1話目

 大きな黒いランドセルを背負しょって、一列になって登校した少年期。僕には物心ついた頃からずっと仲良しだった友達がいた。小柄で、小2のとき既に眼鏡をかけていた彼は、同じクラスの、でっぷり太った、縦にも横にもでかい男子にいつもからかわれていた。いじめられていたと言った方が正しいかもしれない。彼は僕に助けを求めたことは無かったし、僕も進んで助けたことなど無かった。ただ一度、大丈夫なのか尋ねたことはあったけれど


「おれがあんなのに負けるわけ無いだろ」


 と、からっとした笑顔で言われただけだった。僕はあの言葉を素直に受け入れてはいけなかったのだと今となっては思うのだが、僕はそのとき何も考えずその話を終わらせてしまった。


 1週間後、彼が学校に来なくなった。


 家が隣同士だった僕と彼は、いつもふたりで帰っていた。そんな日常が壊れたことに気が付いたのは、彼が学校を休み始めて数日経った後だった。毎日、プリントを持って彼の家に行く。ひとりだと広く感じる道幅と、長く感じる通学路と、彼のうちの重いチャイムのボタンの感触をやけに生々しく覚えている。ある日、先生に呼び出された。彼についてのことだった。


「××くんがなぜ学校に来ないか、心当たりはある? 中島くんは××くんと仲良いでしょう? なにか分からないかな」


 放課後のやけに寒い教室で、そう先生に聞かれたものの、僕はなんと言って良いかわからなかった。彼が親にも言っていないだろうことを僕が勝手に言っていいのだろうか。先生に言えば、親にまで伝わるに違いない。どうして彼はなにも言わないのだろうか。僕にも、あの優しそうで美人なお母さんにも。


 僕は彼と仲が良いつもりで、本当は彼のことをひとつたりとも知らないのかもしれない。


 そう思った瞬間、背筋に嫌な寒さが走った。俯いて黙りこくる僕のことをどう思ったのか、先生は諦めたような声色で


「急に変なこと聞いてごめんなさい。分からないならいいの、ありがとう」


 と言った。


 僕は彼の家に行かなくなった。彼の机の中にはプリントが溜まっていった。溜まっては、彼のお母さんに回収され、また溜まっては回収された。彼のお母さんを見ても挨拶をしなくなった。そんなはずないと分かっていても、なんでいじめを止めなかったのと責められたらどうしようと思ってしまって、彼のお母さんの視線から隠れるように、すれ違っても顔を背けてしまう自分が情け無かった。


 あの日


「おれがあんなのに負けるわけ無いだろ」


 そう言った彼のからっとした笑顔は本物だったんだろうか。


 学年が変わって、クラスが変わって、しばらくして彼は普通に学校に行くようになったらしいが、一緒に帰ることはおろか、二度と話すこともなかった。校内で何度も彼を見るたびに、僕は彼のお母さんに感じたような、息が詰まるような罪悪感にかられていつも拳を握って俯いて、早歩きで通り過ぎてしまった。


 今となっては、名前も思い出せない。忘れよう忘れようとしたばっかりに、どんなに頑張ってもついに思い出せなかった。


 もう二度とこんなことは繰り返さない。僕は小学校の卒業式、××くんが違う人と記念写真を撮るのを見て強くそう思った。

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