第37話 婚約と処刑(2)
「急に何を言い出すのです!?」
叫ぶウォルリーカを一瞥し、わたしはリュークに目配せする。
「心当たりが、あるのではないか?」
お父様が聞いたこともない冷たく低い声音で言い、王弟一家を睨んだ。
ふいに扉が開かれ、雪崩れ込んできた近衛騎士達によって、王弟一家は包囲される。
「なっ、何だお前達は!?」
ゼウンが声を荒らげ、イルハルドは静かに周りへ視線を走らせている。
「愛しい我が娘の夫に、反逆者を宛がうはずがなかろう。王弟公爵家、イルハルド、ウォルリーカ、ゼウン。其方らを直系・傍系王族殺害未遂の重罪人として処罰する!」
お父様の声と共に、騎士達がダンッと盾を一斉に床に打った。
激しい金属音と共に、騎士たちが三人を追い込んで行く。
「な、何かの間違いですわ陛下!わたくし達がそのようなことをするはずが無いではありませんか!」
この期に及んで、ウォルリーカがそう叫んで哀願するようにお父様を見た。
「無駄ですよウォルリーカ。貴女方の罪はすでに貴族裁判で明かされ、処分は決定事項ですから」
わたしがそう微笑めば、ウォルリーカもゼウンも途端に顔色を失う。
「へ、陛下。違うのです!陛下はこの王女に騙されているのです――」
「黙らぬか!!」
ひっ、と短い悲鳴をあげ、ウォルリーカは押し黙った。
決して大きくはない声で、けれど驚くほど強い語気で放たれたお父様の言葉に、身をすくませる。
「其方等には心底失望した。罰を受け、己の罪の重さを思い知るがよい!」
お父様の声に、ウォルリーカはふるふると震えながら頭を抱え込んだ。
「何故!?何故こんなことに……!わたくしの計画は完璧だったはずなのに!」
「止めろ!来るな、無礼者!!この身の程知らずがっ!」
ウォルリーカとゼウンは、気が動転したように叫び続けた。
イルハルドだけが、冷静に杖を構えている。
「完璧?ずさんにも程がある計画でしたよ、ウォルリーカ。わたくし、暗殺計画を事前に知っていましたもの」
「そうよ、何故知っていたの……!?内部の者しか知らないはずなのに!誰だ!?この裏切り者ものぉぉ!」
美しい顔は見るも無惨に憎悪で歪み、見るもたえない形相でウォルリーカは叫んだ。
「裏切り者?私はいつから貴女の身内になったのだ?」
凛とした少年の声がそう冷たく言い放ち、その場に静寂が落ちる。
その正体を知っている王弟一家は、信じられない物を見るように表情を変えた。
「おっ、お前……!?」
まるで亡霊でも見るようにゼウンが声の主を指さして震え上がり、ウォルリーカは顔を青くして腰をぬかした。
「わたくしの弟が、殺害計画を教えてくれたのですよ」
「弟、だと?」
わたしが声の主の隣に並び立つと、イルハルドが鋭くこちらを睨んだ。
ディウラートが、そこに居た。
無事離宮を脱出した彼は、この国の王子に相応しい豪奢な衣装を身に纏い、冷めきった目で王弟一家を見据えていた。
「ええ。この子は、エルランス王国第一王子、ディウラート・アドティア・アレクシス・ヴィデーン・エルランス。紛れもなく、わたくしの弟です」
わたしは、新しい彼の名を呼んだ。
ディウラートは少し驚いた様子でわたしを見詰める。
無理もない。リュークが説明をしているだろうが、事細かく事情を説明している時間がなかっただろう。
きっと彼も、自らの名を今初めて聞いたのだろう。
アドティアは養子の意、アレクシスは父である国王の名、ヴィデーンは王家の姓、そして最後にエルランス王国の名を背負う、紛れもない王子の名だ。
「違う!そんな訳がない!それはディウラート・ヴィデーンだ!!返せ、返せ返せ!それはわたくしの……!」
杖を振り回すウォルリーカの言葉を遮り、ディウラートは彼女の攻撃を弾いていく。
「貴女の、何です?魔力を利用するための、都合のいい魔術道具ですか?それとも、殴って感情を発散する道具?」
バチッ。バチッ。と、ウォルリーカとディウラートの魔力がぶつかり合う。
けれど、その差は歴然だ。ウォルリーカの攻撃は、ディウラートに軽くあしらわれていく。
最後にはゼウンと共に拘束魔法で動きを封じられ、床に倒れた。
「ディウラート、大丈夫?」
「マリー……いえ、王女様。……大丈夫、です」
たどだどしく紡がれる言葉に、わたしは思わず笑みをこぼした。つい普段の口調で話してしまい、慌ててそれを直す姿が少し可愛い。
「うふふ。それならよかったわ。騙すような真似をしてごめんなさいね。驚いたでしょう?」
「はい、かなり……。正直、まだ何が何だかわからない。この場が収まれば、きちんと説明してくれ……下さい」
ディウラートはつかえながらそう言った。
言葉遣いはつたないのに、しっかりと前を見据えたその姿は、どこか堂々としていて頼もしい。
わたしとディウラートが会話を交わす中、お父様とお母様が寄り添いながら王弟一家が拘束さるていくのを静かに見詰めていた。
放心しているウォルリーカとゼウンをよそに、まだイルハルドが抵抗を続けている。
「いい加減に観念するのだ。何と見苦しい……王家の恥とは思わぬのか」
お父様は、常に期待と信頼のもとに側に置いていた弟の愚行に、顔を歪めた。
酷く悲しげな、今にも泣きそうな顔だった。
「兄上には、私の気持ちなどわからないでしょう。わかってなるものか……」
イルハルドは、鋭くお父様を睨み付けた。
「そもそも、何故このようなことになった?私はことを起こすなら完璧にと言ったはずだが?」
そう呟いたイルハルドは、お父様からウォルリーカへと視線を移す。今回の事件の首謀者は、やはりウォルリーカであったようだ。
「な、何よ!元はと言えば貴方が悪いのですよ!?王妃にしてやるという言葉を信じて結婚したのに、結局玉座を兄に奪われたのだもの!だから貴方に頼らず王位を手にいれるために、セルバーと王女を殺してゼウン以外の王位継承順位の高い者を消そうと思ったのよ!私兵とリドマン侯爵を使って!!なのに、失敗してしまって……」
「何!?そんな報告は受けていないぞ!」
「仕方がないでしょう!?言ったらわたくしを殺したのではありませんか?そんな勝手なことは許さない!」
「当たり前だ、この使えぬ女め!証拠を残してどうする!?だからこのような状況に陥ったのではないか!」
二人が怒号をあげている姿を、わたしは呆気にとられて見ていた。
ウォルリーカは今までの言動で想像できなくもないが、あの寡黙なイルハルドがこのように怒りを露にするとは思いもよらなかったのだ。
「国王を亡き者にし、王の座を取ってかわるのだと言って何年が経ったと思っているのです!?」
「黙れ!そのために立てていた計画が水の泡だ!魔力が多いだけの無能な王を玉座から引き摺り下ろすために、折角アールヴの血を見付け出し、子供を産ませたというのに。これでは貯めていた莫大なアールヴの魔力を使えずに終わってしまう……!」
イルハルドの言葉に、場が凍り付いた。
国王を殺害しようと計画していた事もそうだが、わたしにとって驚きだったのは、アールヴのことを知っていた事実だった。
お父様は表情を険しくし、ディウラートは怒りを露にした。
「アールヴの血のために、母を利用したと?私を産ませたというのか!!?」
杖を構え、ディウラートが叫ぶ。
イルハルドはその様子を一瞥し、嘲るように鼻を鳴らした。
「ふん。だったらどうするのいうのだ?お前も、お前の母も。私にとっては都合のいい道具でしかなかった」
「貴様……!」
身体の奥底から溢れるような強い怒気を含んだディウラートの声音に、わたしは身を固くした。
ディウラートが鋭く杖を振るう。
光線が一直線にイルハルドに向かい、けれど無惨に弾かれてしまった。
「お前などに殺されてなるものか。どうせ死ぬのならせめて、憎きアレクシスを道連れにしてくれる……!」
イルハルドが動くか動かないかと同時に、わたしはお父様の元へと駆け出した。
お父様がお母様を背に庇い、わたしは二人を庇うように立ち塞がる。すると、そのわたしの目の前にもう一人が立ち塞がった。
「ディウラート!」
「陛下、王妃様、王女様。……ここは私が。お下がり下さい」
イルハルドを睨み据え、ディウラートが言った。逃してなるものかと、隙なく杖を構えている。
騎士達がイルハルドへとにじり寄り、徐々に追い詰めて行く。しばし、互いに膠着状態が続いた。
ふいに、イルハルドが着ているローブに手をかけた。そして、その下から現れたのは、大量の魔術道具だった。
「あれは、魔力を貯める魔術道具?何をする気だ?」
「陛下……」
お父様の言葉に、お母様が不安げな声をもらした。
魔力を貯める魔術道具をあれほど隠し持っているとは、予想外だ。もしも魔術道具の中に貯まっている全ての魔力を放出されれば、おそらく室内に居る者達全員の命はない。
「ディウラート。お前の魔力が役に立つ時が来たぞ。自らの魔力で多くの者が死に逝く姿を見るがいい」
ディウラートは歯噛みし、顔を青くした。
人とは思えぬ残忍さを見せるイルハルドに、わたしは怖気が止まらない。
どうしてこれ以上、ディウラートの心を傷付ける必要があるだろうか?
ふつふつと沸き上がっていた怒りが、わたしの中で爆発する。
けれど、下手に動くことはできない。皆の命が懸かっているのだ。
抑えきれない怒りの中、必死に理性を働かせて打開策を練る。
「マリー、こちらへ来てくれ……」
ぽつりと、小さな声でディウラートが呟いた。
わたしはさっと彼の隣へと並ぶ。
「何か、イルハルドを止める方法を思い付いたの?」
「ああ。だから手伝ってくれ。手を繋ぐだけでいいんだ」
「……わかったわ」
何故手を?と疑問に思ったが、それを口に出す余裕はない。
わたしはそっとディウラートの手を握った。
「ありがとう……」
ディウラートが、僅かに微笑んだ気がして、わたしははっと彼を見詰める。けれどそこには、真剣な横顔があるばかりだった。
来る攻撃に備え、騎士達が巨大な結界を張りはじめた。
国王、そしてその家族であるわたし達を守らんとする、何重にも張られた強い結界だ。だが、これで全てを防ぎきれるとは到底思えない。
振り返れば、お父様とお母様も自らの杖を取り出し、結界魔法の呪文を唱えている。
「死ね!その玉座は私の物だ……!」
イルハルドの怒りを孕んだ燃えるような眼が、お父様を射抜いてはぜる。
わたしはぎゅっとディウラートの手を握った。多くの騎士達の結界は、まだ未完成だ。これでは持ちこたえることができない。
イルハルドの体から溢れだした魔力の多さに、わたしは目を瞑った。
――もう駄目!
襲い来るであろう痛みと衝撃に耐えるべく体に力を入れた。
けれど、それとは全く別の感覚を覚え、わたしは恐る恐る目を開く。
「……え?」
繋いだ手から、アールヴの印から、光が溢れていたのだ。
光はわたし達だけでなく、お父様とお母様を、騎士の皆を包み込んで強く強く輝きを増した。
ディウラートを見やると、彼は静かに瞑目し、そして美しい旋律を紡ぎはじめた。
その光は契約の印
彼を守らんとす我が祈りを捧ぐ
守護の光満ち満ちて
彼の愛する者等を抱かん
いつか聴いたことのある歌だった。
ディウラートが教えてくれた、彼の母の形見である歌のうちの一つだと、すぐに思い至る。
歌と同時に光はより一層強くなり、眩しいほどに輝く。
驚くまもなく、イルハルドの放った魔力が襲いかかってくる。
――が、しかし。
結界の如くわたし達を包み守る光が、イルハルドの膨大な魔力を弾き返した。それだけでない。激しい光の束が、イルハルドを襲ったのだ。
目映い光の向こう側で、激しい断末魔が木霊する。
耳を塞ごうとしたわたしを、ディウラートが抱き締めた。
「大丈夫だ」
彼の一言に、わたしはひどく安堵した。
ディウラートの腕の中で、光が収まるのをただじっと待った。
やがて全てが収まると、横たわったイルハルドの姿を確認できた。
「ディウラート、今のは?」
「私にもよくはわかっていない。賭けだったんだ。あの歌がアールヴの印を発動させる歌なら、他の歌にもそれぞれに力や役目があるのでは――と」
彼の言葉に、わたしは静かに納得した。
皆無傷で危機を脱し、騎士達によって王弟一家は拘束された。
イルハルドは外傷こそ無かったものの、多くの魔力を失い、瀕死の重傷とのことだった。たが、優秀な宮廷医達により回復へ向かうだろう。
しっかりと罪を償ってもらわなければ困るのだ。
「イルハルドがあのように思っていたとは……」
お父様の呟きが、虚しく冬の空へ吸い込まれていった。
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