第9話 頂に座する者、地を歩む者

 城門の方へ視線を向けると、空いた道を進む少数の集団が近づいているのが分かった。

 彼らが歩き、手を振ると、それだけで歓声が上がる。


「はははっ、これ以上前に行けねえ! これが“儀礼法典”の魔術か!」

「見ろ! あれが俺ら地精種ドワーフィディエの英雄だ! 思ったより小せえだろ⁉」

「うおおおぉぉぉ! “武天”! 俺だ、結婚してくれー!」

「今回は何を倒したんだ“勇者”様ー?」


 掛け声が次々と上がる。段々と大きくなってきた。

 公人も彼らの姿がはっきりと見えるのを、今か今かと待ち構えた。

 と、自分が楽しむその前に。


「キャシーのおっさん」

「なによ」

「もう一人いけるか?」

「……仕方ないわね」


 短いため息をつかれたが、承諾を得た。

 バランスを崩さないように気を付けながら右肩へ寄る。


「レオナ」


 つまらなさそうに俯く彼女に手を伸ばす。


「来いよ。良い景色だぜ」


 面を上げたレオナは、構ってもらえる小動物のように微笑んだ。

 身軽にジャンプし、公人の手を取って、背に着地した。

 その間、やはり不動のキャシー。流石、チームで唯一達人ゲゼレなだけはある。


「仲間はずれにされるかと思った」

「悪かったよ」


 これで楽しむ準備は整った。

 ちょっとした組体操みたいで、後ろの人達はもう公人達で楽しむことにしたようだ。

 どんどん大きくなっていくシルエットに、もう目を離す必要はない。


「頭掴まないでちょうだい! セットが崩れるじゃない!」

「バランス悪いんだから仕方ねえだろ」

「ごめんねキャシー。後で時間取るから」


 とうとう顔が見える場所まで来た。


 やはり一番の目玉は大本命、勇者クレス。

 先頭を歩む白銀の鎧姿に目を奪われる。

 情熱の色でありながらうたた寝を誘う午後の陽気のような陽髪火瞳ヘリオライトを飾った端正な佇まいは、見る者全ての心を鷲掴む。堂々とまっすぐ背筋を伸ばして歩く姿は誉れ高き円卓の騎士であり、それでいて微笑みはどこにでもいる人類種ホミニディエと同じで親しみが沸く。誰もが彼と向かい合えば勇気を貰え、背中を見れば追いたくなる。まさしく絵に描いた勇者そのもの。

 トップ・オブ・トップ。生ける伝説。


 そんな冒険者の英雄の姿を見て公人の心は――……冷めていた。


 自分でも不思議だ。

 誰もが憧れる勇者。公人も同じだったはずだ。

 実際にこの目で見るまでは、ここに集まった大勢と同じく、心が踊り待ちかねていた。

 それなのに、なぜ目撃した瞬間、冷水を浴びせられたかのように静まり返るのか。

 周囲の歓声が、やけに遠い。

 期待通りの姿。期待通りの人気。期待通りの――

 ……ああ、そうか分かった。


 主と同じだ、、、、、


 圧倒的に、主役に相応しい。

 当然だ。勇者なのだから。冒険者の頂点に座す存在なのだから。

 ゲームで例えるなら、クリア後の主人公だ。

 何年も前に魔王ラスボスを倒し、今もなお人々の希望となっている、RPGの主人公。

 主も似たようなものだ。彼の場合はまだ物語の途中ではあるが。

 ならば必然、主に抱く感情と同じものをクレスに感じるのも当然だ。

 だって、未だ公人の立ち位置は――


「あれ」


 隣からの馴染んだ声に、ふと我に返った。


「キャシー、もしかして【冒険者の轍オデュッセイア】と知り合いなの?」


 自分にかけられたものではなかった。

 妙な安心感を得るのと同時に、興味を引く内容でもあった。


「あら、どうして?」

「だってこっち見て手を振ってるよ」


 クレスではない。ずっと彼を見ていたが、一切こっちを見返してくることはなかった。

 では誰だろうと他のメンバーを見る。

 一人だけいた。


 “武天”ディアナ。

 褐色の肌と透明感のある月髪水瞳セレニテスを併せ持つ黒森精種エルフィディエの女性だ。

 凹凸に富んだプロポーションを白と黒のコントラストが際立たせ、ただでさえ世の男達が振り向かざるを得ない美貌を更に高みへ導く。鋭利な線を描く目の形は、彼女が持てば媚眼秋波の極み。二つ名の由来である数多の武器はどんなアクセサリーよりも相応しい。

 まるで清廉な夜の月の美しさ。もしくは刀葉林の美女。誰もが目と息を奪われる。

 勇者チームの紅一点。あらゆる武器の天才。


 そんな絶世の美女が、こちらを見て控えめに手を振っていた。

 近くの人類種ホミニディエなど自分に振られていると思い言葉を失っている。


「ただのファンサだろ」


 勇者とは別の意味で目を離せなくなりそうなのを堪える。

 目が合ったからと、周りのように「い、今俺を見て笑ったぞ!」「いや俺だ!」みたいなテンプレな反応はしない。絶対に勘違いだからだ。

 アイドルや芸能人がこっちを見ているからといって、個人を見ているわけではない。あくまでファンを見ていて、笑顔や手を振るのも大勢のファンに向けてだ。

 元の世界でもその辺りはドライだと言われた覚えがある。

“武天”はその美貌も相まってアイドル的存在となっている。となればファンに向けてちょっとしたサービスをしてもおかしくない。


 ……まあ気持ちは分かるけど。


 口角を上げただけの笑みで、こっちの頬も緩んでしまいそうになる。

 噂以上の破壊力。スマホがあったら写真に撮りたいぐらいだ。


「んー……。ま、アタシもこの業界は長いからね。面識ぐらいはあるわ」


 と、まさかの返答が返ってきた。


「おぉ。キャシーって何気に顔広いよね」

「あれだけの家建てられるんだもんなあ。無駄に歳食ってねえぜ」

「誰がババアですって⁉」

「お前はジジイだろ」


 などといつものノリで話していたら、勇者チームはあっという間に通り過ぎてしまった。

 大勢が追いかけると思いきや、姿が見えなくなった段階で密集は段々と散っていく。


「意外だな」

「今の時間を思い出してみなさい。皆これから仕事なのよ」


 言われてみればまだ早朝だ。

 市場はもう動き出しているだろうが、賑わうにはまだ早い。

 逆に言えば勇者の人気が高い証拠だ。早起きして仕事前に一目見る。それだけの為にこれだけ大勢の人が集まった。

 五分もしないうちにいつも通りの光景に元通り。


「嫉妬しちまうぜ」

「だねえ。格というか差というか、見せつけられた気分」

「なら依頼の数をこなさないとね。せめて達人ゲゼレにならないと、アナタの夢は本当に夢で終わるわよ」

「そうだな。……それじゃあお馬さん。目的地に向かってゴー」

「ゴーじゃないわよ⁉ 早く降りなさい!」

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