてます! 逃げてください!』


「捕食!?」


『あなたの心の闇を知りたいという気持ちがそうさせているんです!』


「でも私の闇はもう……!」


『自分の闇のきっかけを思い出してください。

 嫌なこと辛いことを思い出して闇を深くするんです!』


「闇を……深く……」


新人は自分の体から闇が生まれたきっかけを思い出した。


飼っていた犬が散歩中に逃げてしまったときのこと。

いくら探しても見つからず、日がくれた頃に公園で不良に虐待されている犬を見た。

石でめったうちにされた頭は見るかげもなうなっていた。


「あああああ!! 殺してやる! 殺してやる!!」


かつての怒りに呼応して闇が膨れ上がる。

新人の負の感情が力となって、新人の闇が先輩を力で押し返した。


バカでかいサイズになった新人の闇は力任せに先輩の闇を叩き潰した。

しぶきのように飛び散った闇の断片から先輩の心の闇が垣間見えた。


「先輩、蜘蛛苦手だったのにずっと平気なフリしてたんだ……」


普段は強気なキャラを演じていた先輩は、苦手な蜘蛛を見ても動じない。

周囲に見せている自分とのギャップに自傷癖という闇を抱えていたと知った。


『目標の征伐を確認! 早くあなたの闇を抑えてください!』


本部からは慌てた声が聞こえてくる。

すでに、かつての負の感情を蘇らせた新人の闇は制御不能となっていた。


『聞こえてますか!? 返事をしてください!!』


応答はない。

本部が次なる征伐隊を送り込もうとしたとき、突如として新人の闇は消えてしまった。


『制御したんですね! よかった!』


本部からの問いかけにも返事はなかった。

現場の様子を映したモニターにはすでに命を断った新人が転がっていた。


本部の人たちは最後まで征伐隊として、制御不能の闇を抑えるべくの自殺だと考えたが、

普段誰にも明かしていない自分だけの闇を征伐されてバレれたくないという気持ちは誰にも悟られていなかった。



同時に二人の征伐隊の子どもたちを失った本部は沈んでいた。


「……すごく仲のいい二人でしたね。本当に残念です」


本部の一人がそういうとリーダーは事務的に答えた。


「なにも考えるな。そうしないと、今度は我々の闇が生まれてしまう。

 心を殺す仕事に関わる以上、自分の心を殺し続けるんだ。わかったな」


また新しい闇の暴走が起きると本部は別の征伐隊を送り込んだ。

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