侵入者4 / わたしのたったひとつの望み
「イリス伯領地で拾ったってことにすればいいんじゃないかしら」
「子猫じゃないんですよ。まあできますけど」
「できるんじゃない」
「教会では、子供の出生を偽装する程度は通常業務の範囲内ですからね」
「ねえ、前からちょっと思っていたんだけれど、教会って本当に大丈夫な組織なんでしょうね」
「そうやって保護する必要がある子供もいるというだけで、悪いことをしているわけじゃありません」
レインは嘆息する。
「それはそれとして、大丈夫じゃないからレインは今こうなんですよ?」
「やめて、そういうのやめて本当に」
童女がめまいを起こした大人のような仕草。おおげさなのはわざとなのか。
目の前で教会批判をする修道女というのはなかなか見れるものではないけれど、いまの私はそれどころじゃない。
「ねえ、あなたもそれでいいでしょう? 事情はわからないけれど、家を飛び出してきたって言うなら、一緒に謝りに行ってあげてもいい。
どうしても古代戦艦で、巫女じゃないと嫌なら申し訳ないけれど」
「申し訳ないけれど、死んでもらうって?」
「いや、漁船に乗ってもらうって話」
童女の中ではすでに決定事項らしい。
「なんかちょっとエーリカ様みたいですよ」
「いやいやいや、私がエーリカ様みたいなんて」
「照れないでくださいよ」
照れるというより『そんな恐れ多い』という態度に見える。
座らされた私に対して、少女の顔は頭一つ高いだけ。
私は目の前の少女に問いかけてみる。
「本気なの?」
「ええ」
全身が総毛立つ。
私の人生が決まる一瞬が、唐突にやってきたのだと気づく。
さっきまで拷問死するつもりだった頭に血が登って。
そして、すとんと興奮が冷めた。
「ダメだわ」
すべてを投げ出しても手に入れたかった、わたしのたったひとつの望み。
一生に一度も訪れないであろう、願ってもないチャンスが降ってきたのに、私の手は掴むことができない。
自分の生まれを呪わしく思ったのは、はじめてだった。
「どうして?」
「私の名前は、マティアス・グリューネヴァルト・アネモネ・ドゥ」
2人ともなんで、私の名前を訊かなかったのか。
童女はともかく、レインは間諜に名前を訊いても答えないとわかっていたからだろう。
「大国ストライア領マティアス国マティアス家、第二の少女。巫女の予備。大国エルセイア側の古代戦艦イリスヨナにとって、敵国のお姫様だもの」
レインは理解した面倒事の発生を、不快とともにこれ以上無くわかりやすく全面に出しながら、ヨナに提案した。
「やっぱり殺しましょう、これ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます