第11話 獣を喰らう魔導の玉

「『アブドミナル・アンド・サイ』!」


 鋭利な牙が公人の喉元――の直前で止まった。

 遅れて、飛び退いた。

 冷や汗が全身から吹き出る。

 あと数秒、いや一瞬、遅ければ公人はあの世の存在となっていた。

 思わず確かめるように自分の喉に触れる。


「……助かった、キャシー」

「アナタが勇猛果敢に前に出なくて良かったわ」


 感謝を述べながら振り返った。

 ふふん、と自慢げに鼻を鳴らす。キャシーはポーズを取っていた。

 片足を前に出し、両腕を後頭部で組むことで腹部を見せつけるその姿。

 元の世界でボディビルの選手がそんなポーズをしていたのを思い出す。

 勿論、遊びでやっているわけではない。彼にとっての詠唱や呪文みたいなものだ。

 ぶっちゃけシュールだが、キャシーの鍛え抜かれた肉体と組み合わせるとかなり迫力がある。


 ……女装してなけりゃ……いや、どっちみちシュールか。


「さ、今度はアナタの仕事よ」

「あいあい。分かってますよっと」


 ウィンクを片手で払って、レッドバンチに向き直る。

 魔獣モンスターはその場で動きを止めていた。自分の意志とは関係なく、まるで見えない鎖に縛れたように。

 先程、公人の命を奪いかけた赤房も例外ではない。牙を向けて飛びかかった姿なのに、宙で拘束され動きを止めている。

 ただ、眼に込められた殺意のみが、公人を刺し続ける。


「……『魔弾』」


 受け止めながら、そう呟く。

 瞬間、右の手の平に黒い球体が現れた。

 光すら飲み込んで反射すらさせない、森の夜を集め固めたかの如き塗り潰された黒。

 公人の魔力を消費して、魔導の玉が生じる。


 ――異世界人に魔術は使えない。

 それは明白で変わりようがない事実。

 故にこれは魔術であって魔術ではない。

 極稀に、通常の魔術の才とは別の才を持って生まれる人間アニマがいる。

 一種の天性。どれだけ努力しようと通常の魔術では再現不可能の妙技。ある意味での奇跡。

 名を固有魔術ノーブルアーツ――個人にのみ許された無二の術である。

 そして、件の魔術師が公人達を召喚した理由。

 異世界から召喚された者は魔術が使えぬ代わりに、必ず固有魔術ノーブルアーツを持つ。


 公人は己の固有魔術ノーブルアーツに『魔弾』と名付けた。

 漆黒の弾丸。ヴィジュアルには相応しい名だと思う。

 同時に、見掛け倒しでもない。

 手の平を前に向けると、ハンドボール程度のそれも追随した。

 思った軌道を指でなぞれば、ラジコンのように従う。まるで指揮者と楽士。

『魔弾』は公人の意志で自在に動かすことが出来る。ただ、目算に頼りすぎると予測と違う場所に行ってしまうこともあるので、腕や指とリンクさせて精度を上げていた。

 赤房の横にセットした『魔弾』に、指を横一線、指示を出す。

 水の中に手を入れるように、『魔弾』は、すっと通り抜けた。

 すると、ごとり、と頭が落ち、ごぽり、と赤い液体が零れだす。

『魔弾』の軌道。そこにあった魔獣モンスターの首が消えていた、、、、、

 文字通り物理的に、あったはずのものが、唸り声ごとなくなった。


『魔弾』の効果。それは“触れたものの消失”だ。

 望もうが望まないが触れてしまえば最後。きれいさっぱり跡形もなくなる。物理的でも魔術的でも、どれだけの防御を重ねようが無意味だ。波打ち際の砂城と同じ運命を辿る。


 首を失って宙に置き去りにされた胴体。

 無残な姿だがこれで動きを止めることはなく、他の獣にも同じことを行った。

 結果は同じ。

 全ての獣の首が消滅し、胴体が固定されたまま首だけが落ちる。

 指揮を止めると、雲が散り霧が消える如く、『魔弾』は消え失せた。

 それを合図にキャシーもポーズを解き、連動してレッドバンチ達の身体も重力に従って崩れ落ちる。

 追走劇は嘘のように、あっさりと幕を閉じた。

 三人の目の前で、五つの血の池が広がる。


「…………」


 息を吐く。

 自分でやったこととはいえ、ショッキングな光景には変わりない。

 込み上げてくるものを押し戻す。


「これで依頼は完了ね」

「ごめんね二人共。思いっきり段取り崩しちゃった」

「いいわよ。次から気を付けてもらえれば。それに、早めに片付いたしね」

「ありがと。依頼人、出来れば毛皮も欲しいって言ってたよね。捌いちゃう?」

「いやよ。服が血で汚れちゃうわ。体ごと持っていけば向こうが捌くでしょ。お肉にもなるし」


 二人が後処理について話している間にレッドバンチの死体に近づく。

 獲物に歯牙をかけ損ねた赤房の虚ろな瞳が、公人を射貫く。

 死してなお生存の為の殺意がまだ残っていた。

 視線を受け止め、両膝を着き、両手を合わせて祈る。

 事情があるとはいえ、幾つもの命を奪った。

 罪悪感……もあるがそれだけではない。もっと複雑な感情が心を掻き毟る。


「……どうするの?」


 話は終わったのか、キャシーが後ろに立つ。


「確か、この辺りって動物の供養なんてしないよな」

「聞いたことないわね。ペットなら飼い主次第でしょうけど、魔獣モンスターを弔う文化はないわ」

「だよな」


 立ち上がる。


「毛皮にしろ肉にしろ、胴体がありゃいいだろ。頭は埋める」

「相変わらずねえ。分かったわ」

「手伝うよ」

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