侵入者3 / ないんだったら、作ればいいのよ


きれいで強くて賢くて。

古代戦艦の巫女に選ばれた姉さんに、あこがれていた。


姉さんのような巫女になりたかった。

だから船のことを必死に勉強した。


大事にされてかわいがられて、でもある日、姉さんに裏切られて。


一族に伝わる魔結晶を盗んだと、罪を被せられた。

古代戦艦に関わる魔術具を盗むのは、一族内であっても死刑がありうる重大な犯罪行為。


姉さんに憧れていたけれど、古代戦艦は一隻。自分が巫女になれないことはわかっていた。

家を飛び出したのは、衝動的だったのか、計画的だったのか。


抜け出す際に、ほとんどのものは置いていった。短杖とローブに少額の銅貨。

縁切りのつもりだった。


認識阻害のローブは家から盗んだ。冤罪が本当になっただけ。大したことじゃない。

服を使用人の私服に着替える。これも窃盗。

追跡されたくなかったので、赤い石の髪飾りのペアだけ残して、身につけるものはすべて残していった。


使い慣れた魔石だったから、だけじゃない。

小さい頃にもらった、姉さんからの誕生日の贈り物。

裏切られて、悔しくて悲しくて。何度も捨てていこうと思って、それだけはできなかった。


髪飾りだけ無くなっていることに気づかれたくなくて、誤魔化すためだけに、宝石箱を含む私の部屋に火をつけなければならなかった。


認識阻害のローブを着たまま魔力で強化した足で駆け抜け、途中で乗り合い馬車などを使いながら、2つほど国をまたいで、河川港湾で小さなボートを盗む。

小型海獣が跋扈する河を下って、大国ストライア領から大国エルセイア領へと国境を不法に抜けた。


商業漁船すら近づかない魔の区域をボートで生きて切り抜けようとするのは、自殺に等しい、とても分の悪い賭け。

それでも、たったひとりで助けなく、実家の追跡を振り切るには、1割を切る幸運を掴んで大国領の国境をまたぐしか無かった。

そして私は、賭けに勝った。


しかし、そこからは目的地もなく、ただ目立たず危険を避けて放浪することしかできなかった。

チンピラを後ろから襲って路銀を得るとか、人気のない藪の中で野宿するとか。

放浪する暮らしが長く続けられるとは思っていなかった。


家を出る時に理解していた。連れ戻されても碌な目には合わない。死ぬ時もろくな死に方はできない。


せめて死ぬ前に、古代戦艦をひと目、みてみたい。


姉さんの乗艦と、大国ストライアに属するいくつかの古代戦艦はこの目で見たことがある。

知識はあっても、大国エルセイアの古代戦艦をこの目で見たことはなかった。


母港の拠点に置かれた古代戦艦に近づくとか、ましてや侵入できるとは思わない。

古代戦艦の墓所ではなく、カサンドラにやってきたのは、こちらのほうが近かったから。


ちょうど浮遊都市の水晶宮がやってくる周期で、装甲代わりに古代戦艦を使っていると知っていた。

死んだ古代戦艦でも、私には他になかった。


私は思いがけず幸運だった。


洋上、河川上に古代戦艦。

戦闘の様子は王都背後の丘の上から見えていたが、巨大海獣はどうでもいい。

何もしていないように見える古代戦艦が、私には戦闘に参加しているようにも見えて、ともかく戦闘は終結して。


母港を離れた古代戦艦が、警備も薄い国外の港湾に停泊していた。


古代戦艦の運用は、どの国でも閉鎖的で排他的。

巫女の家の妹、巫女の『バックアップ』である私でさえ、船内を見せてさえくれない。

家族であっても漏らせば厳しい処罰。姉も話してくれたことはない。

私が知れるのは、閲覧が許可される範囲の書籍と、歴代巫女の日記。

そこから推測される古代戦艦の仕様だけ。


古代戦艦への無断侵入者が略式死刑であることは知っている。

侵入して、抜け出す方法は、実は最初から考えていなかった。


眼の前のご褒美しか見えていなかった間抜けな、私はあっさりと罠にハマり。

蜘蛛人の修道女に組み敷かれ、お付きと思われる別の少女に手足を紐で拘束されて、赤紫の配管が露出した通路に座らされて、尋問。


「認識阻害のローブなんて高級品、辺境国以上のバックが付いているスパイか、少なくとも財閥のバックアップがなければ手に入らないと思うんですが」

「金持ちの家に入って盗んだのよ。たまたま見つけて、したいことに役立ちそうだったから」


乾いた喉が痛い。


「したいことって、あなたの目的は何なんですか?」

「古代戦艦の艦内を、見てみたかった」


私を拘束している、レインと名乗った蜘蛛人の修道女が、それを聞いて顔をしかめた気がする。

ここまで私のあからさまな嘘に軽蔑すら含んで余裕の表情を崩さなかった彼女が、本当のことを言った私にそんな顔をする理由がわからない。


「どうしてそんなことを? だれに指示されたんです?」

「だれにも。私の子供の頃からの夢だったの。古代戦艦の巫女になりたかった」


姉さんのようになりたかった。

優しくて強くて。裏切られても、あの頃の憧れと髪飾りを捨てられない。


「家を捨てて飛び出して。行くところもなくて。だから死ぬ前に、見てみたかった」


いつしか、船が好きになっていた。


「この船、魚雷艦に見せかけているけれど、本当はミサイル艦でしょう? 後部の旋回式魚雷発射管なんて、もう動かなくなって久しいでしょうに、外してない船がまだあったのね。折れやすいレーダやアンテナ類も使えそうなくらい綺麗な状態で残ってる。外装のミサイル発射筒じゃなくて、垂直発射管が艦首側を埋めるほどある戦艦があるなんて知らなかった。死ぬ前に見れてよかった」


レインは無言で腕を組む。不機嫌そう。拷問してみるかこの場で殺すか、悩んでいるのだろうか。


と、密閉された小さい区画に、聞いたことのない人物の声。


『レイン、その子、嘘ついてる感じだったりする?』


レインの表情を言葉にするならば『あーあ』って感じ。


でも私はそれどころでなくて、少なからず驚いていた。

声が明瞭に通るほど正常に動作。艦内放送が生きてる。

この古代戦艦は維持の優先度が低い、些細な艦内設備までが生き残っている。


レインはため息。


「嘘ではないと思いますよ。前半部はともかく、目的はメチャクチャで、後半はなぜか早口だったし。だから本当なんでしょうね」


ちょっと魔法の才能のあった馬鹿な小娘が、考えなしに船に忍び込んで、仕方ないからこの場で死刑。

そういう終わりになるだろうし、そうでなくても、尋問されて私の出自を吐かされれば、扱いがめんどくさいからやっぱりウラで処理される。

そのはずなのに。


「そっか。ねえレイン、私、その子欲しいんだけど」


艦内放送が少女の声で、防水扉の開閉音と共に肉声になったことに、私は一瞬気づかなかった。

小さな背、見たことのない大きさの獣耳、黒髪の童女。

ガラスのような瞳。


レインはため息。


「無断侵入者は死刑なんですよ。わかってます?」

「バレなければいいんじゃない? この子が無断侵入したのを知ってるのは私たちだけだし」

「どうしても?」

「かなり」


なりゆきを見守るしか無い。状況がわからない。私はこの童女におもちゃにでもされるのか。

死ぬまで拷問して遊ぶとか? 痛いのは勘弁願いたいのだけれど。

自決の手段とか、そんな気の利いたものはレインにとっくに取り上げられている。


「イリス様は許してくださると思うわ」

「あなたが言えば、それはそうでしょうね。でもそういう問題ではないと思いますけど」


イリス。ではこの古代戦艦は『イリスヨナ』か。

彼女の言うイリス様とはこの古代戦艦の巫女だろう。

この船の指揮系統はわからないが、その『イリス様』に許せざる不法侵入者を『おねだり』して許されると言い切れる人物。


獣耳の彼女は何者だ?


「ねえ、あなた、船に乗りたいの?」


問いかけられる。


「乗りたいわよ。でもどこだって古代戦艦の巫女の椅子はいっぱい。あなたのところは余ってるの?」

「いいえ。一隻しか無いわね」

「じゃあどうしようもないじゃない」

「巫女になんてならなくても、普通の乗員のほうがいいと思うけれど。ともかく」


少女は首をかしげて、戻してから。


「あなた、私のところで漁船の乗員になりなさい」

「漁船? 罰金刑にするから返済しろってこと?」


わけがわからない。


この流れで漁船と言われて一瞬、罰金刑や刑務作業を連想するが。

無断侵入者の略式処刑は軍事機密に関わる法律で決められており、身代金や借金などには代替えできないはずだろう。


「違うわ。私たちは、洋上で漁業ができるような艦船を作るの。だからその船の乗組員が、欲しくて欲しくて欲しくて」


なんで三度言うんだ。


「あなたが想像しているであろう、河川の漁船とはサイズからしてまったく別物よ。鋼鉄の船なの。

まずは100m級を建造して、この船の1/3サイズね。いずれ数を増やしてサイズも大きく。最終的に、空母は500m級になるかもしれないわ」

「空母って何? 100mの船を、作る?」

「そうよ。あなたは古代戦艦の船員の椅子に空きがないからって、諦めているのかもしれないけれど」


童女は落ち着いた大人のような口調で、わたしが理解できないような話を、していた。


「ないんだったら、作ればいいのよ。古代戦艦にかわる、人造艦船を」

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