第7話 意外と便利な異世界生活
――バベルの塔、という存在が元の世界にはあった。
かつて全ての人類は同じ言語を持っていた。ある時、人類は神と頂きを同じとすべく巨大な塔を作ろうとした。だがその行動は神の逆鱗に触れ、人類の言語を別々の通じない言葉にしてしまう。そして塔の建設を諦めた人類は、それぞれの言葉ごとに各地に散った。
という神話だ。
さしずめ、この世界はバベルの塔が存在しなかった世界か。
公人が異世界へ来て、一番安心したのは言葉だった。
英語の成績はとても自慢出来るレベルではなく、いつも赤点ギリギリ、いや普通に赤点を取ったこともある。
しかしこの世界では日本語が当たり前に通じた。
どう見ても外国人や人外の風貌が多数なのに、特に言語を変えずとも会話が成立する。
ありがたい反面、違和感が強烈だ。
それ以外にも、異世界の都市、サムナに暮らし始めてから思い続けていることがある。
……異世界っぽくねえんだよな。
異世界といえば、なぜか中世ヨーロッパというイメージがある。作品によってはSFな世界もあるが、多くの作品が剣と魔法の世界。一言で纏めれば、現代的ではない。
事実、大都市であるサムナの全体の印象はその通りだ。
――公人の視線の先には、車があった。
屋根のない、昔の映画に出て来そうな車を使用人らしき男性が運転している。主人を送った後なのか、あるいはこれから迎えに行くのか。
授業で習ったことを思い出す。確か元の世界で車が誕生したのは十八世紀のフランスだった。中世が終わって、近世の時代だ。
未だ木造や石造の家が並ぶ街並みを近世的な車が走る。その違和感は同郷の主も持っていた。
それだけではない。
今朝、公人やレオナが使っていた蛇口やシャワーなど、むしろ現代的だ。コンロすらある。おかげで普段の生活は元の世界と大きく変わらない。その点はありがたくはあるが。
それらを可能にしたのは、魔道具という存在だ。
名前だけなら以前から知っていた。ただし、フィクションのアイテムとして。
この世界では違う。ごく身近な便利な道具として存在している。
公人達は外に出るべく城門に向かっている。ふと路肩を見た。
モーニングサービスを行う喫茶店はないが、朝早くから働く職人や冒険者を目当てに、屋台が点在している。彼らが提供するのは筒状のサンドイッチもどきやハンバーガーのようなお好み焼きなど、軽食系が多い。調理に使う機材は、やはり近代的な姿の魔道具。
流石にパソコンやスマホまでは見たことはないが、現代の技術のみが中世にやってきた印象だ。
この光景を、現地の女装の魔術師は言う。
「余所からの知識をこの世界に合わせたみたい、とは私も思うわ」こうも続けた。「アナタみたいのが、他にもいたのかも」
なるほど、納得した。
異なる世界から
そういった人々が、魔術によって自分達の時代と同じ生活を送る為に努力したのかもしれない。
現在は異世界人の召喚は禁術に指定され、方法も秘匿されている。
極稀に、流布されたか偶然か、公人達のようなことが起きてしまうらしいが、例外中の例外だという。普通はデマや失敗するものだと聞いた。
公人達を召喚した魔術師は、果たして運が良かったのか悪かったのか。
「……? なんか騒がしくない?」
レオナが前を指差した。
もう間もなく城門というところだ。
いつもならタクシー代わりの馬車を見つけ、簡単な手続きを行い外へ出る。
早朝となるといるのは冒険者か商人か兵士くらいで、五分程度で済むことだ。
しかし何故だが今日は人通りが多く、門番の姿すらここからでは見えない。
珍しいことだ。少なくともキミトが冒険者になってから一度も見たことがない光景だった。
「誰か有名人でも来てるのか?」
「……そうみたいね」
周囲より背の高いキャシーが人々の頭上から先を見通す。
城門に近いといっても、ここから肉眼で城門付近にいる
逆を言えば、肉眼以外手段を用いれば十分可能な距離だ。
キャシーが初歩的な魔術である『強化』を己の目にかけ、視力を数倍に引き上げる。
「大先輩が来るわよ」
わっ、と歓声が上がった。
急な騒ぎに公人もレオナも一瞬身を竦めた。
なにがあったのか――問いの答えは、すぐに周囲から漏れ聞こえた。
「きゃー! “勇者”様ぁー!」
「“武天”! こっち見てくれ!」
盛り上がった観衆が垣根となって騒ぎの中心を遮る。
しかしおかげで理解は出来た。
――“勇者”が来ている。
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