第3話 初代クレーマー、来店する
「ケンセイさま、ここに立てかけて置けばよろしいのね?」
「はい、そこでオッケーです!」
「――って、あらあらあら……きゃぁっっ――!!」
ガッシャンガシャンといったお皿の割れる音が、部屋というか城中に響く。
これで何度目だろうか。
やはりやったことが無い動きのようで、シエルさんは何度もお皿を割り続けている。
喫茶店として開店させるために城の中の一区画をくり貫き、突貫工事で作ってくれたらしい場所は、思いきり城の中心部にあってどうしても目立ってしまう。
その上シエルさんは、この城の管理者だ。
広間にいる多くの部下が彼女を心配そうに眺めるのは当然であり、時々俺のことを睨んできたりするのも、仕方が無いといえば仕方が無い。
しかし睨んで来た直後、シエルさんが無言の圧力で相手を睨み返してくれているようだ。
そしてその度に、店の入り口付近には立派な石像が多く設置されたりして、開店に相当な期待をかけられていることが分かる。
「またお祝いの石像が増えましたね。すみません、シエルさん。でも僕は気にしていませんので、シエルさんも気にしないでくださいね」
「で、でも……お店でのこともそうですし、ケンセイさまのことは事前に伝えていますのよ? それを睨むなんて! 全て石にしてあげようかしら……」
シエルさんは俺の寝室も、突貫工事で作ってくれた。
しかも城の最上階で、シエルさんの部屋のすぐ隣だった。
最初は気恥ずかしかったが、お茶やお菓子を持って来てくれたりしたので、緊張はすぐに解けた。
そこからは喫茶店を開店する為の作業に集中して、後は席の位置や今後のシフトのことを話すだけの状態にまで進んだ。
開店時間は特に決めていない――というより、この城の住人の活動時間がよく分からない。
さらにずっと城の中にいるというのもあって、外の状況もいまいちつかめていなかったりする。
そして現状は食材がほとんど届いていないこともあり、提供出来るのはコーヒーかお茶くらいだ。
これではいくら入り口が華やかでも、客が文句を言うのは必然だろう。
「そろそろ開店しますか」
「はいっ! 実はケンセイさまには内緒で、外の人間ども……コホン、かつてわたくしにしつこく迫って来た友人たちに、招待状を送っておりますの! きっと来てくれるはずですわ」
さすがシエルさんだ。
いくつか見えていた城の一つを管理しているだけあって、事前準備も万全すぎる。
しかも友人たちということは、結構な来店客を見込めるのでは。
「それは楽しみですね! シエルさん、落ち着けばきっと上手く運べますからね!」
「そうですわね! わたくしが落ち着けば、スーハースーハー……」
――可愛いお人だ。
失礼ながらそう思っていると、城の外からドーンといった轟音が鳴り響く。
「い、今の音は、何でしょうか!?」
「……来ましたわ。昔からやり方がちっとも変わらないのね。何て古典的なのかしら」
「え?」
心配になって様子でも見に行こうかと思っていると、店入り口の石像付近に何とも派手な鎧を着た白髪髭の老人と、大げさな騎士鎧を着た若者が数人立っていた。
「ケンセイさま。ま、まずは挨拶ですわよね?」
「はい。ではご一緒に……」
第一声だけでも揃えて挨拶をした方がいい。
それが客商売の第一歩でもあるからだ。
「いらっしゃいませ!」
よし、いい挨拶が出来た。
シエルさんもいい声が出たようで、ほっと胸を撫で下ろしている。
最初の客ということで、案内する席も基本的には自由に選ばせることにした。
しかし――。
「何だぁ? この店は、客を親切にご案内も出来ねえのか?」
「そうだそうだ!!」
「外の世界じゃ、当たり前に出来てることがこの城じゃあそれすら出来ねえってのかぁ?」
「その通りだ!」
これはもしやクレーマーというやつでは。
そもそも他に客もいないからこそ、ご自由にお座りくださいスタイルなのに。
それに石像付近に、そういう案内も出していたはず。
声掛けをわざわざしなくてもいいくらい、客はこの一行だけだというのに。
特に態度が悪いのが、白髪髭のじいさんだ。
真新しいテーブル席が気に入らないのか、バンバンとテーブルを何度も叩いている。
「ケンセイさま……どうされますか?」
「とりあえず、注文を聞いて来てください。その時にもしシエルさんに絡んだら、僕が助けますから!」
「まぁっ!! あんなジジイよりも、よっぽど立派な勇者ですわ! ケンセイさま、それでは行って来ますわね!」
勇者か。前職はただのサラリーマンだったんだけど。
でも言われて悪い気はしない。
まずはシエルさんのウエートレスとしての第一歩だ。
彼女のお手並みを拝見しよう。
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