第13話 赤き少女と鬼面魔人

「ごめん。私が余計な事言ったから……」

「いいのよ。どのみち、生存者がいるかもしれないなら放っておけないわ」


 結局、三人で発生源へ行くことになった。

 後ろで二人が会話をしている。


「んだよ、俺が行こうとしたら駄々こねたくせによ。村人を訓練地に送らなくていいのかー?」

「アナタを見送る方が心配よ。どうせ無茶して一人じゃ手に負えなくなるんだから」

「それは……否定は出来ないけどよ」


 何せ公人が頼れるのは『魔弾』と己の肉体だけだ。他の冒険者と比べて選択肢があまりにも狭い。

 足りない部分を魔道具で補強はしているが、正直厳しい。『魔弾』は攻撃力こそ過剰なレベルだが、相応に魔力を食う。

 維持するだけでも消費は激しいのだ。他に費やすリソースは限られる。

 同期で同じく固有魔術ノーブルアーツ持ちの主が既に昇進しているのを見ると、これが理由の一つなのではないかと思う。


 ……あいつの場合、固有魔術ノーブルアーツが規格外だっつうのもあるけどな。


 それだけではないのは公人にだって分かっている。

 経験不足も実歴も、特に独立してからは顕著だ。

 だからこそ余計に感じ取ってしまう。


 ――主役と脇役の差というものを。


「――っ、と!」

「強くなって来たわね」


 また魔力の波だ。

 強さもだが、当たり散らすような破壊音も度々聞こえる。

 悲鳴はまだ聞こえないが、近づいている証拠だ。

 ここまで来ると、暴風のような圧だけでなく、巻き込まれて吹き飛ばされた枝や小石も飛んで来る。手甲を付けた腕で守っていなければ、下手をすれば失明しかねない。

 踏ん張って、落ち着いた頃合いを見計らって進む。


「いったい何者なんだ、これの犯人は」

「ドラゴンとかだったらヤバイね」

「ドラゴンだったらこんな雑なことしないわよ」

「戦ったことあるのか?」

「アナタ達より業界長いって言ったでしょ」


 ちなみに冒険者歴はキャシー、公人、レオナの順に長い。

 いったい何時から冒険者をやっているのか聞いても答えてくれないが、実力と知識量は間違いなくベテランの冒険者だ。


 正直なところ、公人チームの稼ぎはキャシーの存在が大きい。

 もしキャシーがいなければ最初に紹介された依頼をせざるを得なかった。熟練者ジャーニーマンにも魔獣モンスターの討伐依頼が来ることもあるが、公人とレオナの実力ではそれすらも紹介されない可能性が高い。

 加えて家に住まわせて貰っているのだ。彼には感謝してもしきれない。

 だが、申し訳なさも感じつつも、己の信条とは別問題だ。


「それじゃ、キャシー大先輩の見解は?」

「そうねえ……」


 魔力の波が来た。

 この辺りはレッドバンチの巣よりも発生源に近い。それはつまり、この強い衝撃を何度も浴びてきたことに他ならず、


 ――目前の木が折れた。


「お?」


 根元から激しい音を鳴らした木は、定期的に訪れる衝撃に逆らえず、まっすぐに公人の頭上目掛け落下する――


「おいおいおいおい!」

「――そこにいなさい」


 何時の間にかキャシーが目の前に立っていた。


「『ライジング・ドラゴン』!」


 右腕に凝縮した魔力を、ジャンプと共に打ち上げる。

 素晴らしく芯を捉えた一撃は、術式により威力を増幅させ木に浸透する。

 一瞬、時が止まったかのような感覚に陥り――直後に木は破砕した。

 数メートルも育った大きな木は、スモークチップサイズとなって風に攫われていく。


「乙女に拳を使わせないでちょうだい」

「ナイスゴリラー」

「乙女だっつってんでしょゴラァ」

「ねえ、二人共」


 木がなくなり視界が開けた向こう側。

 先の光景をレオナが見ながら呟く。


「あれ、なに……?」


 並んで同じ光景を見た。

 奥の浅い洞窟だった。

 ここから洞窟まで距離はあるが、昼間なら十分に奥まで見通せる狭さだ。

 クマの巣穴というよりは原住民族が儀式か何かに使いそうな雰囲気。天然の壁には自然由来であろう塗料で絵なのか文字なのか何かが描かれ、祭具のようなものが玩具箱をひっくり返したように辺り一面に散らかっていた、、、、、、、

 入口の近くには、倒れている人類種ホミニディエ森精種エルフィディエがいる。

 怪我は……残念ながらここからでは分からない。少なくとも意識はないみたいだ。


「……で、大先輩? 見解を聞いてなかったな」


 目を背ける形で現場を舐めまわすように見ていた公人を、魔力の波が振り向かせる。

 中々に熱心なアプローチだ。根負けして中央のソレを見る。


「そうねえ……」


 一見すると、それは少女だった。いや、事実少女だ。

 真っ赤な長い髪を土埃で汚し、酷く草臥れたワンピースに袖を通した少女。あどけなさが残る顔立ちは幼くて、けれど苦悶に満ちた表情は年齢以上の往時を見せる。さらけ出された素足と手指は荒れていて、汚れと傷の見分けがつかない。

 目を覆いたくなるほど悲惨な姿だ。唯一の救いは、意識がないのか、今は瞼を閉じているぐらい。ただ良い夢を見てはいないだろう。


「……可愛い子ね。背中のペットが暴れてなければ、、、、、、、、、、、、、、


 現場の中心。即ち発生源なのだが、そこにいたのは少女だけではなかった。

 宙に浮いている、、、、、、、少女の背中に、ソレはいた。


 魔人――あるいは悪魔か。公人のボキャブラリーではそう表現するしかない。

 太い毛むくじゃらな腕と、蝙蝠のような巨大な翼と、巨人にさえ穴を開けそうな鋭い角を持った、半透明の鬼面魔人。

 亡霊的であるが、キャシーすら大きく上回る体躯と魔力が否応なしに存在感を叩きつける。

 下半身はなく、腰の辺りから少女と繋がっていた。

 先程までの魔力の波は、どうやらこの魔人から発せられているらしい。


「これがギャップ萌えってやつかー」

「……か、飼い主の責任は果たしてほしいよねっ!」

「レオナ、無理に俺らのノリに付き合わなくてもいいんだぞ」

「む、無理してませんー!」

「余裕ね、アナタ達」


 残念ながら心臓がはち切れそうだ。

 キャシーの予想通り、公人の手に余る相手であることは間違いない。

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