第20話 実は彼女は

「……悪いな、喋れる範囲で構わないから」

「いえ……大丈夫です。ありがとうございます」


 描いて張ったような笑みで、面を上げるアンディ。

 そこへ、いつの間にか席を立っていたレオナが小皿を持って戻って来た。


「ね、これ食べながら話さない?」


 砂糖を塗した揚げ菓子だった。

 雑穀を粉末にしてから揚げた、一口大のカール形状。疲れた体に程よく甘く、間食としてキープしてある愛用のおやつだ。

 何気に人数分の紅茶も用意してある。公人が返ってくる前から準備はしていたのだろう。

 こういう風に気が利く辺り、レオナの女子力はかなり高い。


「どうぞ」

「あ、ありがとうございます」


 アンディの隣に座り、彼女へと差し出す。

 遠慮がちに摘まんで、一口。


「あ、おいしい……」

「良かった」

「こんなにいっぱい砂糖が使われているお菓子、初めてです」

「大きな都市と、その周辺にしか流通してないからね。アンディの地元はどこ?」

「あ、えっと、マスカルって村です。サムナからは……どっち方向か分からないですけど、国の端の方って聞いています」

「国境沿いかな? じゃあ貿易品とかが盛んなの?」

「どうでしょう。今まで村の外に出たことなかったですし、どれがどの国のものかは……」

「そっか。他の村や町を見ないと比較できないもんね」

「はい。ああ、でも、食べ物に関しては自給自足がほとんどだったかもしれません。便利な道具とかは、行商人から買っているのは見たことありますが」

「じゃあ、あまり調味料とかは手に入らなかった?」

「ですね。ハーブで風味付けしたり、煮込んだり蒸したり、野菜の甘味を引き出すのが多かったです」

「あ、私そういう料理好きかも。というか猫獣種フェリディエって基本味付けとかしないで食べるから」

「へえ、そうなんですね」


 公人は、キャシーと後ろを向いた。


「めっちゃ盛り上がるじゃん」

「アタシも歳ね。ああいうの、昔はアタシの役目だったのに」


 三人の中で最も年齢が近く、唯一の同性ということもあるだろう。

 野郎二人を置いてけぼりにして、二人の会話はどんどん進む。


「だけど気になるわね」

「何がだ?」

「シュリーク村の近くにいた理由よ。この辺りから国境沿いの村まで、かなり遠いわよ」

「引っ越してきた、とか?」

「だったらなおの事あそこにいた理由がないでしょう」


 確かに。シュリーク村の住人はアンディのことを知らなかった。サムナに引っ越してきたとしても、あんなところで謎の儀式をしている理由に欠ける。

 向き直り、負けじと公人も参加する。いや何に負けるのかは知らないけど。


「な、なあアンディ」

「はい?」

「アンディはなんでこっちに来たんだ? 家族は?」

「あっ……」


 また曇った。なぜ。


「キミト、アナタねえ」

「え、俺のせい? キャシーのおっさんだって気になってたろ」

「聞き方ってもんがあるでしょう」

「そんなにおかしかったか⁉」

「あ、いえ、気にしないでください」

「気を使わせて本当に申し訳ない!」


 すぐさま謝罪し、話を続ける。


「家族は……いません。数年前に……」

「それは……悪いことを聞いたな」

「いえ、もう昔のことなので」

「マスカルから来たって言ってたわね。まさか一人で?」

「あー……それは」


 かなり言い淀む。しかし重要だ。

 本当に一人で来たのなら問題ない。親がいなくなって、仕事を探しに都会に越して来たのかもしれない。

 だが、そうでないのなら。物事は、深刻の度合いが増す。


「……実は売られ……いいえ、売ったんです。自分を」


 日本育ちの公人には、にわかに信じられないことだった。

 自分を売る。それは、売春や水商売という形で耳にしたことはある。


 ――ここは異世界だ。日本の常識とは異なる。

 この世界にとって、自分を売る、というのは即ち


 人身売買。


 いわゆる奴隷商売だ。身寄りのない相手を言葉巧みに、あるいは拉致同然に連れ去って、商品として扱う。売られた先では、人としてではなく物として扱われる。

 当然違法だ。しかし場所によっては、口減らしを兼ねて黙認されていると聞いたことがある。

 田舎育ちで、家族はいない。人身売買組織にとって格好の獲物だ。

 過去に触れる度、彼女の表情は暗くなった。これで望んだ行為だと受け入れるほど、公人の頭は平和ボケしていない。

 理解した途端に腸が煮えくり返る。


「クソッたれが……!」


 気取られないように、口を隠して小さく叫ぶ。

落ち着け。怒りを向ける相手はここにはいない。ただ闇雲に吠えてもアンディを驚かすだけだ。

 瞼を閉じ、深呼吸を繰り返す。

 その間は、キャシーが埋めた。


「なるほどねえ。なら、自ら望んでシュリーク村付近に来たわけではないのね」

「はい。村から出た後は、あの人達もどこに行くのか教えてくれなくて……。だから、ここがサムナだって聞いた時はびっくりしました。名前だけは、聞いたことがあったので」

「その人達の名前とは分かる?」

「いいえ」

「じゃあ、あの儀式についてはなにも?」

「知りません……そもそも、魔術についてはあまり詳しくないので」

「そう……そうよね」


 アンディの言葉を受けて思案に没するキャシー。

 大した時間もかからずに、次の質問が浮かんだようだ。

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