ドラゴンライダーとお手紙 / Love your enemies


『西より接近する機影あり』

副長が双眼鏡を構える。


「あれはイリス家の連絡竜です」

「ちょうどいいタイミングってことかしら」


到着してからすでに1日。ここまで航路は最短コースを通ってきた。

出港直後に戦艦を撃破したうえで、待ち伏せなども考えると、あえて時間がかかる蛇行をして進むより良いと考えた。


後部甲板を開いて、受け入れ体勢。

レインが連れてきたドラゴンであるクウがそこに収まっているが、イリス家の竜とはケンカしないことを事前に確認しているので、まあ大丈夫。


「副長、出迎えお願いしてもいいかしら?」

「はい。お任せください」

「伝令がすぐ帰りたいようなら、連絡も副長が聞いてくれればいいから」


さて、せっかく異国に来て、仕事も終わり。

観光したい気持ちを我慢して、私は第一発令所にお籠り状態になっていた。


やることもないので、イリス様のぬくもりが残っていない船長席に、ずりおちそうな体勢で背中を預けてダラケている。


なにしろここは異国で、私はイリスヨナの新制御機構『ヨナ』。

いちおう存在自体が国家機密になっている立場で、ふらふらと異国のウィンドウショッピングを楽しむというのはいろいろ問題があるだろう。


それに、王都カサンドラは昨日戦場になったばかり。

イリスヨナは異国の古代戦艦でありながら武力介入した上に、都市の防衛システムを破損し都市に被害を与えている。

無言で逃走するわけにもいかないが、レインによる折衝が終わったら、補給も諦めてすぐ帰路につきたい。


まだ目覚めないイリス様の体調も心配。


背中側からヒトが入ってくる気配。


「ヨナちゃんひっさ」


振り返ると、配達手のユーリが船長席に肘を置きながら片手を上げて挨拶。


「緊急連絡はなし。はいこれ手紙。詳細な伝令内容はこちらに。最優先はエーリカ様からの指示がひとつ。他はなし」


ユーリは早口で仕事を済ます。彼女は若年ながら戦場経験者で、速報の重要性を叩き込まれた当時のクセをあえて抜いていない。

手紙の受け渡し以外は口調が崩れているが、ユーリと私はそういう間柄。


「ユーリの前で開けて読んでも大丈夫?」

「内容は把握してるので」


確認して、開封する。


エーリカ様が直筆した手紙は、事務的ながら美しい筆致。

内容は、端的な用件。

最後にサインの代わりに、そこだけ手書きを強調して筆致を崩した一文。


"Love Your Enemies."


どう受け止めるべきか。私からエーリカ様を愛せよという命令であると解釈するのが妥当に思う。

普通なら、エーリカ様から私への好意と受け止めるところかもしれないが、エーリカ様の愛はどうやら与えるものではない。


「これ、焼かないとダメ?」

「それだけ口頭で。大事にしなさいって」


伝令でないということは個人的なお許しだ。

こういう手紙は『読んだあと焼いて捨てろ』が原則だという知識はあるので。


「紹介状代わりでもあるのでしょうね」


副長が水をさすが、気にしない。

ぎゅっと胸に握りしめる。エーリカ様の直筆レターだ。大事にしないわけがない。


粗末に扱うとあとが怖いし。


----


ユーリはイリス伯邸、トーエ、チセ、海外旅行協会とみなの無事を伝えて、私は安堵。


「あとそれから、弟くんの件なんだけど」


弟くんというのはユーリの弟であるユエルのこと。


「家出から戻ってきたから、捕まえといたよ。たぶんヨナちゃんの提案にコロぶと思う。戻ってきたら面談セッティングするからよろしく」

「家出って。軍をやめて出奔してから、3年間はなにしてたの?」

「ふらふらだよ。現地で日雇いやって、ケンカで追い出されて続かない、みたいな。よくある話さ。わたしだって同じ立場なら荒れるってわかる」


ユエル君の事情はすでにユーリから聞いている。

ユーリはため息をついて。


「ドラゴンに、空で置き去りにされちゃったからね」


それは竜騎者、ドラゴンライダの間で使われる、あまり良くない意味の慣用句であるらしい。

いろいろ入り混じって感情を読み取れない表情も一瞬のこと、ユーリは調子を戻して私の肩をバンバン叩く。


「だから期待してるよヨナちゃん!」


仮にも古代戦艦イリスヨナの精密部品、それへの配慮もなにもないのが、この世界のドラゴンライダという職業人なのだった。

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