第16話 それでもヒロインをこの手に

「――っ! 危ねえ!」


 少女は地面から数メートル離れて浮いていた。意識がないまま落下したら、最悪命に関わる。


 ……駄目だ、間に合わない!


 咄嗟に駆け出したが、チーム内で一番足が遅いのは公人だ。

 どれだけ急いでも落下速度の方が圧倒的に速い。

 もう目の前の位置にまで少女は落ちていた。


「間に合えぇぇぇぇぇえええええええええ‼」


 何が何でも間に合わせる。最後の力を振り絞って、少女と地面の間に飛び込んだ。

 胴体が、地面と擦れて砂煙を引き起こす。


 ――衝撃は、どこにも来なかった。


 背中にも、腕にも、誰かを受け止めた感覚はない。


 ……間に合わなかったか……?


 あるいは届かなかったか。

 恐る恐る、目を開ける。


「……あれ?」


 目の前に少女はいなかった。

 ぽっかりと空いた洞窟が見つめ返すだけ。

 左右を見渡しても、それぞれの方向に仲間がいるだけだった。

 疑問符が脳内に無数に浮かび上がる。


「キミト」


 キャシーが指を真上に差す。

 つられて見ても、キャシーの頭上には何もない。そのまま視点を上げ続け……


「あ」


 いた。

 少女は先程と同じく浮いていた。違う点を挙げるとすれば、身体を横にしているぐらいだ。


「ついでだからそのままでいなさい」


 指を鳴らすと少女が落ちてきた。


「ごっふ!」


 背中に半ば不意討ちに等しい衝撃を受けてむせ返る。


「嫌がらせかぁー!」

「やあね。アナタの努力を無駄にしちゃいけないと思っただけよ」

「嘘だぁー!」


 絶対ゴリラ呼びしたこと気にしてる!


「森の紳士って聞いたのに! 外見とは裏腹に繊細で優しいって聞いたのに!」

「繁殖期には殺し合うこともあるらしいわよ」

「俺ゴリラじゃないし」

「そ。じゃあ特別に体験させてあげるわ」

「一方的な殺害になる予感しかしねえ!」

「もう、キミトもキャシーもふざけすぎ。そんなことよりすることあるでしょ?」



 レオナが背中の少女を動かして、今はキャシーが触診している。

 公人は周囲を警戒しつつ、その様子を見守っていた。

 警戒といっても散々魔人が暴れていたせいか、事態が収まってからはむしろこの場は安全だった。

 動物の気配すら程遠く、鳥達ですらなかなか戻って来ない。

 だから公人の意識は、むしろ少女に向いていた。

 改めて顔色を見ても、苦痛や苦悶といった類のものは消えていない。悪い夢を見ているかのように目を閉じたまま眉をひそめている。


「……あまり健康状態は良くないわね。それ以外は特に問題はなさそうだけど」


 とはいえキャシーは医療の心得はあっても医者ではない。戻り次第病院に行ったほうがいいだろう。

 問題は、その後だ。


「この子、どうしよっか。兵士に報告した方がいいよね」

「そうね。パパにも言う必要はあるかも。どっちかに預けちゃって、それぞれの判断に任せちゃった方が無難ね」

「何言ってんだ?」


 二人が同時に振り返る。

 お前こそ何言っているんだ、と言いたげな顔だ。


「連れて帰るぞ」

「だから帰ってからの……ちょっと待ちなさい。まさか、連れて帰るってアナタ……」

「ああ。家に連れ帰る」


 啞然とする二人に、当然の如く返す。


「何か問題あるか?」

「あるに決まってるでしょう。アナタ、さっきの魔人がまた現れたどうする気なのよ」

「そりゃ……またなんとかすりゃいいじゃねえか」

「街中で起きたらどうなるか考えてみなさいな。私達が責任取らされるだけじゃなくて、周りにどんな被害が起きるか想像出来るでしょう」

「だからこそ、手に負えないと判断したギルドや兵がこいつを殺すかもしれないだろ」

「アナタねえ、それ陰謀論と同レベルの言いがかりよ」

「かもな」


 それでも、もう決めたのだ。


「俺はこいつをヒロインにする。野暮なこと言わないでくれ」

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