第4話 乞食の選択肢

「あんなこと言ってると冗談じゃ済まなくなるぞ」

「分かってますって。自分だって相手は選ぶっスよ」

「そうかい。で、なんかいい感じの仕事あるか?」

「そんなフワっとした質問されても困るんスよねえ」


 うーん、とわざとらしく考える素振りを見せる。


「【外界への翅タラリア】への依頼なら……森精種エルフィディエの村へ行く商人の護衛、ナクサ草の採取、カーチ村の修繕とかっスかねえ」

森精種エルフィディエの村には行ってみたいけど、どれもパっとしねえなあ」

「酒場に来る依頼なんてこんなモンじゃないっスか」


 それにしても稼ぎ甲斐のない依頼ばかりだ。


 自然を好む森精種エルフィディエの村への道は既に開拓されている。森の中に入るので野生動物に襲われる可能性はあるが、森の主である森精種エルフィディエが管理している為、討伐が必要なほど危険な獣はまず現れない。商人であれば対策も容易だろう。冒険者を雇うのはあくまで保険だ。


 ナクサ草は風邪薬として使われる薬草の一つ。サムナの住民は誰でも簡単な魔術なら使えるが、治癒魔術は高い技量が求められる為、風邪や軽傷程度なら薬や気合で治してしまうことが多い。商人から買った薬が足りなくなって、冒険者に依頼を出すのは珍しいことではない。


 どちらも危険度、難易度、緊急性も低ければ報酬も低い依頼だ。


「村の修繕ってのは? 何かあったのか」

「いや、単純に家直したくて人手が欲しいだけらしいっスよ。サムナに用事があったついでに依頼しに来た、って感じだったっスね」

「んなもん同じ村の人に手伝って貰うか職人に依頼しろよ……。ちなみに報酬は?」


 アリサは指を三つ立てる。


「そんなんで受ける奴いんのかよ」

「いないっスねえ。だから受けてくれると助かるんスけど」

「お断りだ」


 自分が冒険者として優秀とは言わないが、いくらなんでも依頼のレベルが低すぎる。どれも駆け出し時代にやるものだ。

 実際、過去にこういった依頼を散々して小銭を稼いでいたからうんざりしている。


「他にもなくはないっスけど……しょーみ、キミトサンじゃ荷が重いかなー、と」

「なんだそれ」

「だってこの仕事、伝言ゲームするだけだから楽っスけど、冒険者のレベルに合わない依頼紹介したら責任取らされるじゃないっスか」


 冒険者と一口に言っても実力はピンキリだ。

 ギルドによって異なるが冒険者ギルドの場合、駆け出しレアリングから始まり、熟練者ジャーニーマン達人ゲゼレ若頭ユング親方マイスターと合計五つのランクに分けられている。

 例えば最強のクランとして名高い【冒険者の轍オデュッセイア】は例外的に他クランからの勧誘で成り立ち、最低ランクは若頭から。このレベルになるとメンバーの一人ひとりが都市の内外問わず名が広まっている。

 一方で【外界への翅タラリア】に所属しているキミトは熟練者。冒険者の中で人数が最も多いランクだ。つまり、無名に等しい。


 そして依頼もピンキリ。

冒険者の轍オデュッセイア】にしか任せられない依頼があれば、家の修繕や薬草採取など誰でもいい依頼もある。

 冒険者であればどんな依頼をしてもいいというわけじゃない。熟練者に若頭が担当するような仕事を任せても死ぬだけで、最悪被害が広がる可能性もある。

 故に酒場であろうと、冒険者へ任せる依頼は慎重に選ばなければならない。

 だけど、とキミト。


「いいじゃねえか。軽めの達人レベル依頼くらい紹介してくれよ」

「いやだから責任取りたくないゆーとるでしょうよ。だいたい、達人になりたいならヨーリの親っさんに言ってくださいよ。いくらウチが掃き溜めに咲く一輪の花の如き美少女でも、ランクアップの女神サマにはなれないんスから」

「俺、自分のこと美少女とか女神とか言っちゃう女の子嫌いだな」

「お? 喧嘩売ってらっしゃる? 今から半裸でヨーリの親っさんにないことないこと言いふらしてもいいんスよ?」

「止めてくれアリサ。それは俺に効く」


 結局、物乞いは選ぶ立場にないってことだ。

 紹介された三つの依頼。一番報酬が良さそうなのは護衛だが、薬草採取はスムーズに行けば午前には終わる。あえて多めに採取して余ったのを売ってもいい。

 チームのリーダーはキミトだ。決定権は自分にある。

 さてどうするかと頭を悩ませていると、アリサが視線を一瞬、後ろへ向けた。


「……ま、キャサリンサンがいるなら問題ないか。キミトサンも……うん、まあ、ザコじゃないし」

「一言余計なんだよ」


 なにかあるのかと促すと、アリサは頬杖を止め、背もたれに寄りかかる。


「シュリーク村付近に現れたレッドバンチを討伐して欲しいって依頼があるっス」

魔獣モンスターか」


 魔獣モンスターは通常の動物と違い、魔術を使う。

 使えるのは一種類か二種類程度だが、野生動物とはまったく違う対処を求められる為、非常に扱いが難しい相手だ。

 到底一般人が追い払える相手ではなく、もっぱら領兵や冒険者に任せられる。

 流石に魔獣モンスター退治となればキミトも身を引き締めた。


「【狩人の住処ハンターズ・クラブ】は? あそこは専門家だろ」

「今んとこ受けたって報告はないっスね。まあ、あそこ無駄にプライド高い連中ばっかだし、ザコは無視なんじゃないっスか」

「羨ましいねえ。選り好み出来て」

「キミトサンだって結構選り好みするじゃないっスか」

「はっはっは」

「え、なんで笑った?」


 ともかく、報酬を聞いてキミトはこの依頼を受けることにした。

 離れていた二人も既に落ち着いており、決まったことを伝える。


「決まったぞ」

魔獣モンスターがどうこう言ってたわね」

「レッドバンチだ」

「ああ、あの犬コロ共。ま、アタシ達なら平気じゃない?」

「詳しい話はシュリーク村のジャンって人に聞けば分かるんで。じゃ、お願いするっス」


 話が纏まり立ち上がるが、じっ、とレオナがジト目で見つめ続けていることに気付く。


「なんだよ?」

「買ってないよね」

「なにを」

「……アリサの下着」

「あ、キミトサン、代金後で払ってくださいね」

「キミト‼」

「買ってねえ! アリサも適当なこと言うな!」

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