第6話 妹魔王様、口をすべらす

 凍え死んでしまったのではと思うくらい全身が重く、冷たい状態が続いている。

 覚えているのは、吹雪によって前も後ろも見えなくなったまでの光景だ。


 もはやここが日本で、現世なのかと疑う余力も残されていない。

 聞こえて来るのはシャリシャリという氷を削る音と、ガンッといった氷を叩き割る音だけ。


「――んん……氷?」


 聞こえるということは生きているということになるが、何故間近でかき氷が出来上がるような音が聞こえて来るのか。


「おっ、お目覚めかい? あんた」


 あんた――って、いつから俺には姐さん女房風な人が存在したんだ。


「んっ、んはっ!?」


 現実のようなそうじゃなさそうな、勢いそのままに顔を上げた。


「その様子じゃぁ、元気みてえだな! クマだろ、あんた」

「熊って……僕の名は熊 賢盛でして……」

「だからそうなんだろ?」

「――あーはい。えーと、あなたは?」


 口調こそ豪快だが、ショートの銀髪をさせた彼女は、思ったよりも小さくそれでいて華奢な体つきだ。


 しかし出るところは出ていて、透き通るように白いその胸は、何とも言えないものやわらかさを感じさせるものがある。シエルさんの妹がこの人ということになるのだろうか。


「聞いてんだろ? あたしのこと」

「えーと、シエルさんの……」

「あたしは、エデルロッテ・センバーってんだ! 好きなように呼びな、あんた」


 見た目に反してワイルドな妹さんだ。

 しかしさっきから「あんた」呼びをされているのは、何かの意味があるような感じを受ける。


「じゃ、じゃあ、ロッテさんで」

「ふ、ふん。あんたがそう呼ぶなら、それでいいぜ! それで、日取りはいつにしようと思ってんだ?」


 もしかして喫茶店のオープンのことだろうか。

 城が違うと、開店している話が伝わらないのでは。


「日取り……? それならすでに終えて――」

「聞いていない!! あたしはまだ全然聞いてないぞ!」

「うぐぐぐ、く、苦しい……んむむむ」


 何やら興奮状態でヘッドロックをかけて来たが、力が半端なく強すぎる。

 苦しいと同時にものやわらかさを感じているだけに、上手く言葉が出て来そうにない。


「あたしともまだだってのに!! シエルめ……!」


 どうやらシエルさんから伝わっていないのか、相当頭に来ているようだ。

 ロッテさんは俺に技をかけながら、かなり力を入れて来た。


「ギプブブ……ちょっと、落ち着いてーー」

「あぁぁっ……!? あんた、大丈夫かい?」

「ゲホッゲホッ。一体何の話で、何のことか教えてもらえると……」


 苦しいながらもたわわな感触で悶え死にそうだったのは、秘密にしておこう。


「何って、あたしたち王との婚約の儀式を……」

「王? えっと、ロッテさん……いや、シエルさんも含めて王……ですか!? え、どこの……」


 電車で数時間、バスで数時間以上、そこから迷いに迷いながら歩いて来た。

 それがまさか、どこかの王国に迷い込んだのか。


「どこって、あたしとシエル、それに他の城も全部魔王城……って、あ――し、しまった」


 何やら口をすべらせたような、焦った表情を見せている。

 俺にバレてはいけないことだったようだ。


「魔王……魔王ってラスボスの?」

「ええい、バレちゃあ仕方ないね! ラスボスが何なのかあたしには分からないけど、あたしもシエルも魔王さ。あんた、知らなかったのかい?」


 見た感じはそう見えないが、シエルさんやロッテさんは、どこか普通の人間とは違うと思っていた。

 しかし電車やバスを使ったうえ彷徨い歩いたからって、魔王城にたどり着くなんてあり得るのか。


 不動産から紹介された物件資料と契約書を細かく見ていないが、もしかして書かれていたりして。

 聞かされたからといって今さらではあるが、どうすれば。


「知らなかったです。知ったからといって、どうなるものでも無いんですが」

「……へぇぇ? あんた、変わっているねえ! 気に入ったよ! やっぱり、あたしも加えてもらうことにする!」

「ええと、それはそうと氷を――」

「喫茶店とかいう店のお使いだったか? それならとっくに出来ているぜ!」


 喫茶店のことは聞いているようだ。

 ここがどういう世界かはともかく、喫茶店が通じるならそれはそれでいいか。


「じゃ、じゃあ、僕はこれで失礼を――」


 お使いというより、必要な氷を手に入れるだけだった。

 どうやら必要以上の氷を用意してくれたらしいし、後は帰るだけだ。


「待ちな! あんた、寒いのは苦手なんだろう?」

「まぁ、苦手ですね」

「それなら、あたしがシエルの城まで連れて行ってやるよ! そしたらあたしも見に行けるしな!」


 確かシエルさんは、相性が悪いとか言っていたような。

 しかし帰る道が分からないし、ロッテさんに甘えるしか無さそうだ。


「じゃあ、お願いします」

「よし、それなら熊! あんたの指をあたしの口の中に突っ込みな!」

「――はい?」

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