第21話 相手の目的、こっちの目的

「あと二つ、聞いてもいいかしら」

「はい。どうぞ」


 了承を得て、問う。


「最初の質問に戻るわよ。アタシ達が最初にアナタと会った時、背中から生えていたあの化物はなに?」


 話が戻った。

 最初に聞こうとしていたはずが、いつの間にかアンディの故郷から現在に至るまでの内容が終わり、最後に聞くことになっていた。

 予定とはズレたが、むしろ話が分かりやすくなって良かった。


 ……レオナのおかげだな。


 彼女がアンディと打ち解けてくれたからだ。猫獣種フェリディエでなければ惚れていたかもしれない。


「あれは……ボクもよくは知らないのですが、固有魔術ノーブルアーツ? というものらしいです」

「やっぱりね」


 予想通り、と頷くキャシー。公人も思わず納得した。

 暴走状態だったとはいえ、あれだけ強力な存在を意識もなく保てていたのだ。

 個人によって効果が大きく違いながら、いずれも強力無比で魔術の枠を外れた大魔術。

 あの魔人がそうなのは、むしろ自然なことだった。

 同時に、親近感も沸いた。公人も固有魔術ノーブルアーツ持ちだから。

 それでいて、相応しい、、、、とも思った。


「あの状態にはよくなるの?」

「いえ。ボク、魔力保有量が少ないんですけど、魔術を使い過ぎたりすると出てくるみたいです。意識がなくなるので覚えてはいないんですが、なんとなく、出で来たな、っていうのは分かって……」

「残存魔力量か急激な魔力消費がトリガーってことかしら。なるほどねえ」


 ひとまずは魔術を使わせなければ問題なさそうだ。

 田舎では家事や仕事で魔術は必須だが、サムナみたいな大都市であれば魔道具一つで事足りる場合が多い。

 魔道具も使用者の魔力を糧に稼働するが、同じ魔術を使うよりは少ないらしい。現に公人も『魔弾』を使うよりコンロ型の魔道具を使う方が楽だ。使い過ぎなければ問題ないだろう。


「もう一つ。アナタを買ったのは誰?」

「え?」

「誰がアナタを買ったのかが判れば、そこから芋づる式に色々判るの。買った張本人のことは勿論、儀式の目的、売った相手とかね」


 最後になったが、最も重要な質問だ。

 何せ、事件解決の鍵になる――


「――ボク、まだ売られていませんよ?」

「なんですって?」

「あの儀式をしようとした連中が、お前を買ったんじゃないのか?」

「いいえ。ボクを買った人……ああ、いえ、村からボクを買った人に連れられて、あの洞窟? のところまで行ったのは覚えていますけど……」

「えっと、人身売買組織があそこに連れていった、ってこと?」

「はい」


 レオナの解釈が肯定される。


「どういうことだ?」

「……売る目的じゃなくて、アンディ自身が目的だった? でも、何の為に……?」


 返答はなかった。だが漏れた呟きが、公人の思考を刺激した。

 アンディが目的? なぜ?

 彼女が持つ固有魔術ノーブルアーツは強力だ。しかし制御が効かい以上、いつ爆発するか分からない爆弾のようなもの。人身売買を生業にするなら、貴重性を売りに早く売ってしまえばいいだろうに。

 相手は慈善活動家ではなく犯罪組織だ。あまり賢い選択だとは思えない。

 それとも、高いリスクを払ってでも儀式を行うメリットがあった?

 固有魔術ノーブルアーツ。儀式。メリット。何かが引っ掛かる。

 もう少しで何か思い出せそうな――


「ん。大変だったね」


 ――と、かかった声に意識を向けてしまった。

 よく見れば、声は自分へ向けられたものではなかった。

 優しく、柔らかに、レオナがアンディを抱きしめていた。


「えっ、あの、ちょっと……!」

「大丈夫だよ。ここには優しい人しかいないから。あなたに酷いことする人も、傷付ける人もいないの。いつまでもここにいていいんだからね」


 ゆっくりとあやすように、呼吸に合わせて頭を撫でる。

 まるで聖母の宗教画だ。種族が違っても、慈愛の心は変わらない。

 一方で、羞恥の方が勝るアンディは、極力レオナの肌に触れないように離れようとする。しかし同じ女性とはいえ、冒険者の猫獣種フェリディエと少女では力に差がありすぎる。

 簡単に抱き寄せられて、もう呻くことしか出来なくなった。


「恥ずかしいです……」

「えー、いいでしょ?」


 まるで仲の良い姉妹みたいな会話をする二人。

 そんな微笑ましい光景を眺めている内に、記憶の引っ掛かりを取るタイミングを逃してしまった。小さな棘に服の糸が一本絡まってしまったような不快を感じてしまうが、今日はもう思い出せそうにない。

 そんなことなど知らずに、レオナの視線は男共に向けられた。


 ――もういいでしょ。


 口だけを動かして、そう言った。

 同意見だった。

 必要なことは聞き出せたし、これ以上根掘り葉掘り聞いたところで、アンディの過去を抉るだけだ。これ以上、彼女の辛い表情は見たくない。

 キャシーに目配せすると、反対はなく、軽く頷いた。


「さて、小難しい話はもうおしまいにしましょう」


 手拍子で締めて、立ち上がる。

 全員の視線がキャシーに集中した。


「これからは別の問題を解決する時間よ」

「別の問題……?」


 一人だけ分からずに、毛皮の中で疑問を浮かべるアンディ。


「ええ。安心なさい。非常に簡単なことよ」

「はあ。それはいったい……?」


 それは、


「――全員準備なさい。ショッピングの時間よ」

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