4話目
すぐに追いかけたはずなのに彼女を見失ってしまった俺は、あちこち散々探し回った挙げ句、屋上の扉前に立っていた。途中でチャイムが鳴ったのも気が付かないくらい、夢中になって探していた。もう、探してないのはここだけだ。ただ、今どき屋上になんか行けるのだろうか……やはり入れ違ったのでは、という俺の予想は、ガチャリと素直に回ったドアノブにあっさり裏切られた。扉を開けると、こちらに背を向け、細くて軽いしなやかな黒髪を風に靡かせて屋上から街を見下ろしている彼女がいた。短く丈をあげられたスカートが風にあおられてちらっと見えた白い太ももに一瞬ドキッとしてしまう。
そんなことを考えて呆けていたせいでドアノブから手を離してしまい、すりガラスの窓がついたドアが閉まった勢いで大きな音を立ててしまった。彼女はびくりとして、黒髪をサラッと揺らしてこちらに振り向いた。屋上に来たのが俺だったのに気付くと、彼女はさらに目を丸くして、次の瞬間怪訝そうな顔になった。そりゃあそうだ。一度も話したことがないクラスメイトが追ってきたのだから、しかもあんなことがあった後で。冷やかしだとでも思ったのか、彼女は脅すみたいに俺を睨んだ。彼女との間に、風の音がやたら大きく聞こえるほどの冷たい沈黙が溜まった。俺は背中が凍りつくみたいな感覚だった。衝動的に追いかけてきてしまったために、なにを言えばいいかわからない、いや、なんのために追いかけたのかも分からなかった。ドクドクと心臓が強く脈打つ。手に汗がじわじわと浮かんでくる。
彼女の鷹のような瞳には脳みそごと溶かされそうなくらいの鋭さがあったけれど、静寂は、黙っているにはあまりに重かった。やっとの思いで言葉を絞り出そうとするも、先に声を出したのは彼女の方だった。
「何。きみ、おんなじクラスのやつでしょ。なんか用?」
「えっと……俺……俺は……」
どうしてあんなことができたのか、聞きたいのはそれだが、初めて会話する女の子にこんなに凄まれているこの状況ではとてもじゃないけどそんな話は振れなさそうだ。今度こそ本当に冷やかしだと思われてしまうだろう。
なにか、まともな話題を……
「ねえ、用がないなら……」
「夏祭り!」
「……はぁ?」
口をついて出たのは、昨日の帰りに矢野と話した夏祭りの話だった。特別田舎というわけでも都会というわけでもないこの街で毎年開催される、一大イベントの花火大会。彼女の言葉を遮るように、もう半ばやけくそで、
「一緒に行ってくれませんか!」
そう誘っていた。彼女は、呆れたような顔でネットフェンスに寄りかかった。
「なんで、
「それは……いいだろ別に、嫌なら断れば」
我ながら何をしているんだろう、俺は。これじゃ、ただ夏休み前で彼女いなくて焦ってるやつじゃないか。っていうか、夏祭りは矢野に誘われてるんだった……ごめん、矢野。
彼女は、訳が分からないというような顔だったが、ひとしきり悩んだあと、突然ニヤッと笑って言った。
「別にいーよ」
「だよな、普通ことわ……え? なんで?」
「いいでしょ別に。嫌なら断れば? その場合は、きみ、自分から誘ったくせに実は女子とふたりで出掛ける勇気なんて無かったからすごすご逃げたダサイやつ、ってコトになるけど、オッケー?」
「誰が行かないって言ったよ」
「あはは、冗談だってば、そんな怒んないでよ。じゃあ……ナカジママサキ君、だっけ? よろしくね」
サラっとそう言って、彼女……北見さんは屋上から去った。すれ違ったとき、さわやかで甘い、いい香りがした。
ひとり置き去りにされた俺は、妙なことになってしまった、そう思いながら、さっきまで彼女が寄りかかっていたフェンスにそっと手を重ね、しばらく屋上から下を見下ろしていたのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます