第10話 臨時休業と溢れる炎の愛情
「うわああああああ!?」
「ケンセイさん、わたくしに抱きついてくださいっっ!!」
「ひっひぃぃっ!」
一瞬の出来事だった。
まさかここまで火力が強くなるとは、思ってもみなかったことだ。とっさのことすぎてどこかに隠れる間も無く、聞こえて来た声に従い必死になってシエルさんに抱きついた。
シエルさんのふくよかな――いや、鍛え抜かれた胸に吸い寄せられるように抱きつくしか手は無かったのだが、思いの外思いきり抱きしめられてしまった。彼女の全身も熱を帯びているが、炎に飛び込むような恐ろしさは感じられない。
例えるなら火照った体といったところか。
「大丈夫、大丈夫ですわ。何があってもわたくしがお守りいたしますから、どうか、どうか――生きて」
シエルさんは申し訳ない言葉とともに、微かに全身を震わせている。
彼女に抱きついてしばらく経ったが、お店を含めて現状が把握出来ていない。
そして――
「おいおい、ひどい有様だな、全く」
「あなた! 一人で隠れてケンセイさんを守りもしないなんて!!」
「しょうがねえだろ。あたしは氷は得意だけど、火には弱いんだぜ? クマのことが心配だったけど、シエルが助けると思ったから自分の身を守っただけさ」
「それはそうだけれど、儀式まで交わしておいて冷たいものね!」
「氷の魔王だから冷たいのは当たり前だろ」
「……そういう意味じゃないわよ、全く」
何やら言い合っているが、今の俺はシエルさんに抱きしめられすぎて窒息寸前である。
その力が強すぎて、とてもじゃないが抜け出せそうにない。
「おい、シエル……クマがぐったりしてる気が……」
「きゃあぁぁっ!! ケンセイさん、ケンセイさんっっ!? どうしましょ、どうしましょ!」
「――ったく、クマは人間なんだから抱きしめたらどうなるかくらい……」
シエルさんに抱きしめられてから、意識がどこかにいっていた。
炎に巻かれることは無かったが、シエルさんに抱きしめられていたので似た感じになっているようだ。
ゲームの世界の中に何の力も持たずに突っ込めば、結末は決まりきっている。
まさにそんな状況になってしまうとは。
シエルさんに抱きしめられたまま、どれくらい経ったか分からない。しかしあの世に行かずに済んだのか、さっきからずっとハンモックに揺られているような感覚を覚えている。
これはもしや、赤ん坊をあやすような動きをされているのではなかろうか。
「ケンセイさん、ケンセイさま……ゆっくり、ゆっくり……大丈夫ですわ」
「ん……んんっ……」
「よしよし……そう、いい子ですわ……」
何やら頭を撫でられたり、抱っこされた体を軽く揺らされたりしている。
シエルさんなりの愛情表現というべきなのだろうか。
その状態のままさらに時間が経って、ようやく意識を取り戻した。
「――ハッ!? え、あれっ?」
「ああぁ、ああぁぁん!! ケンセイさん! ああ、良かった……本当にわたくし、どうなることかと」
「シ、シエル?」
「あなたさまのシエルですわ! 本っっ当に……、生きていて良かったですわ」
ちらりと視線を変えると、ロッテさんの姿が見えているが彼女も安心した表情を見せている。もしかしなくても、あの世に行く寸前だったのか。
首を左右に動かすと、店はもちろん城すらも見当たらない。見えるのはシエルさんの泣き顔と、ロッテさんの二人だけ。
やはり城ごと燃やしてしまったようだ。熱血指導させたことで、こんな事態を引き起こすとは。
「だ、抱っこさせてごめん」
「いいんですのよ。わたくし、ケンセイさんを抱きしめた時からこうするって決めていましたの。そのことがケンセイさんを救ったことも事実ですの」
命は助かったが、反省だ。やはり指導は自分が全てやらなければならない。俺の命は置いといても、無駄にフェブラ城を全焼させてしまった。
「ありがとう、シエル」
「わたくしこそ、本当に……! お慕い、愛していますわ……ケンセイさん」
どうやら俺は、シエルさんの愛情表現を一身に受けたことで助かったらしい。
また立て直せばいいとして、まずは命が助かったことを噛みしめるしかなさそうだ。
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