異世界への導き
藤の儀式の際中、妖が神社に侵入してきた。これにより私の存在が妖たちに知られていることが明らかになり、この先さらに危険な目にあう可能性が出てきた。そのため私は自分の霊力や玉依姫の力について学びコントロールをしていくことが決まった。
儀式はというとフジくんが妖を倒してくれたので無事に新しい名と紋章を造ることができた。彼は与えた『
ハプニングはありつつも無事に儀式を終えて温かな雰囲気だったのにどこからか間の抜けた声が聞こえ、一気に警戒モードになった。
「やっほー。初めまして、紡ちゃん。君が玉依姫様だね」
いつの間にか私の目の前でにこやかな笑顔を浮かべている男性。声の主は彼だったようだ。どこから現れたのか、本当に一瞬で私の目の前に現れたということにも驚きだが、一番驚いたのは彼の姿だ。
「耳としっぽだ……」
「ん?気になるかい?ちゃんと本物だよ。触る?」
「け、結構です!」
つい口からこぼれてしまっていたようだ。確かにふさふさしていて気持ちよさそうで触ってみたいが、誰かも知らない人の耳としっぽを触るほど不用心ではない。そもそも彼は人なのだろうか。
「貴様!紡から今すぐ離れろ!」
ハクが刀を抜きながら私とケモ耳男性の間に素早く入り込んで間を取ってくれた。
男性は刀の切っ先を向けられているにも関わらず飄々として依然変わらず笑っている。
「おー怖い怖い。神使の俺に刀を向けちゃだめだよハク。さあ、刀を鞘に仕舞って」
「貴様が神の使いだというのか?どうにも信じがたいな」
「はぁ、仕方ない。『ハク、今すぐ刀を収めろ』」
男性が真剣な顔つきになったと同時に声色が変わった瞬間、ハクがおとなしく刀を収めた。相変わらず敵意はむき出しなのに体が勝手に動いたというような感じだ。
「貴様、何をした?」
「少し言霊で縛らせてもらっただけさ。精霊は神に近しい存在ではあるけど言葉通り近いだけ。神の方が格上。だから神の力には敵わない。言霊縛りはもともとこの神社に祀られている神が持っている力、俺はその力を貸してもらってるんだ。これで俺が神使だって理解してくれた?」
つまり、彼は神様から貸してもらった言霊縛りの力でハクに言うことを聞かせたということだろうか。この神社に祀っている神様は稲荷神、豊穣や家内安全など生活に関わる神様だ。その神様の神使―――ハクが言うには神様の使い―――は
突然現れた男性の容姿をもう一度ちゃんと確認してみる。
綺麗な銀髪がさらさらと風に揺れている。瞳は灰色っぽくて優しい目をしている。服は和装で白の着物に浅葱色の袴を穿いている。耳としっぽは髪と同じ色でふさふさしている。確かに狐みたいだ。
「ハク、もしかしたら本当に神使かもしれない。少し、話をさせてくれない?」
「紡がそういうなら……」
おずおずといった様子でハクは横にずれてくれた。おかげで私はまっすぐ神使と名乗る彼と真っ直ぐに対峙できる。
「俺と話をしてくれるんだ。ありがとう、紡ちゃん」
「あの、あなたは本当に神使なんですか?」
「そうだよ。俺は白狐の御影。俺が仕えているこの神社の神、
とてもにこやかに返事をする人だなと改めて思う。本当に。
本当にずっと笑顔だ。さわやかな風が周りに吹いているかのような笑顔。
「じゃあ、みか。あなたはどうしてここに?」
「君を迎えに来たんだよ。正確には提案だけど、紡ちゃんはたぶん断れないだろうから」
強い風が木々を揺らし葉が擦れる音だけがあたりに響いている。
迎えにというのは?断れないこととは?いったい何の話をしているのか、私には思い当たる節がなく戸惑いを隠せないでいた。
すると私の心を代弁するかのように神楽殿の端にいたお父さんが声を上げた。
「待ってくれ!いったい何の話をしているんだ?!紡をどこに連れていくつもりなんだ!」
「これはこれは陰陽師筆頭家系ご出身の海斗さんではないですか。
恭しくお辞儀をして敬意を示したと思えば少し見下したような物言いをしている。
さらには私が精霊界という場所に行くそうで。
「それは!紡を危険から遠ざけようと思ってのことで!いや、それよりも精霊界とは?」
「そのままの場所です。ここではない異界、ハクみたいな精霊もいれば妖精もいるし、魔法使いもいる。妖も神に近しい存在の者なら行くことができる場所。紡ちゃんにはそこで巫女修行をしてもらうよ」
話を聞くだけではとても信じられない場所だ。
それは周りにいるみんなも同じようで怪訝な顔つきをしている。
「もうちょっと、ちゃんとした説明をお願いしてもいい、ですか?」
おずおずと挙手をしながら問いかけるとみかは一瞬考え込むそぶりを見せた後どこからか大きなホワイトボードとペンを出した。これも妖の力なのだろうか。
突然ホワイトボードが出てきたことに驚いているうち彼はボードに円を四つ書き込んでこちらを向いた。
「まず、僕らが暮らしている世界は四つに分かれていて、今ここにいる世界は『
「ええ」
現世と隠世のことは小さいころから耳にしている単語だ。陰陽師の人たちが話しているのをよく聞いていた。だが、残りの二つは何なのだろう。
「精霊界っていうのはその名の通り精霊や妖精の世界のことだよ。それと、現世の対が隠世っていうのはおおざっぱに見た時の話で、本来は裏なんだ。現世の本当の対は『黄泉の国』つまり死者の世界だ。この流れでいくと隠世の本当の対が精霊界で、黄泉の国と精霊界が表裏ってことになるけど、実際のところ精霊界は全くの別世界みたいなもので対とか表裏とかで表すことは難しいんだよね。こんな感じで世界の位置関係はご理解いただけたかな?」
なんだかシンプルなようで複雑な説明だった気がする。つまり精霊界の現世との位置関係は対極だということだろうか。でも全くの別世界みたいなものとも言ってるし、頭が混乱してきた。
「とりあえず、精霊界は妖精たちの世界ということですよね」
「そうそう。ただ精霊界はちょっと特殊でね。他の三つの世界は交わることはなくてもそれぞれに必ず通路がある。だから迷い込んでしまうことが多々あるんだけど、精霊界に通じる通路は一つもないんだ。だからここに行けるのは精霊や妖精、その姿を視認したり心を通わしたりできるごくわずかな人、そして神様とその眷属だけなんだ。厳重に警備されているって感じかな」
話し終えたとき、声を上げる者は一人もおらず、困惑したような表情をしていた。陰陽師でも知らない話だったようで当然お父さんも信じられないとでもいうような顔をしている。そこに行けと言われた私でさえ信じられないのだから当たり前だ。それに、精霊界には日本では見ることのない精霊や妖精も多くいるために対とか表裏の概念が付けにくいようだ。
補足説明として天界と地獄についても教えてくれた。世界の最上層に位置している天界は神々が住む場所、最下層に位置している地獄は罪を償わなければならない死者がたどり着く場所だそうだ。
「だから天界と地獄は四つとは離れてるんだよ。場所からわかるだろうけど天界はすべての世界を見下ろして管理してて、地獄はこれ以上落ちることがないからすべての世界の極悪人が集まってるんだよ」
なんだか笑顔で話すことではない内容までにこにこしたまま話し切っている。そんな彼に少し恐怖を覚えてしまった。というか、笑顔の圧がすごい。
「で、話を戻すけど、紡ちゃんにはこれから精霊界で暮らしてもらいます。もちろん一人では不安とか心配とかあるだろうから俺も行くよ」
「これからって、急にそんなことを言われても困ります。学校だってあるし…」
なにより、この神社には精霊がいる。私の大事な友達。彼らをおいてよく知らない異界に行くなんてできない。
そんな気持ちから否定的な言葉が出てしまう。
「別に巫女修行ならここでもできます。父や母にも教わりますし、陰陽師の方も大勢います。わざわざ異界に行く必要なんてないじゃないですか」
そう、行く必要なんてない。外に行かなくたって神社の中でもできる。
まるで自分に言い聞かせるかのように心の中でそう繰り返し唱えていた。だが、みかははっきりとそれを否定した。
「巫女修行と言っても、紡ちゃんは玉依姫だよ。普通の陰陽師と同じ方法では君の力は活かされない。多くの精霊と触れ合うことで玉依姫の力を扱えるようになるんだ。霊力のコントロールとは別に玉依姫の力の制御を覚えないといざという時に君は力を使えないよ」
いざという時、それは今日のようなときだろうか。私を狙って妖が襲ってくる可能性はゼロではない。むしろ今日のことがきっかけで増えるかもしれない。その時私にできることはないなんて、それだけは嫌だ。みんなが戦ってるときに私は黙ってみているだけなんて歯がゆすぎる。私だってみんなを守りたい。守られるだけは避けたい。
黙って悩んでいる私の肩に程よい重みが乗った。横を見ればハクが優しい表情をしている。
「紡、自分の歩きたい道を選べばいい。玉依姫の力を得たいのならば外に出てもいいんだ。紡は籠の鳥でも飛べない鳥でもないのだから、どこにでも行ける」
籠の鳥、飛べない鳥。それは以前私がこぼした自分を揶揄した言葉だ。どこに行くにしても報告がいる。神社の外は学校以外出てはいけない。そんな窮屈な生活の中で思ったこと。
だがハクは違うと言う。私はどこでも行けると。本当に外に行ってもいいのだろうか。
そう問いかけるように藤色の瞳を真っ直ぐ見つめると、しっかりとした頷きと共に柔らかな声が耳に届いた。
「怖がらずに、外の世界へ目を向けてみてほしい」
それはいつかの夢で聞いた言葉だった。
誰の声なのかは分からないけれど夢の中で言われた言葉。
まさかハクから同じ言葉が聞けるとは思わなかったから驚いてしまった。
だが、もしも本当に自分の進みたい道を選べるのならば、私の気持ちは決まっている。
「私、精霊界に行きます!ちゃんと自分の力と向き合いたいです」
みかの目を見てはっきりと声を紡いだ。
私の答えを聞いて、灰色の瞳は柔らかく細められ口元にも今までの胡散臭い笑みではなく、優しさのある微笑が携えられた。
「うん、わかった。じゃあ精霊界に行くにあたってこれからの事を決めていこうか。海斗さんたちもご一緒に」
こうしてハクの儀式は幕を閉じ、新たな門出の始まりとなった。
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