第5話 都市伝説だと思ったら
と、ふざけていると、安っぽい扉が来客を向かい入れた。
酒場の時間にはまだ遠い。
同業者だと思い、そちらへ顔を向ける。
「げぇっ」
見えてしまった姿につい顔を引きつらせてしまう。
キミトと同年代の
彼は後ろに三人の少女を連れ、酒場に入店する。
全員見覚えのある顔だ。一年前から変わらないメンツ。
未だ
気まずさを感じながらも身を隠せる場所はどこにもなく、なにより既に目が合ってしまった。
「やあ。久しぶり、
そんなキミトとは対照的に、青年はとびきりの笑顔で声を掛ける。
まったく、その笑顔で何人の女を落としてきたのやら……。
「おう。何の用だよ、
「ご挨拶だなあ。ちょっとついでにね」
嫌味をものともせず、そもそも嫌味とすら思ってないのか、
続く三人の少女達。
「や、キミト。久ぶりだね」
「やー、わたしとしてはー、キミトよりキャシーと会えたほうが嬉しーなー。色々お喋りしたーいしー」
「半年ぶりくらいだよね。レオナも元気そうで良かった」
ややボーイッシュな
常時眠そうな目と間延びした喋り方をする
人類種の肌に獣耳と尻尾を持つ快活な
三人共、それぞれ方向性は違うが美少女と言ってもいいほどの逸材だ。
特に
ケモ率百%の少女とオカマのオッサンのチームよりよっぽど心が躍る。
とはいえ全員が全員、別の男を見ているのだから詮無き話だ。
主がキミトの隣まで来る。
「お疲れ様です、アリサさん」
「どもっス。珍しいっスね、ツカササンが
「用事があって、クランに戻るより都合が良かったんですよ。ダーニッチのゴーレム退治、無事終わりました」
「マジかよ……」
つい呟く。
石の巨人とも称されるゴーレム。
複雑な能力を持つ魔獣ではないが、肉体が岩石で構成されたゴーレムに痛覚はなく、その辺の石や土を吸収して大きくなる。やがて圧倒的な質量と化すゴーレムは、発見され次第、即討伐対象となる。
高い攻撃力と対応力が必要になるゴーレム退治は、到底熟練者に来る依頼ではない。
「了解っス。【
「分かりました」
依頼の報告が終わった主が、こっちを見た。
「これから仕事かい?」
「そうだよ。誰かさんと違って稼ぎが少ないもんでな」
「そっか。僕達は今さっき戻って来たばかりなんだ。よかったら一緒にご飯でも、って思っていたんだけど」
「クランでか? 勘弁してくれよ」
「いいや、せっかくだからお店で食べようって話してたんだ」
「おいおい、ここは
伊達公人と愛染主は、普通の高校生だった。
いつも通り毎日のルーティンとなった学業をこなし、一緒に下校していた、ある日。
「異世界行ってみようぜ」
ほんの軽い冗談のつもりだった。
というのも、偶然図書館で都市伝説の本を読んだからだ。
暇つぶしに読んでいたものだが案外面白く、馬鹿馬鹿しいと思いながら数々の奇天烈な伝説を楽しんでいた。
その中の一つに、異世界への行き方、というものがあった。
エレベーターに乗って特定の順番でボタンを押し、その間に誰も乗ってこなければ異世界に行けるというもの。
勿論、真に受けたわけではない。
ただ主の住むマンションが条件を満たしているのを思い出し、彼の家に行くついでに遊んでみようと提案しただけだ。丁度、最後に指定されている階数が主の家の階数でもある。
主も馬鹿にしながらも付き合ってくれた。
本当は一人で行うものらしいが、途中で入ってくるわけでもないし、そもそも成功するなんて思ってもいなかったから、特に気にせずに始めた。
どうせ途中で誰かが入ってきて失敗すると思いきや、意外と順調に進み、点灯を一つ残し、エレベーターの扉が閉まる。
「成功したら、今の階で女の人が入ってくるんだっけ?」
「そんで次にエレベーターが開けば異世界に、って話だけどな」
女の人どころか人影すらなかった。やはり都市伝説は所詮都市伝説ということか。
失敗しても二、三回はやり直そうと思っていたが、これが案外面倒くさかった。
普段は往路だけだから気にならないが、上に下にと何度も移動していると、流石のエレベーターでも時間がかかる。加えて中ですることなんてボタンを押すだけだ。
最初は興味が強かったが、最後の方となるとテンションも下がる。
どうせ扉が開いても何もない。そのまま主の家に行こう。主だって近所で出来るから付き合ってくれただけで、たいして興味があるようにも見えなかった。
しかしなぜだろう。
妙な違和感があるのは。
「……公人」
「なに?」
一緒にぼんやりと表示灯を見ていた主が、何かに気付いたようだった。
「これ、上に上がっているんだよね」
表示灯は一定のスピードで変わっていく。当然、数字が大きい方に。
操作盤だって、最後に押した一つしか光っていない。
「……
言われて、気付いた。
このマンションのエレベーターは鏡が付いているが窓は付いていない。外の様子は分からないが、それでもエレベーターが移動している感覚は感じられるし、不思議とそれが上か下かも分かる。
間違いない。
これは、下がっている感覚だ。
にもかかわらず、上がっている時と同じように、表示灯は上に向かってカウントしている。
理性がまさかと否定しようにも、感覚が真実だと本能が告げる。
自分の中の矛盾に言葉が詰まった、瞬間――
「なっ――!」
床が光った。
紫炎に一筋光ると、瞬く間に室内中を駆け巡り、まるで魔法陣のようなものを描く。
「なんだよっ! これ⁉」
光そのものが直接害をなすことはなかったが、四方から浴びせられる不気味な光に嫌な興奮が沸き上がった。
気持ち悪い。気味が悪い。虫唾が走る。
多足類が全身に這うような生理的嫌悪感を無理矢理植え付けられ吐き気すら覚える。
公人も主もパニック状態に陥り、まともな判断が出来ないまま、意識ごと光に飲み込まれた。
次に目を覚ましたのは、俗に言う異世界という場所だった。
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