幕間:『3年ぶりの再会 / 父と娘の会話2』
「エーリカ様は、辺境国のイリス伯領地を、海際戦線の焦点にするつもりだ。
エーリカ様もさすがに、最終的に国を見捨てはしないだろう。
しかし、土地勘もある自国に敵を引き込んで決戦。たとえ焦土となっても戦功をもって大国アルセイアから復興の助力を頂く。そう考えていてもおかしくはない」
父はそう語り、私を見る。
それはどうだろう、と私は思う。
ジャングルを遡上していた際に、ヨナと絡んでいるエーリカ様を見る機会が多くあったが。
祖国を守るために最後まで戦う、というメンタリティの持ち主とは思えなかった。
「辺境国の周辺はグランツ家にとって地盤となる大事な地域だ。
グランツ家としては、辺境各国をあまねく戦場にするという考え自体が受け入れられないが、大国エルセイアとの合意であれば表立って反対することは難しい。
だから我々には、大国エルセイアが辺境国を戦火から守らなければならなくなる『理由』が必要だ。
河川周辺の穀倉地帯だけでは弱い。大国アルセイアは自国の国土があれば穀物生産は苦しいが足りると言い張れる。
イリス伯領地が海産物による膨大な蛋白元の供給地として重要拠点になれば、動員される兵力が増えるし、防衛線をもっと手前にできる」
政商としてのグランツは『私たちはこの土地と一蓮托生』という立場に立つ。
だから進んで飢餓や戦争を起こす無茶はしない。むしろ地域が荒れて商売がしずらくなることを嫌い、その安定に力を傾ける。
対する地域の国家や共同体も、税収や都市開発でグランツ家の恩恵に預かる。だから積極的に敵対することはしない。
「エーリカ様と一緒に、辺境国の地盤を捨て石にして大国アルセイア中央に躍り出たらいいんじゃないの? 資本家として儲けが増えて財閥も大きくなるし、楽しいよきっと」
私は興味がないので適当なことを言ってみる。
資本家として考えるなら『地域の信頼という"資本"を"投資"して次の大きな事業』というだけの話だ。
裏切りなんて言われても、痛くも痒くも感じない。
資本家は、飢餓も戦争も革命も、あらゆる大きな『うねり』は、今以上に儲けられるチャンスだと考える。
また、負けない方法は考えるが、負けたときのことは考えない。
「お前がまだグランツ家にいたならば、あるいはそれもアリだったかもしれないな」
父は小さく嘆息した。
「私は今の財閥を、つつましく堅実に成長させることしか考えていないよ」
負けたときのことは考えないので、つつましくと言っても、現状維持ではなく、成長はさせるつもり。
「私も別に、ガンガン敵を倒して最強の戦艦に、なんて考えてないけど」
でもひっかかることはある。
「それにしたって、どうして防衛線の話が? グランツ家は無傷とはいかないけれど、戦場になるとしたら、まずイリス伯領地よりももっと手前からでしょう」
「イリスヨナが輸送任務、いや輸送業務か、それをした理由は、隣国に敵勢力が入り込んでいたからだろう」
「ああ、そういうこと」
私の納得は、どこか予定調和的。
想像していたうちのひとつではある。
「隣国だけじゃない。辺境各国に、大国アルセイアと切れて大国ストライアについた勢力がある」
戦争となれば、大国ストライアに隣接する辺境国から戦線が綺麗に進行、とはならない。
辺境各国に虫食いのように戦場が生まれ、海際の辺境国が広く戦火で焼かれることになる。
「グランツ家は大国ストライア勢力圏とも取引はあるが、基本的には大国アルセイア側だ。
基盤地域が戦火に焼き尽くされて、そのうえ敵国におちる未来は見たくない」
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「父親が娘に個人的に事情を話して、イリスヨナから下船するよう翻意を促してる」
それが今の状況。表向きは。
「すごく父と娘の会話って感じ」
「すまない」
「別にいいよ。嫌ってない。好きでもないけど」
そういうやり方も、父のことも。
資本家として政商として父として、尊敬することも軽蔑することも、しない。
「で、私はこの話をイリス様に漏らすと。恩と情のある船の尊敬する船長に、親子の情を涙で振り切って」
なんて。
それが父だけのシナリオならば、ここでこういう話をすること自体を父が止める。
止めないということは外部に情報漏えいが漏れてもいいということで、つまり、少なくともエーリカ様はこの三文芝居を了承済みということになる。
ヨナだったら『直接言いなさいよ! 政治メンドクサイ!』って怒り出すかもしれない。
「りょーかい。いいよ。そういうことならそれくらいはするよ。あーあ、父親とケンカ別れじゃないのをいいことに、平和かつしっかりと引退したつもりなんだけれどな」
父は、小さく嘆息して言う。
「イリスヨナは、知らずお前をこの戦いの中心へと導いている。今回のカサンドラへの巨大円盤海獣の上陸もそうだ。古代戦艦イリスヨナは間違いなく台風の目になる」
それは安全な場所という意味だ。比喩が間違っている。
「戻ってくる気はないか?」
「イリスヨナの掌砲長のほうが性に合ってるからね」
でもありがとう。
その一言だけは、きっと本当に父親としての言葉だったのだろうと思う。
「イリス様とヨナ様に伝えてくれ。グランツ家はイリス漁業連合を全力で支援させて頂く。これは本当だ」
「でもエーリカ様に本気で怒られそうになったら手を引っ込めるんでしょ? それなら本気でも冗談でも結果は一緒だって」
別にグランツ家を、父を責めるつもりはない。
擁護するつもりもないだけで。
父と娘の3年ぶりの再会は、概ねそんな感じで、ちょっとだけ情が通ったりしつつ、ほぼ業務連絡だった。
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