第4話 シエルさん、ご奉仕する
「すみません、シエルさん! テーブル席を拭いてください」
「は~い、今すぐ!」
シエルさんが招待した白髪髭の老人は、どうやら勇者と呼ばれる職業の人だったらしい。
その人の部下は騎士だったわけだが、騎士はともかく勇者なんてゲームに出て来る時以外に聞いたことが無かっただけに、初めは疑ってしまった。
しかし俺が知らないだけで、この世界には割と多くいるとのこと。
シエルさんが言うには、だからこそ長い年月が経っても交流が続くのだとか。
そんな交流のおかげで来てくれて、コーヒーを頼んでくれただけでもありがたかった。そしてようやく、クレーマーとして名を馳せそうだった勇者一行を何とか帰すことが出来た。
一組だけの接客だったが、シエルさんに聞いてみた。
「どうですか? やっていけそうですか?」
「同じ初代でも、わたくしはあのジジイ勇者とは色々かけ離れていますの。ですから、ケンセイさまに下手な真似をしたら、いつでも
何か別の意味に聞こえた気がするけど、きっと気のせいだろう。
シエルさんには厳しかったが、あの人は俺には結構紳士的だった。
さすが勇者を職業とするだけのことはある。
そんなことを感心していたら、景気よく次の客が入って来た。
「いらっしゃいませ~! って、あら? あなた……スケ――ルトン?」
テーブル席を限界まで綺麗に拭いていたシエルさんが応対してくれたが、どうやら知り合いのようだ。
派手な鎧を着た勇者とは違い、次の客の外見は体格のいい大人の男性のように見える。全身を茶色いコートで覆っているうえ、洒落た帽子を深々とかぶっているせいで、顔はよく見えない状態だ。
「シエルさん、お知り合いのお客様ですか?」
「そ、そうですの! 実は数年前までわたくしの秘書でしたの」
「秘書ですか? そうすると、結構近しい――」
「そんなことはありませんのよ? わたくしは、ケンセイさま一筋! 他には何もいりませんの!」
シエルさんの元秘書だった人か。
それはともかくとして、シエルさんに想われているとは驚きだ。
年若くて綺麗な人なのに、何だかもったいない。
「そ、それはそうと、秘書さんのお名前をお聞きしても?」
「コレはスケ……ではなく、ルトンですわ。そうでしょう? ルトン」
「……ハジメマシテ、ルトンデス」
「ルトンさん、初めまして! 早速ご来店ありがとうございます! 僕はオーナーの熊 賢盛と言います。今後ともよろしくお願いしますね!」
「ワカリマシタ」
どこから声が出ているのか微妙だが、ルトンさんは元秘書だけあって礼儀正しい。もしかしたら常連になってくれそうな、そんな雰囲気を感じてしまった。
しかし――。
「ありがとうございました。またお越しください」
時間にして結構長くくつろいでいたルトンさんで、結局この日の来客を終えた。
勇者一行とルトンさんの二組だけだったが、まずまずだと思う。
しかし、後片付けの清掃に入ろうとした時だった。
明らかに床が濡れていて、しかも提供したブラックコーヒーが一面に広がっていることに気付いた。
「シエルさん! すみませんが、床が大変なことになっていまして……お願い出来ますか?」
「あら~……やはりそうなったのね」
「え?」
「お恥ずかしいお話なのですけれど、聞いて頂けますかしら?」
もしかしなくても、さっきのルトンさんが何か関係しているのだろうか。
そうだとしても怒れるものでもないけど。
「はい、何でしょうか?」
「ケンセイさまには隠さずにお話致しますわ。実は、さっきの元秘書は……液体系を消化出来ない体ですの」
「消化出来ない? そ、それは大変な体ですね……」
色んな体質があるから何とも言えないが、常連となってくれたとしても毎回のように床が濡れるのか。
これは大変な事態だ。
「――ですので、コーヒーやお茶……ジュースもですけれど、全て床に……お恥ずかしい限りですわ」
「じゃあ、あの人が来たらその度に?」
「そうなりますわ。ですけれど、ケンセイさま! ご心配には及びませんわ。わたくし、その度にご奉仕を致します!」
ご奉仕って、これも聞き方によっては変な勘違いをしそうになる。
元秘書さんのことだからそう言ってくれているんだろうけど、中々大変なのではないだろうか。
「シエルさんがそう言うなら……お任せすることになりますが、いいんですか?」
「ええ。そ、それと、ケンセイさまにも、いつでもご奉仕を出来ますので……いつでもおっしゃってくださいませ」
「あ、ありがとうございます」
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