藤の儀式(下)

 父と別れた後、私は一度フジくんと別れて夕食をとった。その際「紡様が伝え忘れるなんて珍しいですね」とか「次から気を付けてくださればいいですよ」とか巫女さんたちにいろいろ言われ、たまたま近くにいた陰陽師の方たちには「もっと自覚を持ってほしいものだ」とか「行動を制限するべきなのでは」とか蔭口まではいかない心無い言葉を掛けられ、そんな様子を見ていた母はどこか悲しそうな顔をしていた。

 部屋に戻るときも母の悲しそうな表情が頭から離れず気分が沈んでしまう。

「あんな顔、させたいわけじゃないのに。お母さんには笑っていてほしいのに、どうしてできないんだろう。私がもっとおとなしくしていればいいのかな……」

 あれこれ考えながら部屋の戸を開けるとフジくんが待っていた。

「おかえり。浮かない顔をしているが、何かあったのか?陰陽師の奴らに何か言われたか?」

 フジくんは私の些細な変化にすぐに気が付く。それを見逃さず心配してくれる。

 でも、心配をかけているままではいけない。もっとちゃんとしないといけない。そんな風に自分に言い聞かせ、また張りぼての笑顔を張り付けて答えていた。

「ううん、大丈夫だよ。少し注意はされたけどそれだけだから。心配してくれてありがとう」

 張りぼてとはいえ長年やってきた笑顔だから不自然ではないはず。それなのに彼は眉間にしわを寄せ明らかにムッとしている。

「なぜ、紡はそうやって無理に笑おうとする?笑いたくなければ笑わなくていいんだ、泣きたければ泣いてもいいんだ。自分の感情に嘘をついていると心が疲れていくぞ」

 ああ、どうしてフジくんにはばれてしまうんだろう。それとも私は分かりやすいほど無理に笑っているんだろうか。自分がどんな風な顔をしているのか、よくわからなくなっている。

「もっと自分に素直にならないか?過去に何があったのか私は知らない。だが、私やサクラのような精霊は何があっても紡の味方だ。せめて私たちの前では無理をせず自然体でいてほしい」

「ありがとう……。でも、私には素直っていうのがどういうものなのかわからないから、きっと忘れちゃったから、それは出来ないと思う……」

 そう告げるとフジくんは口元をほんの少しほころばせていた。優しい笑みを携えて「やはりか」と小さくつぶやいた。

 優しそうな表情はほんの一瞬で、すぐにいつもの無表情に戻ってしまったが私の目に優しげな顔が焼き付くには十分だった。自分の意志や素直さを忘れてしまってもきっと彼のあの顔を忘れることはないだろう。そんな確信にも似た何かが私の中に舞い降りたのだった。

「今はわからなくてもいい。すぐにそうなれとは思っていない。少しずつ、本当に少しずつで構わないから思い出していこう」

 なぜそこまで私のことを想ってくれるのか、私に自然体になってほしいのか、わからないことは多々あるがその気持ち自体に悪い気はしなかった。それどころか胸の中に蠟燭がともるようにあたたかな気持ちになった。だからだろうか、私は彼の言葉に頷いていた。





             ◇



『紡……紡、』

 またあの声がする。あたたかく包み込んでくれる懐かしい声。

『紡、今日はあなたの運命が変わる日です……気を付けて………』

「運命が変わるって、どういう意味?」

『あなたの身に危険が迫っています……』

 初めて問いかけに答えが返ってきた。あまりにも漠然過ぎて答えなのかもわからないが、とにかく今日は危険な日だということだろうか。

「ねえ、もっと詳しく教えてよ。危険だけじゃ対処の仕方もわからないよ」

『気を付けて……あなたは決断をしなくてはいけませんよ………』



             ◇



「決断って、何?」

 結局何もわからないまま私は目を覚ました。

 運命が変わる危険な日、今日はフジくんの儀式だ。儀式の最中に何かあるのだろうか。それとも何もないときに何か起こるのだろうか。

 寝起きの頭でごちゃごちゃとしている思考では考えがうまくまとまらない。

「とにかく着替えて儀式の準備をしないと」

 そうだ、今日の儀式はいつもと違うのだから。私が遅れてしまっては準備が滞ってしまう。早く着替えて儀式用の衣装部屋へと向かわなくてはいけない。

 そう思いいつもより手早く身支度を整え自室を出た。



 衣装部屋にはすでに今日着る着物、羽織、装飾品などが準備されており、着替えを手伝ってくれる巫女さんがいた。

「遅くなってしまいすみません」

「いえいえ、ぜんぜん遅くないですよ。むしろ少し早いくらいです。ちゃんとお休みできましたか?」

 神社の中で一番話しやすい存在である咲さんはにこやかに出迎えてくれた。彼女以外の巫女さんたちも私のことを笑顔で出迎えてくれている。

 そんな彼女たちの存在は私の心を温かくしてくれるものでとても心地いい。

「はい。疲れもたまっていませんし、今日の神楽は綺麗に舞えると思います」

 そう、今日の儀式では私が神楽を舞うのだ。通常の儀式では神社の雅楽団が笛や太鼓を演奏し、その演奏の中私が名を与えて紋章を造るというものだが、今回のように演奏に合わせて私が神楽を舞うこともある。それは特別なことのようで、めったに舞うことはない。というか、サクラの時以外したことがなかった。

 そして今回はフジくんの儀式だ。二人の共通点はどちらも神社設立時からある御神木と藤棚の精霊だということ。力が強いと思われる精霊の儀式では舞を披露するということなのだろうか。

「紡様の舞はいつもお綺麗ですよ。小さいころから欠かさず稽古をなさっていますし、体の動かし方なども元から上品ですので着物も映えてより一層美しくなりますね」

 そんな咲さんの言葉に他の巫女さんたちも次々とうなづいている。なんだか恥ずかしい。

「そうでしょうか?さ、さあ、早く着替えてしまわないと時間が無くなってしまいます。手伝いをお願いしてもいいですか?」

 私が話を打ち切って問いかけると巫女さんたちは笑顔で頷いてくれた。

 儀式で着る着物は精霊に合わせて変わる。着物といっても普通の巫女装束とは異なりあこめ装束と言い、たくさん身に纏うため重量がある。通常の衵装束は紅梅の単、緋袴、萌黄の衵、白摺り柄の忌衣おみごろも、腰から長く引きずる裳をつける。裳はものによるが大体が白で真ん中から下にかけて鮮やかな色が入れられることが多い。

 今回は藤棚の精霊ということで単と衵は変わらないが緋袴の代わりに薄い紫色の地に白藤が大胆にあしらわれたものを穿く。裳もだいぶ変わって白と濃い紫だ。紫の部分には袴と同じように白藤があしらわれている上に差し色で金がちりばめられているため豪華さが出ている。

 頭にはティアラ状の天冠を被る。動くたびに頭の左右で飾りが揺れてかわいらしい印象で割と気に入っている。

 化粧はそれほど濃くはせず白粉を薄く塗って唇に紅を刺すくらいだ。

「まあ、紡様とてもお綺麗です!」

「衣装が素敵なだけで私はそうでもないですよ。服に着られてないか心配です」

「心配は無用ですよ。紡様がお綺麗なんですから。綺麗な衣装を身に纏う紡様、目の保養になります」

 巫女さんたちは口をそろえて心配いらない、紡様は綺麗だと言うので素直にその気持ちを受け取ることにした。確かに今日の衣裳はとても立派で違う自分になったみたいな感じがする。化粧は薄めなのにそれが豪華な衣装によく合っている。

「さあ、神楽殿へ参りましょう。儀式が始まりますよ」

 咲さんに促されて私は廊下へ足を踏み出した。




 神楽殿につながる廊下にはすでにフジくんがいた。

「フジくん、今日はよろしく」

「ああ、よろしく頼む……」

 なんだか言葉尻の声が小さくなったが、どうかしたのだろうか。

 思い切って聞いてみるとフジくんはふいっと目線をそらしてしまった。

「別に、どうもしていない。ただ、いつもの紡と雰囲気がだいぶ違うのでな、その、……見惚れていたのだ」

 よく見るとフジくんは耳がかすかに赤くなっている。緊張とか照れているとかそんな感じなのかなと思い、私までつられて顔が熱くなってきた。

「見惚れるなんて、そんな大げさだよ。雰囲気は確かに違うと思うけどそれは服のせいだし」

「そんなことはない。服が違うというのもあるだろうが、それはよく似合っている。だからこそ綺麗なんだ」

 きっぱりと私の目を見て伝えてくれたフジくんの言葉は胸に染み込んでいくみたいだ。自信が溢れてくるような、温かなものが広がるような、そんな感じがする。

「ありがとう、フジくん」

 だからなのだろうか、私は久しぶりにちゃんと笑えている気がする。いつもの作り笑いではなく、本物の笑顔でフジくんに向き合えている。

 目の前のフジくんもとてもやさしい顔つきをしてくれている。

 こんなにも穏やかな気持ちでいられているのなら、この後の儀式もきっとうまくいくはず。神楽で失敗することはないはず。そんな予感がした。

「紡様、準備が整いましたので神楽殿へどうぞ」

「わかりました。じゅあ、行ってくるね」

「ああ、やりきってこい」

 フジくんに手を振り、私は確かな足取りで神楽殿の中へと足を踏み入れた。



 神楽殿は本殿の後ろにあるが普通に人が入れる場所だ。そのため、儀式のときは人払いをして関係者以外の人を近づけさせないようにしている。普通の祭りのときはお客さんが神楽殿の周りにたくさんいるのに今日は無人。とても静かな中で演奏が始まる。

 鼓や笛の音が聞こえ始めたら私の舞がスタートする。はじめは扇を持って、後半になると神楽鈴に持ち替える。

 そういえば、フジくんの儀式に必要なお供え物の中にも神楽鈴があった。

 お供え物は神楽殿の四隅に置かれ、あのくすんで錆びついていた神楽鈴もちゃんとあった。ただ、くすんではいるものの不思議な光を放っている。

 あれが何なのか気にはなるが、神楽を中断するわけにはいかないのでとりあえずは舞に集中しよう。

 そう思いなおして最後のステップを踏むまでの約十分の舞は何事もなく終わった。舞が終わると鈴の光も消えていた。

「いったい、あれはなんだったのかな…」

 舞が終わればそのまま名前の授与と紋章の造形が始まる。もとから用意されていた座敷へ行こうとしたとき、遠くで大きな爆発音が響いた。いや、正しくは爆発音ではないがそれくらい大きな音だ。

「何事だ!」

「海斗様、ご報告いたします!たった今、南西の結界の核が破壊されたようです!」

「何?!夜神、すぐに結界班を連れて修復に向かえ。式神使いはここに残り妖が入り込んだ際の迎撃を!」

「御意!」

 お父さんがてきぱきと指示を出し、陰陽師の人たちが神楽殿を取り囲んでいる。いったい何があったのか、私にはまるっきりわからないが緊急事態なようだ。

「紡!」

 フジくんが私のもとに駆け付けてすぐ、すぐそばの木が倒れ、人ではないものが現れた。体は赤黒く、人よりも大きな体で目がぎょろっとしている。なんだか気持ち悪い姿だ。

「あれは、妖?なんで、結界が破れたの?」

「紡下がれ。前に出ては危ない」

 刀を抜いたフジくんが私の前に立ち大きな妖を睨んでいる。

 陰陽師の人たちも妖を睨み、一触即発な状態だ。

「玉依姫はどこだぁ?俺の目当てはそいつなんだぁ、早く出せぇ」

 妖がしゃべった。何とも言い難い高めの変な声。地を這うように言葉が私の体に引っ付くみたい。どうして妖が私を狙うのか。いまいちピンと来ていない私は戦う力なんて持っていないのでただ守られていることしかできない。

「おいぃ、玉依姫を出せぇ!お前ら全員殺されたいのかぁ!それなら望み通りにしてやるよぉ!」

 言うが早いか妖は大きなこぶしで殴り掛かってきた。一振りで強風が生まれまわりの木が倒され、陰陽師の方たちも吹き飛ばされてしまっている。そんな中お父様だけがしっかりと立っていた。

「邪悪な妖よ、今すぐここから立ち去れ!」

「なんだぁ?お前、俺に指図するのかぁ?生意気だなぁ、はじめにお前を殺して食ってやるぅ!」

「そうやすやすと食われてたまるか!はあ!」

 お父様が手に持っていた錫杖から稲妻が放たれ、見事妖に命中。しかし、妖はどこ吹く風でびくともしていない。それどころか妖はにやついていた。

「こんなもんなのかぁ。お前にも返してやるよぉ」

 そう言った時、妖の手に稲妻が集まりお父さんに向かって放たれた。

「うわあああああ!」

「お父さん!」

「紡!前に出るな!」

 稲妻で体がしびれたのか、お父さんは地面に付したまま起き上がらない。

 このままじゃあの妖に殺されてしまう。

「お父さん起きて!起きてよ!お父さん!!」

 私の呼びかけにお父さんは全く動かない。代わりに妖が私に気付いたようだ。

「お前ぇ、変な気配だなぁ。もしかしてぇ、お前が玉依姫かぁ?」

「紡!こっちに来い!」

 後ろからフジくんの声がしてすぐ、目の前の妖に何かがぶつかった。私はとにかくフジくんの元まで走り、妖との距離を取らないといけない。お父さんのことは心配だけど今狙われているのは私なんだから。

 フジくんのそばには桜がいた。

「サクラ!よかった無事で」

「つむこそ平気?怪我してない?」

「大丈夫だよ。ただ、お父さんや陰陽師の皆さんが……」

「サクラ、紡のことを任せる。私はさっさとあの妖を倒さないといけない」

 倒すって、あんな大きな妖を一人でなんて危なすぎる。けれどフジくんの目には真剣さが光っていた。止めることのできない確かな意思があった。

「フジくん、気を付けてね」

「ああ」

 気を付けて、そんなことしか言えない自分がただただ情けない。

 もどかしさをため込むと同時に私はぎゅっと手を握りしめていた。そこに小さな手が重ねられた。サクラだ。

「ねえ、つむ。玉依姫の力、使ってみない?」

「玉依姫の、力?精霊たちに体を貸すくらいしかできないんじゃないの?」

「それだけじゃないの。玉依姫は精霊の力を借りることができるんだよ。精霊が持っている力を引き出して敵と戦ったり傷を癒したりするの」

「じゃあ、フジくんやお父さんたちを助けられるの?」

「できるよ。つむ、自分を信じて」

 自分を信じる。私に本当にそんなことができるのかわからないけど、今この時だけは、力が欲しい。みんなを守りたい。

「力を使うにはどうすればいい?」

「私がつむの中に入るだけでいいんだよ。いつもならつむは自分で体を動かせないけど意識を集中して私の力を感じるの。そうすれば体を動かすことができる。あとは神楽だよ。私の儀式のときに使った扇をもって舞うの。傷がいえるように、強く念じながら」

 為せば成るだよと残してサクラは私の中へ入っていった。体の中からサクラの気配がする。暖かい春の気配。集中して、サクラの気配だけを探る。

『その調子、体を動かしてみて』

 サクラの声が聞こえた。言われた通り体が動くようだ。あとは扇だが、今この場にはない。

「サクラ、扇はここにはないけど、どうするの?」

『あるよ。手を開いて、強く念じて。扇を呼び出すの』

 扇を呼び出すとは。少し意味が分からないけど強く扇を思い浮かべてみるといつの間にか手には扇を持っていた。どこから出てきたのか、まったく不思議だ。

『さあ、これで準備おっけいだよ。あとは傷を癒すことを考えながら舞えばいい。普通の神楽とは違うけど、きっと体が勝手に動くはずだよ』

 なんとも説明不足過ぎてよくわからない。でも、為せば成る。やるしかないんだ。

 どうか、みんなの傷が癒えますように。フジくんが怪我をしませんように。

 そう願った時、体は自然と動き私の体は淡いピンクに光っていた。私だけではなく私の周りを囲むみたいに光の円ができている。とてもきれいな景色で、心が温まる。

 舞が終わるころには妖は消え、フジくんとお父さん、他の陰陽師の方、巫女さんたちまでが神楽殿を囲んで私を見ていた。サクラも私から出ている。

「あれ、私、ちゃんとできてたのかな?」

「出来てたよ。みんなが受けた傷は完治はしてないだろうけど痛みはないはず、妖もフジくんがやっつけたしね」

「当然だ。紡、加護をくれてありがとう。おかげで妖を倒せた」

「加護?」

「サクラの力を使って神楽を舞っただろう。それで玉依姫の加護が増強されて精霊に力を与えたんだ」

 玉依姫の加護。それのおかげでフジくんが無事だというならよかった。お父さんたちもみんな平気そうだし、一件落着かな。

「紡、少しいいか」

「お父さん。お母さんまで」

 とても深刻そうな顔をした二人に私は胸騒ぎがした。なにか、聞きたくないことを聞かされるような気がする。

「あのな、ずっと黙っていたんだが、その……」

「海斗さん、話しましょう」

「ああ……。紡は玉依姫としての力だけでなく、本当に霊力が高いんだ。だから多くの妖から今日みたいに狙われる。昔も一度、危ない目にあっただろう。あれもその高い霊力が原因だ。玉依姫の力だけでも狙われやすいというのに、霊力も高いからより多くの者がお前を狙うだろう。妖だけでなく、霊力のある者を利用する奴らもいる。だから小さいころから霊力隠蔽の術を重ね掛けしてきた。だが、それももう、あまり効き目がない」

「これから先は私達だけでは守りきれないかもしれないの。だから、紡には玉依姫として与えられた力、霊力のコントロールの仕方を教えるわ。まあ、コントロールはさっきの神楽を見る限り大丈夫そうだけれど」

「私に与えられた力………」

 さっきのようにみんなを守る力が本当にあるのだろうか。今回はサクラの力を借りただけであって、私個人の力ではない。精霊がいないと何もできない。そんな私に何の力があるというのだろう。

 霊力のコントロールというのも、正直よくわかっていない。言われたままに舞っただけでコントロールとかは意識していないのだから、自在に霊力を操れるようになるのだろうか。

 多くの不安が胸中に渦巻きつい下を向いてしまう。

 そんな私の肩に大きくて硬い、それでいてあたたかな手が優しく置かれた。

「紡、きっとあなたは今とても不安なのだろう。自分に力があるのかわからないのだろう。この先の未来に何が待っているのか、私も不安に思うことはある。だが、私は決して独りではない。だから多少の不安は拭い去れる。それは紡も同じだ。紡は独りじゃない。私やサクラ、精霊がいる。紡の父と母もいる。この神社にはあなたの味方が大勢いるのだ。不安なことは口に出して周りと共有してもいいんだ。一人で抱え込まずともみな助けになってくれる」

 フジくんの言葉が一音一音心に染み込んでいく。不安なのは私一人じゃない、周りには味方がいる。それだけでほんの少し心が軽くなるということを教えてくれた。

 誰かに守られるだけではきっとたくさんの人が傷つくことになる。

 それなら私も何かできるようになった方がいいはず。戦えなくてもさっきみたいに加護を与えることができればみんなの助けになる。

「私、みんなを助けられる力が欲しい。玉依姫の力のこと、うまく使えるようになるかは分からないけど、それでも、ちゃんと知って、理解したい。お父さん、お母さん、ご指導よろしくお願いします!」

 私は勢いよく頭を下げた。簡単にコントロールなんてできる訳ないが、精一杯努力して守れる力を得るために。

 そんな私の上からかすかに笑う気配がした。

「顔を上げなさい、紡。難しいことかもしれないがさっきの舞を見る限り、お前は筋がいい。きっと自分の霊力をものにできるだろう」

「そうね。サポートもしっかりするわ。がんばりましょうね」

 父と母は優しい笑みを携えて私のことを抱きしめてくれた。久しぶりに感じる家族のぬくもりに何だか無性に泣きたくなってしまった。

 だが、今は泣いている暇はない。頑張るという意思を込めて私も抱き返した。






           ◇




 私の力についてはまた後日改めて話をすることになり、妖騒ぎで中断されていたフジくんの儀式を再開された。

「………我、玉依姫紡の名をもって汝に名を授けん。紋と共に我に従うことをここに命ずる。………ようこそ、フジくん。今日からあなたはハクよ」

 フジくん、もといハクの紋章は菱形に沿って藤の花と蔓が伸びている模様だ。私が彼に付けたハクという名前は彼の印象が全体的に白かったから。藤棚を作っている藤は白藤ではなく普通の紫色をした一般的なものだが、ハクは白藤っぽい雰囲気をしている。

「ハク、か……。綺麗な響きだ。紡、ありがとう」

 優しく微笑んだハクはとても綺麗だった。ハクという名がぴったり当てはまるような気がして、喜んでくれて私も嬉しい気持ちでいっぱいになる。

「そろそろ一段落ついたかなー?」

 なんとも間の抜けた声がどこからか聞こえてきた。

 あたりを見渡してみても声の主らしき人物は見当たらない。

 和やかな雰囲気だったハクや陰陽師たちも警戒をしつつあたりに意識を当てている。

「やっほー。初めまして、紡ちゃん。君が玉依姫様だね」

 間の抜けた声の主がいつの間にか私の目の前に立っていた。

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