第2話 シエルさん、身も城も焦がす

「ケンセイさま、こちらへお進みになって」

「え、し、しかし……」

「ご心配には及びませんわ! ここに並ぶモノたちは、全てわたくしの配……部下ですの。羽根が生えていたり、角が伸びているだけで決して怖くはありませんの」


 シエルさんの後をついて歩いてすぐ、何とも神々しい雰囲気の広間に着いた。

 広間には俺とシエルさんを迎え入れるように、両側に立ち並ぶコスプレイヤーたちが整列を見せている。


 どう見てもガーゴイルやデーモンに見えるが、この城ではバラエティーに富んだコスプレイヤーばかりが暮らしているらしい。


 喫茶店を出すとしたら、住人が多く行き交う広間に近い所が良さそうだ。


「ええと、シエルさん。お店の場所はどこになりますか?」

「そうですわよね、気になりますわよね」

「はい。新しく始めるので、集客を考えればこそ気になるものでして」

「ケンセイさまのその燃えるような情熱は、きっと成就すると思いますわ! わたくしもあり余って仕方が無い力を、惜しまずに全力でサポートさせて頂きますわ」


 何て頼もしい女性なのだろうか。

 城の中に案内された時、薄暗くてよく見えなかったシエルさんの姿をようやく眺めることが出来た。


 その姿は、見た目からして頼もしさがありすぎるものだった。


「それにしても……シエルさんは、格闘か何かの心得があるんですか?」

「え、ええ、そうですわね。今より若い時代に、城へ攻めて来た者たちを何度も何度も……」

「え!? 襲われたんですか?」

「――昔の話ですわ。今は引退の身ですし、今ではいい思い出ですの。も、もしかして、ご心配を?」


 昔というが、俺から見たシエルさんは艶々つやつやしい肌をさせている。

 

 漆黒のドレスから露わになった筋肉質の腕と、ドレスと同様に漆黒の長いストレートヘアを見る限り、結構年若い女性なのでは。


「それは心配しますよ。シエルさん、お綺麗ですから」

「まぁまぁまぁ!!! わたくし、ケンセイさまには何不自由の無いお店経営をお約束いたしますわ!」


 年齢の程は分からないが、聞くものでは無いし実際若々しいし、褒め過ぎただろうか。

 シエルさんは顔どころか全身を真っ赤にさせながら、歩いている。


 気のせいか城の中がかなり暑くなっているが、それだけ住人が多いということなのだろう。


 そうしてしばらく歩き続けたところで、ようやく喫茶店に出来そうなテナント区画が見えて来た。

 頑丈そうな石材造りの空間だが、それらしくくり貫かれたようなそんな場所だ。


「ここですね?」

「ええ! わたくし、とっても気合いを入れましたのよ? お喜び頂けるか不安でしたけれど、どうかしら?」

「最高じゃないですか! ここなら広間にも近いし、住人の方々も来やすいと思います」

「ああぁっ!! ケンセイさまっ!」


 何だかとんでもなく喜びを露わにしているが、俺としてもまさかこんな優良物件だとは、正直思っていなかった。


 これなら努力次第で客を呼び込めそうだ。


「それでは、シエルさん。中に入りましょうか?」

「かしこまりましたわ!」


 石造りの空間にテーブル席をいくつか置いて、椅子……それと、鍋とかコーヒーカップ、お皿か。

 不動産屋の話では、現地で全て手に入るという話だった。


 そうなると、城の管理者であるシエルさんが、それらを担っているということに違いない。

 そしてお店のことも気になるが、問題はどこで寝ることになるのか。


「シエルさん。聞いてもいいですか?」

「はい、何なりと!」

「お店のことは一緒に準備していけばいいんですが、あの、僕はどこの部屋で暮らせますか?」

「寝るお部屋ですの? それでしたら、すでに出来上がっていますわ」


 出来上がっている――ということは、部屋を用意してくれていたみたいだ。

 それなら部屋のことは後回しでもいいか。


 店の内部を作ることに時間をかけるべきだな。

 

「――って、えええ!? な、何で燃えているんだ!? シ、シエルさん!! 火事、火事が!」


 自分の部屋のことを心配する必要が無い――そう思って店になる場所の方に目をやったら、何故か激しい炎が上がっていた。


 シエルさんの姿はどこにもなく、店の場所の中に赤い炎の柱のようなものが見えている。

 まさか柱から出火して燃え移ってしまったのだろうか。


 しかし今の時点で、火が出るような要素は見当たらない。

 そうなると、一体どこから――などと思っていたら、炎の柱のようなところからシエルさんが姿を現わした。


「はぁっ、はぁぁぁん……!!」

「あれっ? シエルさん!?」

「ケンセイさま。取り乱しまして、大変申し訳ございません。わたくしとしたことが、ついつい火力を上げてしまいましたの」


 もしかして、ガスの点火確認をしてくれたのだろうか。

 それならしっかりと教えてあげれば、上手くやって行けそうな気がする。


「頑張りましょうね、シエルさん!」

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