VS潜水艦
ソナー感知した潜水艦を、第一艦橋のVUHDにプロットする。
といっても、アクティブソナーや目視で確認できていないので『この方向のこのあたりにいる』というモヤのような分布図だけれど。
別図では進行方向を台風の進路予想に似せて描画している。
「海底状況は不明だけれど深度は120mほど。パッシブソナーの感度は良いので岩礁や乱流はない平らな海底面と思われます」
所属不明の潜水艦は、深度40m付近を低速で静音航行しながら、イリスヨナ右後方の4時方向から近づいてくる。
相手がこちらに気づいていない、ということはないと思う。
こちらは洋上の大型ミサイル艦で、静音性はそれほどでない。
そして相手は聴音が命の静音な潜水艦。
「まだ遠いですが、魚雷攻撃は可能な距離です。また、もうすぐ対潜爆雷の射程範囲内に入ります。アクティブソナーで位置を確定して攻撃しますか」
「ピンを打ったら、こちらが気づいていることに気づくかも。この距離ではこちらの対潜攻撃より、相手の魚雷のほうが効果的だわ」
ピンの他にも、逃げようとしていきなり増速するとか、前部魚雷発射管を動かして注水音を立てたりすると、相手が気づいて攻撃してくる可能性がある。
「増速できないのが辛いわね」
現在のイリスヨナは鈍足で動いており、通常航行速度になっていない。
というのも、レインの警護であるアリスと飼い竜であるクウに『おつかい』を頼むために、目撃されない程度に沖に近づいて一日ほど停泊した直後で、まだ速度を出していなかった。
潜水艦はイリスヨナの通常航行速度を知らないだろうから、増速すれば逃走に見える。
つまり通常速度に戻すだけで、潜水艦を発見していることに気づかれる可能性がある。
「でも何もしないと敵に都合よい場所から先制攻撃されます。主導権を奪われますよ」
「このままだとそうなるわね。後部魚雷発射管には、海上公試中の新型魚雷が2本と、通常のI種魚雷が1本装填されているけれど」
後部の回転式魚雷発射管は甲板と同じ高さにあって、水面下にはない。
船体を伝わるほど大きな音を立てなければ、攻撃準備が進められる。
掌砲長は一瞬だけ考えてから。
「今から魚雷の抜き差しはするべきでないと思います」
「攻撃用が1本だけというのは辛いかしら」
「むしろ、新型の性能テストには良い条件かと。攻撃は、初動のあとに前方魚雷発射管からで良いかと」
艦内はすでに戦闘配置になっており、前回と違ってミッキも発令所に来ている。
「ミッキ、そういうわけで海上公試中の魚雷は使わせてもらうことになるわ。申し訳ないけれど」
ミッキはうなずいて答える。
「今日の定期検診で異常は見つかりませんでした。状態に問題はありません。使用可能です」
「少し早いですが、発射タイミングを掌砲長に移譲します」
「発射タイミング頂きました」
掌砲長が復唱のかわりに答える。
「よろしく」
「新型の調停は現在のまま予想攻撃位置で。疾走時間は固定値ですし。
それと、前部魚雷発射管も音を立てずにできる準備は進めるべきかと思います。副長にお願いできますか?」
「私は構いません」
掌砲長が監視につくので、副長が前部魚雷発射管室の指揮へ。
私は操艦。といっても、なにも変化を起こさない役目で、つまりなにもしない。
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「相手がこのまますれ違って、離れていった場合はどうしますか?」
「その場合は気づかなかったふりをします。戦闘はしません」
接近されただけなら、イリスヨナのスペック等についてほとんど漏れないし、むしろセンサ範囲を実際より小さく誤解させることができる。
「相手が攻撃色を見せる前の先制攻撃は避けたいの」
私の言葉に対して、レインがこともなげに言う。
「他にだれもいない洋上の出来事です。殲滅してしまえばわかりませんよ」
「それはそうなんだけどね」
実際、初日に撃沈した古代戦艦について、その後なにも音沙汰はない。
無断侵入者をひとり消す、どころではない。
いつ動かなくなってもおかしくない古代戦艦が、洋上で消えても追いかけようがない。
洋上で起こったことを把握するのは難しい。
監視衛星や衛星通信がないこの世界では、特にそうだ。
「とはいえ、イリスヨナには実績というか、前歴がありますからね」
副長が指摘する。
「魔槍の輸送は、表になっていなくても各所に情報が伝わっているでしょうから、活動海域も割れています。イリスヨナの付近で古代戦艦が消えたら、事実はどうあれ疑わしいかと」
「はれもの扱いはされたくないのだけれどね」
イリス様の名誉と自由に影を落とすようなことは避けなければならない。
と、レインが私の顔を覗き込む。
「イリス様のお命が最優先なのでしょう?」
「つねに選択肢がない状況ばかりではないわ」
あなたが一番ではない、とレインに向かって明言するのを避けたのだけれど。
「いいんですよ。弁えてます。レインはわかっていて、ヨナさまのお側にいるのですから」
その程度の気持ちは、レインには通用しない。
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「レイン、『フーカ』を連れてきてほしいのだけれど」
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「ヨナさま、フーカを連れてきましたよ」
ミッキと同い年くらいの少女。
短く切りそろえられた赤髪、灰色の瞳。白くきれいな肌。
赤髪と色合いの違う赤い石の髪飾り。
軽戦士の軽装はアリスのものを借りている。手甲や武器はつけていないラフな格好。
第二発令所に連れてこられたフーカは、手錠をはめられていた。
「外していいわ」
手錠、どこから持ってきたのだろう。
レインの私物なのだろうか。
いちおう注意してほしいとは言ったが、ここまでするとは。
いや、警戒はするべきではあって、レインの対処が正しい気もする。
レインは憮然ともせず、私が求めたままにフーカの手錠を外す。
私とレイン以外はフーカとは初対面になる。副長は席を外しているが、他の発令所メンバは揃っていた。
「申し訳ないけれど、戦闘中なのでお互いの自己紹介はあとで」
手錠を外されたフーカは、手錠つきで連行されてきたときの不機嫌そうな表情を変えないまま、発令所内を見回す。
艦内設備には萌えないタイプなのだろうか、と思ったりしつつ、お互いそれどころではない状況なので話をすすめることにする。
「所属不明の潜水艦が接近中。右後方4時方向の外洋側から。攻撃はまだないけれど敵艦と想定しています。
洋上の状況と彼我の位置はご覧の通り。発令所前面にプロットしているのだけれど、このフォーマットの海図は読めるかしら?」
私は口頭と指差しで、プロット上の本船と潜水艦位置分布を示す。
フーカが目を細める。
といってもべつに、図が見えないわけではない。
「この図は最新? 手描きとは思えないけれど」
「最新の状況よ。イリスヨナのVUHDで描いた図がリアルタイムで変化するの。
フーカがこの状況をどう見るかを、私は知りたい」
本船と潜水艦の進路予想をプロット上に上書き表示してみせる。
フーカが目を細めて私を見る。
「この海図、いま、あなたの意思で動いたわね?」
手元でスイッチを押したりしていないし、魔力で操作したりしていないのは魔術師であるらしいフーカは気配でわかる。
操作方法を誤魔化すつもりもない。
フーカは疑問を保留にして、前面にプロットされた戦闘状況に向き合う。
「緑の太線が海岸線ね。縮尺も理解できる。このラインは?」
「水深を表している等高線のようなもので、指している沖合のところは深度40m」
「水温躍層は20mに存在する?」
「イリスヨナの聴音の限りでは付近海域一帯に安定して存在してる」
水温躍層は、水面近くの暖められた海水と、その下の冷たい海水を隔てている、海中の地層だ。
おおざっぱにいえば音をさえぎる層で、海上艦からの聴音は潜航した潜水艦を捉えにくくなる。
「本船と不明艦の速度は変わらず?」
「変わらず」
「本船と不明艦の進路は?」
「進行方向はほぼ直進のまま。本船は進路を変えていないし、潜水艦は微修正しつつ本船との接触コースを進んでる」
フーカは途切れることなく立て続けに質問したあと、2秒黙って。
「外洋側から仕掛けてきているのがおかしい」
私は続きを待つ。他のメンバは疑問符を浮かべているので、フーカは続ける。
「いまの配置ではイリスヨナと共に戦場が深度の浅い沿岸になりうる。潜水艦は奇襲を狙う艦種で、水温躍層のない浅瀬での戦いは避ける」
今は潜水艦のほうが少し早いことに、フーカは気づいているのだろう。視線が海図から彼我の船速を読み取っていた。
進行方向を調整すれば、反対側にまわることもできなくはない。
「もちろん、イリスヨナの離脱を警戒しているだろうし、一撃離脱を想定とか、いろいろ考えられる。あと詰めの戦艦がこの先で待っているというのも。
少なくとも、相手は静観よりは攻撃。撃破を狙っているかはともかく、1戦交えようというつもりなのは確かでしょうね」
フーカが私を見て尋ねる。
「先制攻撃はしないの?」
「それも良い手だと思うけれど、今回はまずは専守防衛でやってみようかと思ってるの」
フーカが睨むので、言い訳のように付け加える。
「別に相手を甘く見ているわけではないわ」
予告なし攻撃による政治的な面倒を避けたい、というのもないではないけれど。
イリス様の命が最優先だし、洋上で古代戦艦同士が出会って戦闘を避けようというのは、いまの海洋情勢では難しい。
そういった事情で『正当防衛』の重要性は、実はそれほど高くなかった。
「一撃受けることになるかもしれないわよ」
「回避を考えているのだけれど」
「だとしたら、もうそろそろ限界よ。これ以上接近された状態で、直射されたら回避の余裕がないわ。
相手もそれが狙いで、あえて攻撃可能なギリギリよりも近づいているのだろうし」
「そうね」
フーカは、戦闘状況下で何も考えずに長話をしていたわけではなかった。
私も時間的余裕があると考えたからフーカを呼んだ。
そして、フーカの戦略感覚にも興味があったけれど、それは互いを知るための雑談程度。
最大の目的はまた別にある。
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「敵国のお姫様といっても、まあすることは大して変わらないわよね」
勧誘のあと、少女のカミングアウトを受けて。閉鎖された船室で。
彼女のこと、なんと呼べばいいのだろう。
『マティアス』? 『ドゥちゃん』?
どれが名字かと言えばマティアスだろうし、この世界ではイリス家のイリス様、ああでもイリス様は長女で跡継ぎだから姓と名が一緒なのか。
「何はともあれ、まずは名前ね。偽名が必要かな。レイン、どうすればいいのかしら?」
「偽名は、呼ばれ慣れた本名と近いものが良いとされていますね」
「それってバレないの?」
「名前から連想でバレる危険はありますが、それより呼ばれてとっさに反応できないほうが怪しまれるんです。だからリスクとメリットを鑑みて、偽名は本名に近い方が良い」
なるほど。
「あなた、これまでの人生ではどういう風に呼ばれていたの?」
「第二王女様」
とりつく島もない簡素な呼び名、と思うが、そういえば大国アルセイアでも『第五皇女様』は名前がない『第五皇女様』だった。
「あるいは予備の巫女として『第二の少女様』と呼ばれていたわ」
「マティアス家だからマで始まる名前とかにする?」
「呼ばれ慣れていないなら、意味ないですよ」
「他にはないかしら?」
もっと名前らしいものを。
そう問いかける私の瞳を、お姫様は覗き込む。
「フラウ」
ぽつりとつぶやく。
「私の幼名よ。あまり、呼ぶヒトはいなかったけれど」
「フラウ。良い名前ね」
心なしか、少女の発音も柔らかかった。
王家の貴人にとって幼名というのは親しい仲だけで呼び合うもので、そういう子供の頃の思い出に引きずられたのだろうか。
責任重大だ。
私が命名しろとは誰も言っていないけれど、引き取ると言ったのは私なのだから、と思う。
それに、柔らかな発音で聞かされた幼名を偽名に落とし込むとき、いいかげんな気持ちでしたくはなかった。
しばし考えて。
「フーカ」
美しい風花の舞う冬の光景。冷たい風が鼻先をくすぐる不思議な痛みを少しと、爽やかで清潔な香りを思い出す。
「あなたの名前はフーカにしましょう」
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「あなたが気高く高潔な人物であることは理解しています」
死を覚悟してイリスヨナに単身乗り込んだフーカが、命を惜しんで自分を曲げるとは思えない。
お互い生き残るために、なんて脅迫まがいのことは言わない。言っても意味がない。
それに、私はフーカと仲良くしたい、仲間になって欲しいのだから。
「私はあなたが欲しい。これから作る人造艦船の乗員、特に艦長以下、幹部となりうる候補生として」
イリスヨナは大国エルセイア側だし、エーリカ様と近すぎる。どうしても大国ストライアの船を敵艦とする事は避けられないだろう。
いずれは敵対する状況にもなるだろう。
だがフーカにそれを強制することはできない。
生まれた国を裏切ることになる。
フーカが家を出た時とはまた違う。
あらためて血族との縁を捨て、見知った顔の相手に刃を向けることができるかどうかを、私は尋ねている。
「私たちは相手の潜水艦の艦名すら知らない。けれど、教えてくれなくてもいい。『敵艦』はイリスヨナがどうとでもします」
別に情報がなくても切り抜けられるだろうと思っている。
だが相手潜水艦の情報がわかれば、より安全が手に入り、とれる選択肢が広がる。
ただ、それはそれとして、フーカの知っているであろう情報は欲しい。
私の問いかけに、フーカは答える。
「『あたし』が決断を保留するような人物だと思っているのじゃないでしょうね」
「よく考えることは優柔不断に直結しません。時間がある時は特にそうです」
拙速は尊ぶべきものだが、即決があらゆる問いの答えではないと、私は考えている。
悩み苦しんで答えるべき問いもあると。
でも今回は、フーカが悩むとは思っていない。
「たぶん、潜水艦『コレッジオ』よ。大国ストライアのコレッジオ国コレッジオ王家が所有する潜水艦の古代戦艦」
フーカは私の誘いに応じ、そして相手の潜水艦について話しはじめる。
「大きな特徴として、コレッジオは同型艦が2隻ある。2隻で1隻の潜水艦なの」
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増速して陸から離れるように右へ面舵。
10秒後にアクティブソナーのピンを打つ。
初動はこちらが不意を取って先制。
しかし、ピン音はまず敵艦に衝突して相手の方が先に情報を得る。
そして水中は空中より早く音が進むが、反射で返ってくるのに倍の時間がかかる。
『コレッジオAが浮上を開始。コレッジオBより魚雷発射管注水音』
副長は作戦開始前に定位置に戻っている。
「想定より早いですね。すでに攻撃態勢だったようです」
「でもコレッジオBを発見したわ。ソナーもすぐ返ってくる」
相手潜水艦たちの行動は想定内。
コレッジオAは、潜航してこちらを4時方向から追っていたおとりの潜水艦。
コレッジオBがもう一隻の、位置が不明だったほうの潜水艦。
いちばん甘い予想は、機関を停止して無音潜行しているコレッジオBが即応できない深い深度にいるか、まだあらぬ方向を向いているというもの。
その場合は最初の攻撃までに、さらに時間がかかる。
イリスヨナを追っていたコレッジオAは深度40mにいて、深度20mまで上がってきて攻撃可能になるまでには時間がかかる。
『17番の垂直発射管を開放』
発射管注水音を受けて、弾体発射までは、あくまで警戒行動。
『コレッジオBより魚雷発射音が2つ。接触まで60秒。コレッジオAおよびBを敵艦と識別』
先制攻撃を確認。こちらも反撃へうつる。
コレッジオA・Bと魚雷の位置の精度を上げるため、少し時間を開けて、連続でピンを打つ。
「掌砲長、イリスヨナは敵魚雷に接触タイミングでちょうど横腹を向けているわ。まるで大きなマトよ。対応よろしく」
「了解してます」
掌砲長はコンソールを見たまま答える。
『ソナー感あり』
「コレッジオAの位置を捕捉しました」
『対潜攻撃開始。対象はコレッジオA。17番垂直発射管より対潜爆雷を射出』
古代戦艦イリスヨナの艦首甲板から飛翔体が煙の尾を引く。
「この時間差が勝負どころね」
コレッジオAは対潜攻撃を受けたと気づけば回避を優先するし、攻撃を諦めて潜航してくれるかもしれない。
しかし潜行しており今まさに浮上中のコレッジオAが、空中の飛翔体に気づくのは難しい。
魚雷攻撃は水中でもわかりやすいが、前方魚雷発射管はコレッジオAとまったく別方向に向いており、旋回式魚雷発射管は使用中だ。
コレッジオAが回避に移れず攻撃に入ってしまえば、コレッジオAを対潜爆雷で撃破できたとしても、イリスヨナは2撃目を受けてしまう。
「旋回式魚雷発射管を回転。新型魚雷は問題なし。発射体勢よし」
掌砲長が告げる。発射タイミングは最初に移譲してある。
ミッキの作った新型魚雷。
「ミッキ、ありがとう」
「どういたしまして?」
なぜ疑問系。
まあ確かに、こういう時どう答えればいいのかは私にもわかりかねる。
感謝の言葉を言うタイミングでもなかった。終わったあとの方がよい。
『魚雷の接触まであと40秒』
「新型魚雷、発射」
掌砲長がトリガを入れる。
ふつう魚雷発射管は前方に配置されており、船体から前方に発射される。
しかしイリスヨナの旋回式魚雷発射管は船体後方の海面上にあって、船体の横方向へ撃つことができる。
海中では、あらぬ方向から魚雷が突然降って湧いたようにも見えるだろう。
フーカが戦闘中であることも忘れて興奮する。
「すごい! すごすぎる! まさか旋回式魚雷発射管が動いてるところを見られるなんて!」
第二発令所からも船体の真後ろにある旋回式魚雷発射管は見えないので、第一発令所からVUHDのカメラ映像で我慢(?)してもらっている。
奇しくもフーカが発見されたカメラアングルで、しかしフーカはそのことを知らなかった。
それにしてもフーカ、艤装とか好きなタイプだったのか。
あるいは、観艦式などで停泊している船を見学するより、実際に動いているところを見る方が好きなのかもしれない。
戦闘中なのでフーカの様子は横目でチラ見する程度にして、海中状況へ意識を集中する。
コレッジオBが撃った魚雷はわかりやすい。最短時間で真っ直ぐに進んでくる。
あわよくば命中。だがまずはイリスヨナの選択肢を奪うことが目的で、コレッジオAが攻撃に参加するまで時間をかせぐ。
その魚雷に横腹を見せようとしているイリスヨナから、突然あらわれた魚雷。
進行方向はコレッジオBへまっすぐ進むコースだが、目的はコレッジオBではなく、その手前で疾走中の敵魚雷。
この初撃をいなした後のことは、すでに決めてある。それほど不安はない。
だから、なんだかんだ言って、この新型魚雷が発動する瞬間がいちばん綱渡りだ。
思わず視線がミッキへ向く。
ミッキは特にいつもと変わらない様子。特に緊張などはなく、ただ興味深そうに自分の作った新型魚雷の疾走経路を見ている。
まあ根っからの技術者であるミッキの性格的に、新型魚雷が不発に終わったとして、イリスヨナに魚雷が命中する瞬間も、いつもと同じように平然としているのかもしれないが。
掌砲長はVUHDの時間標示には目をやらない。腕時計を見ながらカウントする。
「5、4、3。発動します」
ミッキの新型魚雷、艦対雷の防御システムは定時で炸裂し、疾走体から無数の弾体を撒き散らす。
そのようすは海中を水平に伸びた黒い花火が炸裂するようで。
弾体が作った球状のキルゾーン。水中の散弾による防御壁。
直進していた敵魚雷2本が、吸い込まれるようにキルゾーンに飛び込む。
魚雷のうちの1本が、側面から弾体の直撃を受けてひしゃげる。
速度を失った魚雷が2,3撃目を受け、直後に衝突信管で弾体が弾けて魚雷を完全に破砕する。
想定通りの結果ではあるものの、まだ未成熟な防御システムは散弾の弾幕だけに頼ってはいない。
弾体が遅延信管で炸裂して、周囲に破片と、小さな重りのついた『糸』をばらまく。
糸は蜘蛛人による強糸。魚雷をからめとる、レイン謹製の罠だった。
古代戦艦が艤装している魚雷は、確かに超科学と魔術の産物であり、火力と制御の性能は現代科学の最先端を凌駕する。
だが、そうは言っても結局は魚雷。後端のスクリューで海水をかいて進む。
だから魚雷を絡め取るのに、糸を網のように組む必要はない。
魚雷自身がスクリューに巻き込むからだ。
海中の破片をまともに受けてスクリューと舵が歪み、さらに糸を巻き込んで、2本目の敵魚雷が操舵と推力を失う。
イリスヨナへの衝突コースをソレてあらぬ方向へ流れ、海中で慣性力を失って立ち往生。
しばらく海中を漂ったあと、衝撃信管を補助するためにセットされていた時限信管が作動して自爆。
新型魚雷は予定通りの性能を発揮し、敵魚雷2本を無力化して、敵艦の初撃を文字通り打ち砕いた。
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