第18話 首領・妖狸
次の早朝、公人は不承不承に自らが所属するクランへ来ていた。
「久しぶりだなァ、キミト。年末以来か?」
「……っすね」
目の前に、ぶくぶくと丸く太った狸がいる。
公人より縦にも横にも大きく、これまた大きな椅子に寄りかかりながら流暢に言葉を重ねる。
「ンー? なんだ覇気がねェな。まだツカサ気にしてんのか。ッたく、相変わらず妙なトコで肝がちいせェ野郎だな。安心しな。あのスケコマシは朝っぱらから嬢ちゃん達連れて出かけとるよ」
「別に、そんなんじゃないっすよ」
「だったら辛気臭ェツラ見せんじゃねェよ。酒が不味くなる」
胴と手足で色の分かれた
「相変わらず朝っぱら飲んでんすか」
「おうよ。テメェら下っ端と違って汗水流す必要ねェからな!」
「嫌味か狸親父」
「そうだがァ?」
そこに、
「団長? 昨日出して頂いた書類なんですが、間違っているので訂正お願いできますか」
「パパって呼んでいいんだぞ?」
「そう呼んでくれる人ならいるじゃないですか」
「筋肉ダルマに言われても嬉しかねェ!」
「そんなことより、書類を」
「そんなことって……まァいいや。どれどれ……なんだ、合ってンじゃねえか」
「いえ、これでは昨年の契約のままです。今年用にしていただかないと」
「あ? あー、そういや商人ギルドとそンな話あったな」
「お酒飲みながら仕事してるからですよ」
「お前だってコーヒー飲みながら仕事してるじゃねェか」
「お酒とコーヒーを一緒にしないでください」
まったく、と自分の席に戻る女性。
渡された書類を見ながら頭を搔いていた狸は、思い出したかのようにこっちを見た。
「つかなんでお前来てんだ?」
「オヤジが呼んだからでしょうよ!」
冒険者ギルドは、他のギルド同様、傘下の組織の長によって構成されている。
商人ギルドであれば商会の会長、鍛冶ギルドであれば店の店長といったように、冒険者ギルドであればクランの団長のみがギルドの構成員になれる。
同じく
それは単なる師弟関係を結ぶのではなく、疑似家族となることだ。
所属するクランの団長を父や親父と呼び、副団長を頭、先輩の冒険者を兄姉と呼ぶ。それ以外にも他クランの団長を
疑似家族となることで連帯感や責任感を持たせるのだろう。秘書のように、単なる上司部下と割り切ってしまうのも珍しくはないが。
つまり、公人がオヤジと呼ぶこの狸こそ【
信楽狸のような見た目をしていても、公人の遥か上を行く
「昨日、主に会って言われたんすよ!」
「あ? あー、そういやそんなこと言ってたけなァ」
こうして見ればただのボケたジジイにしか見えないのが、“勇者”との一番の違いだろう。
短くない付き合いをすれば相応の傑物だと理解出来るが、それ以外の部分が多すぎて、素直に尊敬できない人物だ。
「ンー……最近どうだ? なんかあったか」
「別にないっすよ」
「嘘はよくねェなァ」
……と簡単に見抜く。
この人に対して隠し事をするのは、自らの首を絞めることだと久しぶりに思い出した。
「……昨日の仕事の途中で、身元が分からない子を保護しました」
「ほう」
「キャシーのおっさんの見立てだと、何かしらの儀式に利用された可能性があるそうです。医者によると軽い怪我があるだけで異常はなし。今はウチで寝かせています」
「儀式、か。どんな儀式だ?」
首を横に振る。
「見たことがない形式だと」
特定の魔術には儀式が必要となる。
儀式を必要とする魔術はいずれも強い効果を発揮し、召喚魔術を始めとした一部の儀式は法により禁止されている。キャシーが知らないとなると、十中八九その類であろう。
ちなみに儀式に関わっていたと思われる、あの場に倒れていた魔術師達だが、魔人の手によるものか全員息絶えていた。
「ふゥん……。兵には伝えたか?」
「っす。保護した子の状態を見るに、人攫いか人買いのどちらかっぽいので」
「だったらなんでオレに報告入れなかった」
言葉ほど怒っているようには見えなかった。どちらかというと注意の印象。
しかし、公人はヨーリの言葉に首を傾げる。
「仕事で犯罪行為を見つけたンなら【
「待ってくださいよ!」
「なんだ? 言い訳でもあるのか?」
当然ある。なぜなら
「俺は伝えましたよ。いや、人伝ではありますけど」
「……なんだと?」
酒を飲む手が止まった。
「ラギ兄さんのチームに会って、自分達が報告してやるから病院行け、って言われて、お願いしたんすよ」
「ラギが?」
兵士に門で報告して、病院に向かっていた時のことだ。
当初の予定ではキャシーとレオナが少女を連れて病院へ、公人が報告の為に【
ヨーリの言う通り、コソ泥程度ならまだしも人身売買や違法儀式が関わるとなると、組織として無視は出来ない。場合によっては、領から協力要請があるかもしれない。
だが途中で先輩であるラギのチームと出会い、事情を話したら「自分達もクランに戻るところだから」と報告を担ってくれたのだ。
自分からも話す必要はあるとは思っていたが、任せた以上、呼び出しや事態が動いてからでいいと考えていた。
先程何かあったかと問われた時も、既にラギを通して報告してあるから「ない」と答えたに過ぎない。
「……まさか、聞いてないんすか?」
「……ま、オメェも仕事の報告は人に任せちゃいかん、ってことだな」
「まじかよー……」
裏切られた気分だった。
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