第8話 勇者の帰還と見物人

 若頭ユング以上の冒険者の知名度は群を抜いている。

 そんな若頭ユング以上の冒険者しか入団出来ない【冒険者の轍オデュッセイア】の中でも、更に有名なチームの帰還に遭遇していたのだ。


 地精種ドワーフィディエ。“小巌山”グスタフ・ガーター。

 蜥爬種サウリディエ。“儀礼法典”シャンディエッタ・シャルモン・ジャガルガン。

 黒森精種エルフィディエ。“武天”ディアナ・アウクセス。

 人類種ホミニディエ。“勇者”クリストフ・ローエングリン。


 通称、勇者チーム。

 面識はない。しかしその名を知らぬものはこの都市にいない。

 公人達がこの世界に来るより以前、魔王と名乗る者によってサムナ、引いてはこの国は滅亡の危機を迎えたのだという。だがクリス率いる勇者チームによって魔王は討たれ、平穏が戻ったそうだ。

 以降、勇者チームは英雄視され、彼らに憧れて冒険者への希望者も増えた。

 無論、公人もその一人だ。

 入団動機ではないものの、冒険者の頂点である勇者に憧れるのは自然なことだった。

 どうにかして見えないものがと背伸びをするが、前の人達も同じ考えで一向に景色は広がらない。


「せめて視力ぐらい強化出来ればな……」


 ぼやいても人混みはいなくならない。

 代わりに動き出した。

 勇者チームに道でも譲っているのか、公人達はどんどん後ろへ追いやられる。


「きゃあ!」

「レオナ!」


 押し流されそうになったレオナの腕を掴み、引き寄せる。

 意図したわけではないが、彼女はすっぽりと胸の中へ収まった。

 必然と密着……抱きしめ合う形となる。


「大丈夫か」

「う、うん。……!」


 レオナの洞毛が忙しなく動き出した。

 何かを探しているか、慌てている時に見られる仕草だ。


「どうかしたか?」

「う、ううん! 何でもないよ!」


 そう言うがまた何か気に障ることをしていないか不安になる。ただでさえ人類種ホミニディエ猫獣種フェリディエは違いが多い。許す許さない、好む好まないの境界を公人はまだ掴めていないのだ。

 一しきり目が泳いだ後、ぽすん、と顔を公人の胸に埋めた。


「……こ、これじゃあ、動けないね……」

「そうだな」


 一連のいざこざで最後尾から脱却出来たものの、今度は人混みの中に紛れてしまい身動きがとれなくなってしまった。

 皆がみんな、勇者を一目見たいと詰め寄り、結果、前にも後ろにも進めなくなっている。

 出来ることと言えば互いが離れないように抱き合うことだけ。少なくとも勇者チームが去るまでこの状況は続くだろう。

 影が公人達を覆った。

 太陽が雲に隠れたのかと思ったが、違う。


「後ろにいなさい。少しは楽になるわ」


 横にいたキャシーが前に出たのだ。

 増大に膨れ上がった筋肉は大勢の人の中でも不動を保っている。そして他人より多い面積を持つからこそ、後ろにいると僅かな余裕がある。

 普段は鬱陶しいが、この時ばかりは頼もしく見えた。

 とはいえ、離れられるほどの余裕まではないのだが。


「……ふふっ、へへ……」

「どうした? 苦しいか? っつってもこれ以上離れるのは……」

「全っ然! 平気! むしろ、イイ」

「お、おう」


 まあ猫って狭い所好きだしな。

 人類種ホミニディエの公人にとっては狭いし暑苦しいが、猫獣種フェリディエのレオナはそうではないのだろう。

 しかしまあ余計な時間を食ってしまったものだ。

 仕事には遅れる。勇者は見られない。人混みで暑苦しい。何も出来やしない。

 周りを見渡しても通れる場所は一切なかった。

 あるのは崖のような背中……


「……キャシー、ちょっと後ろで手を組んでもらえるか」

「? 別にいいけれど」


 まだ抱き着いているレオナを半ば無理矢理引き剥がす。


「あぁ……」


 名残惜しそうな声を出すレオナを尻目に、キャシーの服のなるべく丈夫そうな場所を掴んだ。


「ねえちょっと。嫌な予感するのだけど、アナタまさか……」

「気張れ、っよ!」


 言葉の最後で、勢いよく組まれた腕に飛び乗った。

 キャシーの背中を見て思い浮かんだのは、ボルダリングだった。

 僅かな突起に指や足先を載せて断崖絶壁を上る競技。

 生憎と公人は未経験だが、キャシーの背中は筋肉のおがけか思ったより上りやすい。

 勢いのままキャシーの両肩に自身の手を載せる。

 多少はよろめくかと思ったが、瞬時に『強化』を使ったのか一切揺れることはなかった。


「ちょっと! 危ないじゃないの!」

「なんの為にこんな立派な筋肉付けたんだよ」

「少なくとも人を乗せる為じゃないわよ!」


 おかげで視界はクリアだ。久々に新鮮な空気を吸った気分になる。

 前も後ろも見渡す限り人、人、人だらけ。種族も性別も年齢もバラバラのごった煮だ。

 子供もおり、父親に肩車をしてもらっている。目が合ったので手を振ると、振り返される。父親の方には怪訝な顔をされた。


 改めて前を見る。

 まるで大名行列のような道が出来ていた。

 人が大勢いるのに、そこだけ一直線に道が空いている。空いた先には、再び大勢の人がいた。

 兵士か立ち入り禁止の棒でもセットしてあるのかと思いきや、そんなことはない。どう見ても、最前列が自主的に道を空けているようにしか見えなかった。


「結界の一種ね」


 口に出していない疑問に素早い回答が返ってきた。


「あそこにだけ人払いの結界を張ってあるのよ。物理的に入れないんじゃなくて、無意識に入ることを躊躇わせているの。精神系魔術を組み込ませているから、余計な怪我人も出ないわ」

「そんなこと出来るのか」

「普通は無理よ。けどシャルモンなら余裕ね」


 流石は勇者の一員、ということか。

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