第19話 女と主役は落とせるか

 公人を帰らせた【外界への翅タラリア】の事務室。

 ヨーリと秘書が、視線だけを合わせる。


「アイツは白だと思っちゃいたが、こんな情報を持ってくるたァな」

「ですが、単なる報告忘れの可能性もあります」

「昨晩顔合わせておいてか? オレァ自分トコの子分をそンな風には育てちゃいねェ」

「どちらにせよ、裏取りは必須ですね」

「だな」


 酒を煽る。

 鋭い切れ味が、喉を駆ける。


「ったく、アイツももう少し勘が鋭きゃ望むモンになれるっつーのによォ」

「最近は鈍感系というのも流行っているそうですよ」

「かァー! 鈍感なヤツが女も主役も落とせるかよ!」



「……結局何の用だったんだ?」


 結局話したのは昨日の件だけ。主の話ではヨーリの方に用事があったように思えたが。

 どうにも意図が掴めぬまま、とうとう家にまで帰ってきてしまった。

 見た目通り、狸親父という言葉が当て嵌まるような男だ。どうせ表に見せぬ部分で何かを企んでいるに違いない。それを探り当てるには、公人には難易度が高すぎた。

 何も言わなかったということは、公人の力を必要とはしていないということ。

 悔しくはあるが、これ以上考えても仕方ない。

 ドアを開けて、帰宅した。


「ただいまー」


 そのままリビングに直行する。


「おかえりー」

「おかえりなさい。パパはなんて?」

「さあ? 結局、昨日の件を報告して終わりだった」

「なにそれ。呼び出されたんじゃないの?」

「こっちが聞きてえよ……お、」


 飲み物でも取ろうとキッチンに向かおうとして、気付いた。


「よっ、起きたか」

「あ、はい」


 申し訳なさそうに、テーブルの端に身を寄せる少女。

 昨日、救出した少女だ。

 来ている服はレオナのお下がりか、少々大きい。猫獣種フェリディエは毛皮があるため着込む服は好まず、必然として比較的露出度が高い服装になる。加えて少女が小柄ということもあり、手足のみならず、腹すら曝け出してなお、肌との間にかなりの余裕がある。

 残念ながら胸は絶無……、いや、だからこそもう少し近づくだけで、胸元が見えてしまう。

 一瞬、誘惑されてしまいそうなのを堪え、彼女の真紅の瞳に集中する。


「お二人から聞きました。助けていただき、ありがとうございます」


 派手な赤髪赤瞳ルベウスの外見とは裏腹に、小さな声で礼を述べる。


「気にしないでくれ。ついでみたいなもんだ。ああ、俺は伊達公人っていうんだ」


 キミトと呼んでくれ、と言いながら彼女の向かい側に座った。


「ボクは、アンドレアといいます。アンドレア・クロッシング。好きに呼んでください」

「アンドレアの愛称ってなんだ?」

「アンディとか、ドリューとかかしら」

「リューはどこから来たの?」


 などと短いやり取りをして、アンディに決まった。


「さてアンディ。ちょっと聞きたいことがあるんだけど、いいか?」

「あ……はい、どうぞ」

「じゃあ……覚えてるところまででいいんだけど、あそこで何をしてたんだ?」


 言いながら、取り調べみたいだなと思った。

 事実、取り調べでもあるのだが、ドラマの刑事のように圧迫感を与えていないかと不安なる。

 あながち外れでもないのか、それとも単に気まずいのか、アンディは視線を合わせない。


「えっと、どこから話せばいいのか……」

「そうねえ。色々聞きたいのだけれども、まず……」


 隣のキャシーが問う。


「あの場所で何をしていたのかしら。それと、アナタから生えていた魔人……あの化物はなんなの?」

「あっ……」


 意識はなかったかと思ったが、あの魔人のことはちゃんと自覚しているようだ。

 瞬く間に彼女が曇る。


「あー……辛いなら別に、」

「キミト。これはあやふやにしてはダメよ。あれがなんなのか、いったい何が目的であんな儀式をしていたのか、辛そうだからって黙らせちゃダメ。このコに喋ってもらわないと、このコの為にも……アナタの為にもならないわ」

「それは……」


 だいぶキツめに注意されてしまった。

 公人としては、女の子の辛そうな顔を見るだけで、こっちが辛くなる。


 きっと、失恋した女の子を見続けていたからだと自認している。

 アドバイスした娘が主に振られ、辛そうにしているのを見続けてしまった。

 なぜ主は恋人を作らないのかは分からない。でも、相談された相手が振られたのを見ると、自分のせいではないかと錯覚する。それが、自分の胸を締め付けた。

 やがて恋愛問題は関係なく、辛い表情をしている女の子を見るだけで、公人はどうにかしなければと思うようになった。

 例えそれが問題の先延ばしになると分かっていても、語るのが辛いなら、喋らせたくはなかった。

 けれどキャシーの言うことは正しい。

 公人のやり方では、何一つ解決しない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る