第5話 氷の調達とワイルドな介抱
フェブラ城で喫茶店を開業してから十数日が経った。
数日といってもまともに外に出ていないので、はっきりとした日数経過はよく分かっていない。
フェブラ城の管理者でもあるシエルさんことルコシエルさんは、日に日に仕事に慣れて来ている感じだ。
お皿もほとんど割らなくなったし、挨拶も自然に出るようになった。
心配していた常連客のルトンさんは相変わらず垂れ流し状態ではあるが、体質なら仕方が無いということで特に気にしていない。
「シエルさん、奥のお客さんの分です」
「は~い、ただ今お持ちしますわ!」
客の数はというと、一日平均五人くらい。
それもそのはずで、食材をまだまともに確保出来ていないというのが関係しているからだ。
大体出るというか出せるメニューは、コーヒーか果物ジュースだけだったりする。
そのせいで、氷がそろそろ足りなくなりそうな感じだ。
シエルさん曰く、フェブラ城では火は豊富に生み出せるものの、氷は厳しいらしい。
「わたくし、火は得意なのですけれど、氷はとっても相性が悪くて……」
「相性……ですか? うーん、それは困りましたね」
「……ケンセイさま。わたくしは訳あって行けないのですけれど、氷を調達しに行かれますか?」
「え、僕がですか?」
「ええ。本当に申し訳ないのですけれど、センバー城に行けば嫌でも氷が手に入りますの。もしよろしければ、ケンセイさまに行って頂けたら……」
そういえば久しく外に出ていない。
その意味でも、外に出て新たな客を見つけて来るというのも手ではある。
そもそもフェブラ城に来る前に、いくつか城がそびえ立っていたのは知っていた。
他の城を全く知らないというのも、今後の商売において不利になりそうだ。
しかしずっとシエルさんに守られている感じがあるせいか、一人で向かうのは結構不安でもある。
「し、しかし……何となく不安がありまして」
「相性は悪いですけれど、氷のアレはわたくしについで優しいはずですわ」
「優しい? あ、女性ですか?」
「……センバー城にいるのは、わたくしの妹ですの」
もしかしていくつか見えた城の管理者は、全員シエルさんの関係者だったりして。妹ということを聞けば安心はするが、やはり不安すぎる。
「向こうは僕のことを知りませんよね?」
「いいえ、この地にいらっしゃった時点で、ケンセイさまは知れ渡っていますわ。でもそうですわね、わたくしの代わりに護衛をお付けしますわ!」
護衛とは、随分と大げさな感じだ。
でも見知らぬ人間が城に入れば、睨んで来るだけでは済まない可能性がある。
そうなる前に護衛を付けてくれるのであれば、拒む理由は無い。
「ええと、どなたが?」
「スケ――ルトンですわ。顔馴染みですし、氷にも強いのでケンセイさまには安心材料かと」
「ルトンさんならそうですね! そ、それじゃあ、行って来ます」
「……ケンセイさま。どうか、早めにフェブラ城にお戻りくださいまし」
上目遣いで俺の両手を握って来たシエルさんからは、とても熱い気持ちが感じられた。
出会ってまだ十数日だが、すっかり打ち解けた気がする。
クーラーボックスを肩にかけ、俺はルトンさんの案内の下、一番遠くに見えるセンバー城へ向かった。
城ごとに分けられた商店街のような通りには、相変わらずひと気が無い。
やはり城の中に何でも揃っているというのも、関係しているのだろう。
「うぅっ、急に冷えて来ましたね。ルトンさんは大丈夫ですか?」
「ヘイキデス。ケンセイサン、アンシンシテクダサイ」
「はい、頼りにしていますよ」
――とはいうものの、センバー城に近付くにつれ、急に吹雪いて来た。
その足取りは重く、俺はもちろんルトンさんも、思う様に前に進めなくなっている。
氷には強いということだが、吹雪にはさすがに苦戦しているらしい。
むむぅ、これは想像以上に寒いな。
「ケンセイサマ……? ケンセイサマドコニイキマシタカ?」
前がよく見えないまま地面だけを見て歩いていたら、ルトンさんとはぐれていた。
これはもしや遭難なのでは。
「……うぅぅ、凍えそうだ」
手足の感覚があまり感じられず、もはやどこを進んでいるのか分からない。
そう思っていたら、すでに意識は無くなっていた。
沈みゆく意識の中で微かに聞こえて来ていたのは、ワイルドそうな女性の声だった。
「――おい、あんた! しっかりしな! ――ったく、人間ってのは相変わらず弱っちいねえ。あたしが介抱してやるからな!」
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