第10話 モンスターハント?

 木漏れ日が森の奥の地面を照らす。

 日が高くなるにつれ気温も上昇していくが、ここは木々の葉と時折流れる風によって適温に保たれていた。

 地面も土や砂利が剥き出しではなく、適度に草が生えクッションの役割を果たしている。

 この森に住む獣にとっては快適な場所だ。

 草食獣にとっても肉食獣にとっても――魔獣モンスターにとっても。

 現在、この好立地を独占しているのはレッドバンチという魔獣モンスターだ。

 毛色は黒く、姿は狼に近い。

 最も日の当たる中心で子供が遊び、近くで母親が見守っている。

 縄張りの警戒や狩りはオスの仕事だ。各々立ったり座ったりだが、外側を向いて耳を研ぎ澄まし、獲物や外敵を警戒している。

 その中で唯一、役目を行っていないオスがいる。

 子供達と同じ位置にいて、寝転びながら時折尻尾で構っているオスの頭部には、名の由来となった赤い房レッドバンチが額で目立っている。

 群れのボスだ。

 ボスは群れの中で何もしない。

 狩りを他のオスに任せながら最も美味な部位を食い、子育てもメスに任せて新たな子を産ませる。――それが許されるだけの力を持つ故に。

 何か仕事があるとすれば、ボスにのみ権利がある交尾や、縄張りを脅かす危機に立ち向かう時。

 しかし定期的に人類種ホミニディエの狩人によって通常動物が間引かれるこの森において、レッドバンチを襲うような猛獣は現れない。

 元より魔獣モンスターがいない森。レッドバンチが生態系の頂点となった今、そんな危機は無きに等しい。

 だからボスは眠る。

 彼らの習性として、あまり大きな群れを作ることはない。その上、天敵となる存在がいないとなれば多くの子供も必要ない。

 群れが十分な規模と判断したボスは、することもなく惰眠を貪る。

 獲物を探るオスの内、誰かが新たなボスとして立候補するまでは。

 今のところ挑戦者の気配はない。

 本当にすることがなく、まどろみに沈んでいく意識


「うっそ――――⁉」


 が、横に落ちてきた何者かによって引き戻された。

 驚きのあまり立ち上がってなお毛の逆立ちが止まらない。

 いったい何が起きたのか。群れの全てがそれに注目した。


「いったぁ――……やっば」


 猫獣種フェリディエだった。

 侵入者を告げる鬨を上げる。


 ●


「なーんか悲鳴みたいの聞こえねえ?」

「聞こえるわねえ」


 公人はキャシーと共に狩猟小屋の前にいた。

 シュリーク村の住人が狩りの時期にのみ使う小屋で、村よりも幾分か離れた位置にある。

 森の一部を切り開いた場所に作られたもので、村へと続く道を除けば無数の木と植物しか見えない。

 本来なら既に狩りの時期なのだが、困ったことに魔獣モンスターが住み着いてしまったらしい。

 普通の肉食獣なら村人でも培った知識と経験で狩ることが出来るが、魔獣モンスターはそうはいかない。

 だからこそ依頼が来る。

 危険度が高く、報酬も高い。ゲームでもテンプレートな依頼。冒険者の華だ。

 危ないのは理解している。だが自分のレベルアップの為、嬉々として引き受けた。

 今は魔物の規模を調べる為に偵察能力に長けたレオナが単独で調べにいっている……はずなのだが。


「レオナの声っぽくねえ?」

「ぽいわねえ」


 悲鳴が段々と大きくなってきた。

 それはただ単に声量が大きくなったのではなく、


「……近づいて来てねえ?」

「来てるわねえ」

「ぃぃぃぃぃぃぃいいいやぁぁぁああああああああ――‼ 助けてぇぇぇぇぇええええええ‼」


 レオナが森の中から飛び出した。

 ――複数のレッドバンチを引き連れて。


「だぁれが連れて来いって言ったああああああ⁉」

「だってえええええええええええ‼」

「いいからこっちに来なさい!」


 即座にキャシーに担がれて、レオナをリードしながら森の中に入った。


「おい! 森に入ってどうする気だ⁉ 連中の独壇場だろ⁉」

「じゃあ来た道戻るつもり? 村に魔獣モンスターを招待するわけにもいかないでしょう」


 もっともだ。

 だが、だからといって打開策があるわけではない。


「ごめんごめん本っ当にごめん‼ 木の上から偵察してたら折れちゃって――」

「反省会は後にしましょう! それよりアナタ、渡した忌避煙はどうしたの?」

「逃げてる間に全部使っちゃった‼」

「お馬鹿っ! 何かあっても合流するまで一つは残しときなさいって言ったじゃない!」

「ごめーーーーん!」

「キミト、狙える⁉」


 公人は今、後ろを向く形でキャシーに担がれている。

 迫り来るレッドバンチは、ボスを含めて計五匹。

 徐々にだが、距離を詰められている。

 魔獣モンスターに向かって右手を伸ばす。

 先頭の赤房に目標を定めるが……


「無理! 揺れすぎだ!」

「分かった。降ろすわ」

「バーーカ! 瞬く間に連中のエサになるわヴァーーーーーーカ‼」

「まったく、なんで異世界人は魔術を使えないのかしら⁉」

「こっちが知りたいわ!」


 異なる世界で生まれ育った公人は魔術が使えない。

 この世界は教育による差はあれど、全ての人間アニマが魔術を使える。

 速度の強化を使うレッドバンチに辛うじて逃げられているのは、キャシーもレオナも魔術を使って自身を強化しているからだ。

 公人も魔力はあるらしいが、どれだけ習っても魔術という形で出力は出来なかった。

 生まれた世界が異なるせいか魔術に関する教育を受けていないせいか、理由は不明だが過去の事例を見ても異世界人が魔術を使えた試しはないそうだ。

 公人も主も例に漏れることはなく、魔術を使えない。

 だからキャシーに担いでもらわなければ、逃げることさえ出来ないのだ。


「どんどん近づいてるぞ!」

「分かってるわよ! こうなったら一か八か……」

「キミトを落とす?」

「結果見えてんのに一も八もあるかぁーーー⁉」

「少なくとも一人の犠牲で二人救えるわね」

「合理的解釈⁉」

「あ、あった!」

「まさか一も八も⁉」

「違う違う!」とレオナは否定して取り出した球状の物を見せた。「忌避煙!」

「あるじゃないの⁉ 投げなさい!」

「了っ解!」


 振り向かず、後ろ手に放り投げた。

 魔道具の一種である忌避煙は、所有者が魔力を流すことで数秒後に起爆する。

 起爆すると獣が嫌う臭いのする煙を吹き出し、普通の動物であれば逃げていく。魔獣モンスターだと効果は薄いが、怯ませるには十分だ。

 忌避煙は公人達とレッドバンチの間で、爆竹のような音を立てて起爆した。

 反撃の狼煙だ。

 予想通り、煙の中で甲高い声が上がった。


「今っ!」


 キャシーが立ち止まって反転し、公人を下ろす。

 二人で煙と向き合う。


「っ! ダメ! 逃げて!」


 猫獣種フェリディエの感覚で何かを掴み取ったレオナが叫ぶ。

 次の瞬間、煙の中から何かが飛び出した。

 赤い房。

 レッドバンチのトレードマーク。


 ……慣れたのか⁉


 レオナは合流の前、手持ちのほとんどの忌避煙を使ったと言った。

 短時間の大量使用。ならば慣れてしまうのも、ありえなくはない。ましてや群れのボスとなる存在であれば。


 群れの中で最も大きく、最も強い個体が、最も鋭い顎を開く――!

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