第36話 婚約と処刑(1)
今朝。
各領地の領主や一部の上流貴族など、裁判に参加する代表貴族たちを秘密裏に召集し、貴族裁判が行われた。
その場で公となった、直系・傍系王族の襲撃事件と、その首謀者が王弟一家であったという事実に、会場は大いにざわついた。
集まった貴族の中には王弟派の者も居たが、裁判の場で下手に動くほど愚かな者はいない。
その後、改めて判決が下され処罰が決定し、王弟派の貴族たちはわたしたちの監視下に置かれた。
そして、ここからが更に重要となる。
今のところ、この事件はまだ表向きには調査中となっている。
犯人を特定したこと、物証まで全て揃っていることを、王弟一家、王弟派閥の貴族達に悟られないように動いてきたのだ。
そして今日、その王弟一家を王城に呼び出し、捕らえることになっている。
ゼウンとの婚約を正式に執り行いたいと、数日前に正式に書状を送りっていたのだ。勿論、婚約の話は呼び出すための口実でしかないのだが。
「ようこそお出で下さいました。こちらへ」
王弟一家が王城へやって来た。
わたしは、お父様とお母様と共にそれを出迎える。
本来の王族の婚約などで使われる誓いの間に、王弟一家を招き入れた。
腰を落ち着けると、話題はさっそく婚約についてとなる。
「突然のお話を快く承諾して下さいましたこと、深く感謝致します」
わたしがにこやかに言うと、ウォルリーカはにたりと笑った。
「お礼には及びませんわ。わたくしは以前から申し上げていたはずですよ?王女様の婚約に相応しいのは、ゼウンしかいないと――。結局、わたくしの言った通りとなりましたねぇ?」
見下したような目で、ウォルリーカがわたしを見る。
怪しまれないよう細心の注意を払って立ち振舞わなければならないのに、うっかり怒りを露にしてしまいそうだ。
「……ふふ。そうですわね」
直ぐに捕らえにかからず話を引き伸ばしているのにも、きちんとした理由があった。
話している間に、主の居ない王弟一家の館と私兵を制圧し、抵抗する力を削ぐためだ。
王弟一家の私兵は強力であることが知られており、主である一家と私兵を別々に捕らえて制圧した方がよいと判断したのだ。
また、わざわざ王弟一家を王城まで呼び出したのは油断させる為でもあり、監視下に置くことで王弟派閥の貴族へ助けを求められないようにする為でもある。
それと同時に、ディウラートを安全に保護するためでもあった。
昨日ディウラートに渡した紙には、特殊な透明インクで転移魔法陣が描かれており、書かれた名が転移し、養子縁組の用紙に記される仕組みとなっていた。
昨晩ディウラートがサインし、養子縁組はすでに成立している。
やっと、彼を忌まわしい離宮から救うことができるのだ。
「この度の襲撃事件で、婚約者候補であったセルバーが怪我を追いました。医師によると、後遺症が残るかも知れないとのことでしたわ……。その上、王女であるマリエラを守りきることができなかったことに陛下はお怒りになって。やはり、マリエラの婚約者にはゼウンしか居ないということになったのです。犯人もまだ判明していない状況ですが、だからこそ今婚約に踏み切りたいという訳なのです」
お母様が、涙ながらにそう訴えかけた。
何も知らなければ演技だとは思えないが、セルバーの後遺症の話も、お父様がお怒りになった話も、犯人が判明していない話も、婚約の話すら、全てが嘘だ。
お母様の演技力に感心しつつ、わたしも負けじと言う。
「セルバーは襲撃にあったとき、わたくしを置いて逃げようとしたのです……!やはり、わたしくが頼れるのはゼウン従兄様しか居ないのだと、改めて思い知らされましたわ。ゼウン従兄様、わたくしと婚約しては下さいませんか?」
上目遣いでゼウンを見れば、何ともだらしのないしたり顔で笑っていた。
「はははっ!ようやくこの私の真価を見出だしたようだな、マリエラ。良いだろう、どうしてもと言うのなら、婚約してやらなくもないぞ」
何を言っているのだこの男は、とは、口が裂けても言えない。
「まあ!ありがとうございます!」
わたしは適当に持ち上げて機嫌を取りつつ、時間を稼いだ。
どんどんと上機嫌になっていくウォルリーカとゼウンを横目に、イルハルドは無表情を決め込んでいた。
相変わらず、何を考えているかわからない。
「既に伝えていると思うが、今日婚約の契約書に名を書いてもらうことになるが、良いだろうか?より王家の結束を強め、王女に牙を剥いた反逆者を捕らえよう」
お父様が力強くそう言って、期待を込めるように三人を見た。
ウォルリーカは得意気に頷いて見せる。
「勿論ですわ、陛下。お任せ下さいませ」
どの口が言っているのかと呆れている所に、リュークが入室して来た。
わたしは、さっとお父様とお母様に目配せする。
「そろそろ、契約書に名を書きましょうか」
「ああ。今後について話さなければならないことも山程ある。先ずこちらを済ませなければな」
お母様の言葉にお父様が同調し、イルハルド達もそれに同意した。
場が整うと、僅かに緊張が走る。内々で行われるとは言え、婚約は公式の儀式なのだ。
「王女マリエラと、王弟嫡男ゼウン・ヴィデーンとの婚約を、今ここに認める」
朗々としたお父様の宣言のもと、リュークが婚約を誓う契約書が差し出して来た。
それと同時に、机の下で紙を一枚渡してくれる。
『王弟殿下の館の制圧が終了致しました。ディウラート王子殿下の保護も無事終了し、隣室にお控え頂いております』
ちらりと紙に目を通し、 わたしは呼吸を整える。
リュークが入ってきたのが成功した合図だったのだが、こうして文章にして見るのとでは安心感が随分と違う。
安堵の息を漏らしそうになるのを堪えながら、気を引き締めて直して お父様に向き直った。
「恐れながら国王陛下。わたくしはこの婚約の書に名を記す事はできません」
わたしの発言に、お父様はぴくりと眉を動かし、向かいに座る王弟一家は動揺を隠す事なく声を上げた。
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