第8話 熱すぎる氷と情熱の狭間で

 ロッテさんの助けを得て、俺は手ぶらのままフェブラ城に帰って来た。

 センバー城に行く途中にはぐれたルトンさんこと、スケルトンさんは自力で帰ったらしい。


 十分な防寒具を身に着けながらフェブラ城に近付くと、やはり暑すぎてすぐに脱いだ。

 防寒具の中は薄い肌着だったので、恥ずかしさからかロッテさんは少し離れて歩いていた。


 そして薄着のままで城内に入ろうとする俺に対し、コスプレイヤー改め魔物の皆さんが、恐ろしい形相で近づいて来る。恐ろしさはあるものの、ホラーゲームで培った慣れがあるので恐怖は感じずに済んだ。


「ギャギャギャ……! オマエ、喰われに来たノカ?」

「いえいえ、喫茶店に戻るだけでして」

「グワッグワッグワッ!! ニンゲンの分際デ、生意気なヤツダ。オマエヲ燃やして焦がしてヤッテモ――」


 ガーゴイルとトカゲに似た二人が俺に詰め寄って来るが、心配になってしまう。

 何故なら俺の後ろには、氷の城の魔王でもあるロッテさんが指を鳴らして立っているからだ。


「――ったく、クマ。あんた、いつも絡まれているのかい?」

「いつもじゃないんですが、一人でいる時は時々ありますね」

「……凍らして粉々に砕いておくけど、それでいいかい?」

「いえいえいえ、そんなことをしたら駄目ですよ! ここはシエルさんの城で、彼らは部下なんですよ? 俺に絡んで来たといっても、何かされたわけでも無いですし……」


 ――などと思っていたら、絡んで来た彼らがいつの間にか石像に変わっていた。これはもしかしなくても、シエルさんの仕業なのだろうか。


「石化されちまったねぇ。シエルの得意技が炸裂ってやつだ! あんたに絡む魔物どもを石化しまくっているんじゃないか?」

「得意技? え、じゃあ開店時の石像ってまさか――」


 開店の時、勇者の爺さんたちが来ていたが、入り口付近にはかなりの石像が並んでいた。

 てっきり開店記念の為に置かれたものとばかり思っていたのに、シエルさんによって相当数の魔物が石化されたことになる。

 

「まぁっ――!! まぁまぁまぁっ! そ、そこに寂しく佇んでいるのは、もしかしなくても……ケンセイさま?」


 石像と化したガーゴイルたちを眺めていたら、奥の方から嬉しそうな声が響いて来た。

 その声とともに、城の中の温度がかなり上昇しているようだ。


 ドゴォンっといった爆発音を響かせ、声の主である彼女は俺に向かって一直線に駆け寄って来る。

 そしてそのまま抱きしめて来た。


「ぁぁぁぁんっっ!! お、お帰りなさいませ!! ケンセイさまっっんんんんんん」

「――!」


 勢い余って口づけをされているようだ。そのまま火傷しそうな温度の液体を体内に流し込まれているような、そんな感じを受けている。


 このままだと体の中から沸騰してしまいかねない。


 シエルさんの抱き締めの力はそれほど強くなく、ふわっとした柔らかさを感じている。それは良くても、間違いなく燃えきってしまう恐れがありそうだ。


「やれやれ――ブリザード!」


 パチンとした指ならしが聞こえたと思ったら、急に体が冷えて来た。これはもしや、ロッテさんのおかげなのでは。


「あ、あなたっっ!! どうしてフェブラ城に!? わたくしの許可なく立ち入るなと、二百年前に言ったはずでしょう!」

「そうだったか? それよりも、いい加減解放してやんな! クマが燃えちまうよ」

「……あらっ? まぁ!! どうしましょどうしましょ……ケンセイさま、しっかりなさって!!」


 まさか熱烈な口づけであの世に行きかけることになろうとは、これも魔王嬢に見初められた者のさだめなのかもしれない。それにしても二百年前に約束ってすごい会話だ。


 やはりシエルさんも魔王なんだなと実感する。


「ううぅぅん……さ、寒すぎる。凍えそう……」

「む、難しいな」

「あなたはケンセイさまに触れないでちょうだい! ケンセイさまが凍え死んだらどうしてくれるのっ! わたくしが暖めて差し上げますわ!!」

「ううううううう……あ、熱すぎる……焼けてしまううううう」

「おいおい、クマを死なす気か? あたしに任せておけっての! ほら、クマをあたしに預けな!」


 何とも言えない環境の中に挟まれているような気がしてならない。寒くて凍えそうかと思えば、熱すぎて焼けてしまいそうな感覚が何度も襲って来ている。

 

 まるで溶岩の中と絶対零度の中に、片足ずつ突っ込んでいる感じだ。


 しかしそれとは別に、売れ残って冷えきっても弾力を残したあんまんと、長いこと温めすぎて熱を持った熱々の肉まんの二つが、俺の顔に交互にくっついて来ているような気がしている。


「んううぅ……」

「ケンセイさま、ケンセイさまっ!」

「おい、クマ! ――ったく、弱っちいね、全く。これは放っておくわけには行かないねえ」

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