第9話 シエルさん、熱血指導する

「ああん、もう! てんで違うわ!!」

「あたしの何が違うっていうんだ?」

「いいこと? お客様が来店されたら、いらっしゃいませ! どうぞ空いている席にお着きくださいませですわ! これ! これにつきますのよ? はい、もう一度最初から!」

「へい、らっしゃい! 好きな席に座んな!」

「それは喫茶店じゃなくて、露店だって何回言えば!」


 熱すぎるシエルさんが、接客指導をしてくれている。それというのも、ロッテさんが俺の店で働きたいと言い出したからに他ならない。


 さかのぼること数時間前のこと。


 熱と寒さで死にかけていた俺だったが、気付けば店のソファベッドに寝かされていた。起き上がると何故かそこには、エプロンを着けたロッテさんの姿が。


 しかもどういうわけか、威勢よく腕まくりをしている状態だった。


 おまけに肌の露出――特に胸元を出していたのは、店主として正直言って見過ごせない。そう思っていたら店内どころか、城内の温度が半端なかったことに気付いた。


 もしかして空調設備が壊れたかと思いきや、その原因はシエルさんにあったことが分かった。

 熱のこもった接客指導で一時的に、温度を上昇させてしまったのだとか。

 

「ごめんなさい! ケンセイさま。起こしてしまいましたのね。熱くなり過ぎたことをお詫び致しますわ」

「おぅ、クマ! 大丈夫かい?」

「……ロッテさん、その格好は――」

「んあ? 見りゃあ分かると思うけど、あたしもクマの店で働くことにしたんだよ。約束でもあるしな。だからよろしくな!」


 そんな約束をした覚えは無い。絶対無いと記憶しているが、氷を出す儀式をしたことで見えない約束を交わしてしまったのだろうか。


「えっ、……城に帰らなくていいんですか?」

「魔王ってのは、別に城の中にひきこもってばかりじゃねえからな! 特にあたしはな。勘違いするなよ?」

「あれ、でもシエルさんは――」

「こ、こほんこほん……! ケンセイさま、ちょっとこちらにお越しになって」


 そう言えば魔王だとか魔法といったことは、まだシエルさんから聞いていなかった。

 多分、そのことを話してくれるはずだ。


 威勢のいいロッテさんを残し、俺とシエルさんはすぐ隣の休憩室に移動した。


「えーと、何でしょうか?」

「す、すでにロッテから明かされてしまったかと思われますけれど、わたくし実は魔王ですの。ですけれど、決して恐ろしい存在ではなく……わたくしはすでに引退の身で、ですからあのその……」


 シエルさんの方から明かすつもりがあったのか、落ち込んだ様子を見せている。

 もしかして俺に怒られると思っているのだろうか。


 俺なんかが怒っても敵う相手でも無いと思うが、シエルさんは相当落ち込んでいるようだ。


「驚きはしましたけど、怒ってないですよ」


 魔王と聞いたところで、特に恐怖は感じていない。

 もちろん俺の為にそうしているのだろうけど、ここまで落ち込ませていることに罪悪感が生じそうだ。


「ほ、本当ですの? で、でもでも、部下の不手際がありましたし、城も焦がしたり怖い目に遭わせたり……紛れもない事実ですのよ? それでもお許しに?」


 シエルさんの今の姿を部下たちに見せたら、それこそ喰われてしまいそうな気がする。

 ここは彼女のありのままを受け入れてやらねば。


「もちろんですよ! シエルさんには、初めから助けて頂いていますからね。これからもよろしくお願いしたいですよ!」

「はぁぁぁぁんっっ!! あぁっ、ケンセイさまぁぁっ! わたくし、わたくしっ――!」

「ああ、それと、俺のことは呼び捨てで構いませんよ」


 雇う身としては、いつまでも「さま」呼びされるのも照れくさすぎる。


「で、でしたら今後は、ケンセイさん……とお呼び致しますわ。わ、わたくしのことは、是非ともシエルとお呼びになってくださいまし」


 呼び捨てはハードルが高い気がするが、ウエートレスとして働いてもらうわけだし呼び捨てにするしかないか。


「シ、シエル」

「はいっ、ケンセイさんんんっ! ハァハァハァ……」

「そ、そんなに興奮しなくても大丈夫ですよ」


 やはり興奮状態が続くと、シエルさんの体温が上昇して城自体も熱くなるみたいだ。

 そういう意味でも、氷のロッテさんが来たのはバランス調節出来そうだけど。


「ケンセイさん。ロッテのことですけれど、我が妹ながらお恥ずかしい限りですわ……」

「ま、まぁ、徐々に直してもらうか、もしくはそれを個性にするものもいいかもしれないですよ」

「わたくし、頑張りますわ! ケンセイさんの為にも、本気で指導をしますわ!」

「期待していますよ! シエル」

「はあぅぅっ!」


 シエルさんは興奮状態のまま、ロッテさんのところに戻って行った。


 ところがシエルさんの熱血指導の結果、フェブラ城がほぼ全焼してしまう事態が起きてしまうことになるなんて、この時はまだ思いもしなかったのである。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る